42,I'm right here.
「いや、でも、ずっと弾いてなかったし、人に聞かせるようなもんじゃねえし」
「何言ってるんですか。今さら僕たちの前で気取らなくたっていいじゃないですか」
「別に気取ってるわけじゃねーよ」
空気が悪くなりそうだったので、里樹はあわててとりなす。
「東吾くんが演奏する姿を見てみたいな。ちょっとさわりだけでも弾いてくれたら、ね?」
最後は練に向かって言った。
「そうですよ。東吾さんがギターを弾く姿、カッコいいだろうなあ……」
「お前、違う意味でハードル上げてねえか?」
夕食の後、東吾はギターを持ってリビングルームに向かう。話の流れで、なぜだか二人の前で曲を披露することになってしまったのだ。
練が言うように、今さら二人の前でカッコつけることもないし、途中でつっかえても、それはそれで別にいいかと思う。
だが、そうは言っても、やはり緊張はする。
リビングルームに入って行くと、すでに二人はソファに並んで座っていた。練が、待ってましたというようにパチパチと拍手をすると、里樹もそれに倣う。
「やめてくれよ」
気まずい。人前で演奏したことはあるが、それはバンドとしてだったし、聴衆が二人だけ、しかもこの二人だということが、かえって余計に気まずいのだ。
だが、やると言ったからには今さらやめるわけにもいかない。
東吾は観念して、スマートフォンの画面に歌詞を表示してテーブルの前に置くと、ギターを抱えて、二人の向かい側に腰を下ろした。
「えーと、この数日の間に、思いつくままに作った曲なんだけど」
練が言う。
「すごい、作詞作曲したんですか?」
「まあな。まだちゃんと歌詞を覚えていないから」
そう言って、東吾は顎でスマートフォンを示す。里樹は優しくほほえみながらうなずいている。
「えっと、じゃあ」
咳ばらいをしてから、東吾は前奏を弾き始めた。
You’ve got that look again,
(また同じ顔してる)
don’t try to hide it away.
(無理に隠すな)
When it hurts, just tell me —
(辛いときには言えよ)
I’m right here.
(俺がいる)
Don’t carry it all alone,
(一人で抱え込むな)
don’t disappear without a word.
(何も言わずにいなくなるな)
When it’s tough, I’m here for you,
(辛いときは俺がいる)
so reach out to me anytime.
(いつでも連絡してこいよ)
We’ll make it through somehow,
(まあなんとかなるさ)
’cause it’s you and me — together.
(お前と俺なら)
東吾には永遠にも思える気まずい沈黙だったが、多分、実際には演奏を終えた一瞬の静寂の後、里樹と東吾が、さっきよりもずっと大きな拍手を贈ってくれた。
「素敵な曲だね。歌声も、すごくよかった」
「すごーい、カッコいい! 東吾さん、英語もできるんですね」
東吾は鼻をこする。
「いや、日本語の歌詞をアプリで英訳しただけだよ」
これは、一人で逝ってしまった稜平と、今、目の前にいる二人に向けて作った曲だ。
日本語そのままでは恥ずかしいから、あえて英語にしたのだ。だが慣れない英語ではさっぱり覚えられず、しかたがないので、歌詞を見ながら歌ったのだった。
二人の視線を感じながら歌うのも、目を合わせるのも照れくさかったので、ちょうどよかったとも言える。
練が興奮気味に言う。
「めっちゃよかったです。僕、感動しました。
東吾さん、この曲を歌う動画を配信したらバズるんじゃないですか?」
「まさか」
だが、練は里樹に向かって言う。
「ね。ネットで配信したら、東吾さん、人気が出ると思いません?」
「そうだね」
里樹はほほえんでいる。
「でも、そういうつもりで作ったわけじゃねえし」
東吾がぶっきらぼうに言うと、練は、とたんにシュンとなって言った。
「すいません、調子に乗って言い過ぎました」
「いや、ほめてくれてうれしいよ」
「ホントですか?」
「もちろん」
「僕、ホントにすごく感動したんです。あの……」
練が上目遣いに見る。
「なんだ?」
「ギターを弾くのって、難しいですか?」
「あー、まあ、最初は難しかったけど、練習すれば、今の俺くらいにはなれるさ。
えっ、もしかして興味あるのか?」
「ええと、今の東吾さんの演奏を見て、僕も弾いてみたいなあと、ちょっとだけ」
「いいんじゃね? やれよ。その気があるなら教えてやってもいいぜ。
あっ、でも、やるならギターがないとな。買う金はあるのか?」
「はい、僕が使えるお金はお父さんが用意してくれいています。でも、今までは、あまり使う機会がなくて」
「そうか、じゃあ金は問題ないな。本気なら、一緒にギターを買いに行こうぜ」
練の表情が、ぱっと明るくなった。
「本気です。僕、初めて本気でやりたいと思うことができました!」




