38,稜平からの手紙
近づいてケースを開け、数ヶ月ぶりに取り出しで抱えてみる。ああ、懐かしいこの感じ。
稜平のキーボードとセッションしたくて、初めて買ったギターだ。Fを押さえるのはむずかしかった。
最初は指が痛かった。ずっと弾いていないから、指の胼胝もほとんど消えてしまった。
正面からよく見ようと、ギターを傾けたそのとき、かすかな音がして、ギターの中を何がが動く気配がした。
え? 様々な向きにギターを傾けながら中央のサウンドホールからのぞくと、折りたたまれた紙が入っているのが見えた。
手を突っ込んで取り出し、開いて見ると。
「……嘘だろ?」
それは、東吾に宛てた稜平からの手紙だった。
東吾へ
君がこれを読むとき、僕はもういない。
こんな芝居じみたことをしてごめん。
こういうの、きっと君は好きじゃないよね。
本来ならば、実際に会って、顔を見合わせながら話すべきなのはわかっている。
でも、どうしてもそうする勇気がなかったんだ。
もしも会って話したら、きっと君は僕を止めるだろうし、僕の決心も揺らいでしまう。
本当は、ずっと君と一緒に笑っていたかった。
バンドのみんなと、いつかライブハウスで演奏したかった。
それがみんなの夢だったのに、僕だけ勝手に離脱してごめん。
だけど、もう決めたことなんだ。
これから、今まで誰にも話したことのないことをここに書く。
君にだけは、本当のことを知っていてほしいから。
なぜなら、君は僕にとって、たった一人の親友だから。
多分、君は気づいていないと思うけど、僕はゲイなんだ。
初恋のときから、好きになる相手は、ずっと同性だった。
だけど、大っぴらに口にしていいことじゃないのはわかっていたから、誰かを好きになっても、ずっと心の奥に秘めてきた。
女の子に告白されたこともあったけど、いつも断ってきた。
性癖を隠すために、本心を偽って女の子と付き合うことも考えたけど、それはさすがに相手に失礼だから。
ゲイであることを疑われたり、変な目で見られることもあった。
嫌な思いをしたこともあったよ。
そんな中で、初めて本当の親友だと思えた相手が君だった。
君は純粋に友達として僕を見てくれて、一見、ちょっと怖そうなのに、話すととても面白くて、好きな音楽も一緒だった。
君と過ごした数年間は、本当に楽しかったよ。
でも、その一方で、僕は運命の人と出会っていたんだ。
初めての恋人ができたんだよ。
その人とはネットで知り合った。
ずっと年上で、遠くに住んでいて、月に一度、彼が仕事で東京に来るときだけ会えた。
それでも、彼がこの世界に存在しているというだけで、僕はとても幸せだった。
だけど、いつものように一ヶ月ぶりに会ったとき、突然、彼に別れを告げられた。
理由を聞くと、重い病に侵されているというんだ。
病状が進んでいて、手術をしても助かる見込みはないって。
これからどんどん症状が重くなって、具合が悪くなって、会いに来られなくなるだろうからって。
仕事も辞めると言っていた。
それなら、僕が会いに行くと言ったけど、それはダメだと断られた。
自分がやつれて醜くなっていく姿を見られたくないからって。
今の姿を覚えていてほしいからって。
悲しかったけど、そう言われたら、受け入れるしかなかった。
彼がいやがることはしたくなかったから。
そうして、僕たちは別れたんだ。
辛くて、毎晩部屋で泣いた。
君やバンドの仲間と過ごす時間だけが救いだった。
その彼が、死んだ。
彼は会社の同僚に、僕のことを取引先の関係者だと偽って、自分が死んだら、僕に連絡が来るようにしていたんだ。
それが、彼の僕への愛だったんだと思う。
僕が彼の死を知らないまま、いつまでも思い続けないように。
学校を休んででも葬儀に行きたいと思ったけど、やっぱり行けなかった。
彼の家族や同僚に不審に思われるだろうし、彼に迷惑をかけたくなかったから。
だけど、たとえ彼がこの世からいなくなってしまっても、僕の彼を好きな気持ちは変わらないし、彼を忘れることなんてできない。
彼のことが好きで好きでたまらない。
彼に会いたくてしかたがない。
君のことは大好きだし、ずっと一緒にいたかったけど、もう限界なんだ。
もうこれ以上、辛い気持ちを隠して、明るい僕を演じることはできない。
今までどうもありがとう。
君のおかげで、人並に楽しい青春を過ごすことができた。
いくら感謝してもしきれないよ。
これから彼に会いに行く。
今僕は、とても幸せだよ。
稜平
「ふざけんなよ」
意志とは関係なく、東吾の目から、涙がぼたぼたとあふれては落ちる。
「なんで俺に言わなかったんだ。なんで本当のことを言って、俺の前で泣かなかったんだ。
俺なら、それくらい全部余裕で受け止めてやるって、どうしてわからなかったんだ。
てめえ、なめてんじゃねーぞ!」
座り込んで手紙を読んでいた東吾は、拳で床を叩いた。




