41,黒毛和牛のステーキ
バスを降りたとたん、久しぶりに外に出てわくわくしていた練の頭に、初めてみんなで、ここに降り立ったときの光景がよみがえった。
あのときは湊が一緒だった。道に飛び出した湊を思わず大きな声で叱ってしまい、その後、二人で大泣きしたのだったっけ。
楽しかった気分が一気にしぼむ。今頃、湊はどうしているだろう。
警察に出頭した後、具体的にどういうことが行われるのかよくわからないけれど、湊には、できるだけ辛い思いをしないでいてほしい。
それは鞠子も同じだ。どんな事情があったとしても、殺人を犯していいはずはないけれど、大好きな人たちが短期間の間に二人も、あんなことになってしまうなんて。
二人に再び会えるのは、いったいいつのことになるのだろう……。
しょんぼりしながら、二人の後をとぼとぼと歩いていると、振り返った東吾にクシャクシャと頭を撫でられた。
「どうした、今日はたくさん買い物するんだから、しょぼくれてる暇はねえぞ」
「わかってますよ……」
それぞれ大量の食材が入ったエコバッグを持ち、バスが来るまでに少し時間があったので、イートインコーナーでソフトクリームを食べてからバス停に向かった。すると。
「あれ。あそこにいるの、マスコミじゃないっすか?」
東吾が指差した先のバス停前のベンチに、大きなカメラを肩にかけた男がいる。
「えっ」
練が不安そうな顔で二人を交互に見る。里樹は言った。
「僕たち、顔は知られていないはずだから、黙っていれば気づかれないよ。
でも、念のため、バスに乗るときは他人のふりをして、口を聞かないことにしよう」
「そうですね」
「それでさっきの茂みのところから戻れば大丈夫っすね」
三人は、間を空けてばらばらにバス停に向かい、バスに乗ってからも、離れた席に座ることにした。
マスコミらしい男は、一番にバスに乗ると、運転席のすぐ後ろの席に腰を下ろした。
最寄りのバス停に着くと、降りた男は、案の定フォレストハウスに続く道を進んで行く。
三人は、今度もバスを降りるとばらばらに歩き出し、間を置いて茂みの前まで行った。
「あードキドキした」
通りを振り返りながら、練が言った。すでに男の姿は見えない。
「じゃあ行こうか」
それぞれ荷物を持っているので、最初に東吾が石塀を超え、向こうから手を伸ばして、一つ一つ受け取った。
行きと同じ順番で、練に続き、里樹も石塀を超える。そこまで戻ると、ようやく少しほっとする。
「さあ、勝手口へ急ごう」
一人ずつ勝手口から入り、最後に入った里樹は、しっかりと鍵を閉めた。
「やったぜ!」
東吾が拳を突き上げた。
「ドキドキしたけど面白かったぁ」
二人とも笑顔だ。だが、里樹は表情を引き締めて言う。
「駅前の交番に電話をかけておくよ」
「え?」
二人がこちらを見る。
「あさってから新学期だろう? 未成年がいるのに、マスコミがうろついていたんじゃ心配で学校に行かせられないから、なんとかしてくれって頼むんだ。
それでマスコミが素直に退散してくれるかどうかはわからないけどね」
「なるほど」
「里樹さん、なんか頼もしいっすね」
「ホント」
「これでも一応、今は僕が二人の保護者だからね。君たちを守る義務がある」
「里樹さん、カッコいい……」
練にキラキラした目で見つめられ、里樹は、ちょっと照れくさくなった。
「……はい、あさってから学校が始まるんですが、マスコミの方たちがずっと表にいるので、怖くて外に出られないっていうんです。
はい、これから新学期が始まるのに、学業に支障が出ては困りますし。
……はい。よろしくお願いします」
里樹が電話を切ると、東吾がふざけて言った。
「怖くて学校に行けないよ~」
「お巡りさんが、マスコミの人たちに注意してくれるって。それから、しばらくの間、周辺をパトロールしてくれるって言っていたよ」
「よかった。最悪、学校に行くときも塀を超えて行かなくちゃいけないかと思った」
「新品のスーツで塀超えは勘弁してほしいぜ」
「ホントだよねえ」
答えてから、里樹はふと思った。
「僕もせっかくスーツを買ったから、東吾くんの入学式に行こうかな」
本当は湊の入学式に行く予定だったのだが、それはかなわなくなってしまった。
「マジっすか」
「まあ、東吾くんがいやじゃなければ」
「いやじゃないっすよ。保護者として、ぜひ来てください」
そう言って、東吾はにっと笑った。
「おーっ、すげえ!」
「いい匂い!」
夕食のテーブルに、料理の数々が並んでいる。メインディッシュは、奮発して買った黒毛和牛のステーキだ。
「ミディアムレアにしたよ。さあどうぞ」
「いただきま~す」
「うんまっ」
「今までは、よく焼いたやつしか食べたことなかったけど」
「ウェルダンだっけ」
「そうそう。でも、このほうが柔らかくて、肉が甘くておいしい」
「大人の味だな」
話しながらモリモリ食べる二人を見ながら、里樹もナイフで切った一切れを口に入れる。
うん、おいしい。それに、二人が喜んでくれてうれしい。
冷たいお茶を一口飲んで、練が言った。
「そういえば、東吾さん、さっきギター弾いてましたよね」
「えっ、聴こえてたのか?」
「はい、かすかにですけど」
「そうか。なんだか久しぶりに触ってみたくなってな」
「一人でこっそり弾いてないで、僕たちにも聴かせてくださいよ。里樹さんも聞きたいですよね」
「そうだね」




