40,石塀
昼には、二人と一緒にダイニングルームで食事ができるほどに回復した。
東吾が作ってくれた焼きそばを前に、練が口を尖らせる。
「二人で何を話したんですか? いくら聞いても東吾さんは教えてくれないんです。
目を真っ赤にしているから、『泣いたんですか?』って聞いたら、目に大きな羽虫が飛び込んできて大変だったんだって、『俺が泣くわけないだろ』って言って。
でも、朝はあんなに不機嫌だったのに、里樹さんの部屋から戻って来た後は、すっかり元気になっちゃって。
何か秘密の話をしたんですか? 僕には教えてくれないんですか?」
東吾は素知らぬ顔をして、焼きそばをすすっている。里樹は笑って言った。
「別にこれといった話はしていないよ。僕が、練くんが作ってくれたお粥がおいしかったって言って、東吾くんが、練くんは料理が上手だって言ったくらいかな」
すかさず東吾が言った。
「練って、マジで料理のセンスあるよな。それに意外と世話好きなところもあるから、将来、ここで働いたらどうだ?」
「意外と、ですか」
そう言いながら、練はまんざらでもなさそうだ。
「それ、ありかもですね。里樹さんと僕と二人だったら、もっとたくさん寮生を受け入れてもやっていけるかも」
そういう未来もいいけれど、練ならば、たとえば傷ついた人の心そっとに寄り添うような、そんな仕事が向いているのではないかと里樹は思う。
それはともかく、当分の間は新規の寮生を受け入れることは難しいだろう。
里樹自身が対応する自信がないということもあるが、過去のこととはいえ、殺人事件が起こった場所である寮に、子供を住まわせてもいいと思う親はなかないないのではないか。
里樹としては、練と東吾には学校を卒業するまでここで暮らしてもらうとして、新規の寮生は受け入れず、伯母が帰って来るのを静かに待っていたいと思っている。
「えっ、ここっすか?」
東吾が石塀を見上げて言う。新学期を二日後にひかえた日の昼過ぎのことだ。
そろそろ食材のストックが心もとなくなっているのだが、人数は減ったものの、門の外には、まだマスコミがいるのだ。
なんとしても里樹たちの話を聞きたいのか、あるいは姿をカメラに収めたいと思っているのだろうか。
だが、里樹はもちろんのこと、練と東吾の姿を彼らの前にさらすわけにはいかない。
すっかり体調も回復した里樹は、裏の勝手口から出て建物の側面の石塀を乗り越え、その外の茂みを通り抜けてバス停まで行くことを提案したのだった。
そこならば、敷地内の木が目隠しになって、門の外からは見えない。
「ちょっと高いけど、向こう側は柔らかい地面だから、飛び降りても大丈夫だよ」
「里樹さん、乗り越えたことあるんすか?」
「子供の頃にね。こっちから行ったほうが、バス停まで近道なのは間違いないし」
「へえ、里樹さん、意外とアクティブな子供だったんっすね」
「そうかな。小学生の男の子は、みんなそんなものじゃないの?」
練が言う。
「東吾さん、高いところが苦手なんですか?」
「そんなことねーよ」
そう言うなり、東吾は石塀の上に両手をかけて体を引き上げた。足をかけ、塀の上に尻を乗せる。
「おー」
練が下から尋ねる。
「どんな感じですか?」
「どうってことねーよ」
そして、ひょいと向こう側に飛び降りた。
「おーい、早く来いよ」
東吾の声に、里樹と練は顔を見合わせる。
「どうする? 練くんから行く?」
「じゃあそうします」
練も、難なく石塀を乗り越えて行った。
「里樹さーん」
「早くー」
二人の笑いを含んだ声が聞こえる。里樹も石塀を乗り越え、向こう側の地面の上に飛び降りた。
茂みの端にたどり着き、念のため、用心深く通りをうかがうが、人影はない。
「行こうか」
「へえ、ここに出るんだ」
「たしかに、表から行くよりずっと近道ですね」
「今度から、バスに乗り遅れそうになったらここから行けばいいな」
「ホント」
バス停に着いて待っていると、数分後にバスが来た。今日も相変わらず貸し切り状態のバスの、それぞれ後方寄りの座席に座る。
「あいつら、まだ俺たちが中にいると思ってるんだろうな」
「面白~い」
楽しそうな二人に、里樹は尋ねる。
「何が食べたい? 久しぶりの買い物だから、何か、うんとおいしいものを買おう。
気の利いたカフェでもあれば、外食もいいんだけどね」
田舎町の駅前には、スーパーとベーカリーと、あまり繁盛していそうにない中華屋と蕎麦屋しかない。唯一、スーパーが比較的大きいことだけが救いだ。
「いいですよ。帰ってからゆっくり食べたほうが落ち着くし」
「俺、肉料理が食いたいっす。なんかガッツリしたやつ」
「じゃあ、景気づけにステーキでも焼く?」
「おお、いいっすね」
「賛成!」
楽しく話しているうちに、バスは終点の駅前に着いた。




