39,東吾の涙
何度か目が覚めかけ、いやな夢も見たようだったが、そのうち深い眠りに落ちたようで、気がつくと、朝になっていた。
里樹は、体のあちこちに意識を向ける。まだ体のだるさと鈍い頭痛はあるものの、ゆうべに比べると、ずいぶんましになった気がする。
そのままベッドの中でぼんやりしていると、ノックの音とともに、ドアの外で声がした。
「里樹さん、起きてますか? 開けますね」
練だ。
静かにドアが開き、練がワゴンを押しながら入ってきた。朝食を運んできてくれたのだ。
「おはようございます。気分はどうですか?」
「おはよう。ずいぶんよくなったよ」
「熱はどうですか?」
そう言いながら、当たり前のように額に手を置いたので、ちょっとびっくりするが、平静を装って起き上がる。
「まだちょっとあるみたいですね。ご飯は食べられそうですか?」
「多分」
うなずいて、練は説明する。
「お粥を作ってみたんです。卵をいれて。
体調が悪いときは、やっぱりこれかなあと思って」
「いい匂いがしてると思ったよ」
里樹の言葉に、練はにっこり笑い、茶碗に湯気の立つお粥をよそって手渡してくれる。
「はいどうぞ。お茶もありますよ」
「ありがとう。練くんたちは、ご飯はこれから?」
「そうです」
「じゃあ、お腹が空いているね。僕は大丈夫だから、君たちも早くご飯にして」
「はい。あの……」
練は何か言いたそうだ。
「うん?」
「なんか、東吾さんの様子がおかしいんです」
「えっ、具合が悪いの?」
「そういうわけじゃないと思うんですけど、東吾さんって、いつも朝からテンション高くて、いろいろ面白いこととかムカつくことを言ってくれるじゃないですか」
「うん」
「それが、今朝はずっと黙ったままで、僕が話しかけても、聞いてるんだか聞いてないんだか、ワンテンポ遅れて『うん』と『いや』しか言わなくて」
「そう……」
「あっ、じゃあ、ゆっくり食べてくださいね。食器は後で取りに来ますから、そのままにしておいてくださいね」
「うん、ありがとう」
練は部屋を出て行った。
「いただきます」
とろりとしたお粥を匙ですくいながら、里樹は考える。東吾はどうしたんだろう。
いつもどっしりと構えていて、みんなが不安なときも、いつも冷静に、それでいて的確な言葉を言ってくれる彼なのに。
食器を下げに来たのは東吾だった。やはり表情が暗い気がする。
「全部食べられたんっすね。よかった」
「ありがとう。すごくおいしかったよ」
東吾はぺこりと頭を下げて、里樹と目を合わせないまま、食器を載せたワゴンの向きを変える。
「あのさ」
里樹はあわてて声をかけた。そして、振り向いた東吾にすかさず話しかける。
「何かあった?」
「え?」
「練くんが、東吾くんの様子がいつもと違うって心配していたから」
東吾は、チッと舌打ちをする。
「あいつ……」
「もしよかったら、話してくれないかな」
何かほんの少しでも、自分にできることがあれば。そう思っていると、東吾が思い切ったように口を開いた。
「実は……」
東吾は、ゆうべギターの中から、親友からの手紙が出てきたことと、その内容を里樹に打ち明けた。
「そんなことが……」
彼は、苦しげな表情で拳を握りしめる。
「ふざけてる。あんな手紙を残すくらいなら、直接話してくれればよかったのに。
生きているうちに言ってくれれば、何か力になることができたかもしれないけど、死んでから知ってもどうしようもないじゃないか。
あいつ、どういうつもりで……」
憤る東吾に、里樹は、言葉を選びながら自分の考えを口にする。
「彼も、きっとすごく混乱していて、どうしていいかわからなかったのかもしれないね。
君に話したい気持ちと、それをためらう気持ちの間で揺れていたんじゃないかな。
だけど、直接話す勇気はなくて、それでも、どうしても君にだけは本当のことを知ってほしくて、そういう形になったのかもしれないね」
「俺は、話してほしかった。もしも話を聞いていたら、もちろん全力で引き留めた。
たとえ今は死にたいくらい辛くても、生きていたらいいことだってある。
俺だって、あいつが死んでから何もかもに絶望していたけど、里樹さんや練と出会って、そうそう悪いことばかりじゃないってわかったんだ。
あいつにも、そういう世界があることを気づかせてやりたかった!」
東吾は、肩を震わせながら嗚咽する。彼が泣いている間、里樹はただ、静かにベッドに座っていた。
やがて、激情が収まったらしい東吾は、涙に濡れた顔を拭いながら言った。
「すいません、みっともないとこ見せちゃって」
里樹はほほえむ。
「そんなことない、全然みっともなくないよ。ときには気持ちを吐き出すのもいいんじゃない?」
「はあ。あの……」
「うん?」
「俺が泣いたこと、練には黙っていてもらえますか? そういうキャラじゃないのに恥ずかしいから」
恥ずかしそうにそう言う姿は、やっぱりまだ十八歳だなあと里樹は思う。
「いいよ、もちろん」
わざわざ自己申告はしないけれど、里樹だって、伯母と話しながら、目が腫れるほど大泣きしたのだ。




