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37/43

37,ギター

 目の前の二人を見ながら、東吾は、今までのことを思い返す。

 

 この数日間は、自分たちの周りで、普通では滅多に経験しないようなことがいくつも起こり、驚きの連続だった。

 

 中でも、里樹のストレスは、東吾たちの比ではなかっただろう。

 

 湊のことに続いて、衝撃的な出生の秘密を知り、自分に深く関わる過去の事件を知り、その衝撃も冷めやらぬうちに、警察やマスコミが大挙してやって来て……。

 

 親代わりだった伯母が殺人を犯していたことは、東吾には計り知れないほどのショックだっただろうし、その上で、警察の捜査に立ち会ったり、練の父や、東吾の両親と電話で話したり……。

 

 決して神経が太そうではない彼には、とんでもない緊張の連続だったに違いない。

 

 意地を張って、両親に連絡するのを拒み、里樹に電話をかけさせることになってしまったのは大人げなかったと後悔している。

 

 さらに里樹は、マスコミのせいで東吾がアルバイトに行けなくなってしまったことも気にしていた。

 

 それについては、バイト先に連絡して、延期することを了承してもらっているので、何も問題はないのだが。

 

 

 食欲もないようだったし、きっとあまり眠れてもいなかったのだろう。

 

 はた目にもやつれて見えた里樹は、夕食の後、後片付けをしようと立ち上がったところで、床に崩れ落ちたのだった。

 

 練とともにあわてて駆け寄ると、ひどく発熱していた。朦朧としていて歩けそうになかったので、東吾が背負って部屋まで運び、練の手を借りてベッドに寝かせると、彼は、まるで意識を失うように眠りに落ちた。

 

 

 キッチンやリビングルームを探しても、解熱鎮痛剤や風邪薬のようなものは見当たらなかった。

 

 薬を買いに行こうにも、この期に及んで何が目的なのか、まだ敷地の外の通りにマスコミらしき人影が見えている。

 

 そうでなくても、バスがないこの時間、駅までは歩いて行くしかないし、さらに電車に乗らなければドラッグストアもない。

 

 それで、とりあえずビニール袋に氷を入れたものをハンドタオルで包んで氷嚢を作った。

 

 

 練はベッドのそばに座り込み、ずっと心配そうに里樹の寝顔を見つめていた。

 

 彼の気持ちはよくわかる。彼は、過去に弟と母を亡くしていて、その経緯は聞いているし、湊のこともある。

 

 母のように慕っていた鞠子も、あんなことになってしまった。その上、兄のように優しく、ここにとどまると言ってくれた里樹にまで、もしものことがあったら、とても耐えられないと思っているのだろう。

 

 まさか、このまま彼が目を覚まさないなどということはあり得ないと思うが、絶対にないとも言い切れない。

 

 そんなことを考えているうちに、里樹がうなされ出したのだ。だが、練に起こされた彼は比較的しっかりしていたので、内心ほっとしたのだった。

 

 

 

 里樹は、練にほほえみかける。

 

「慣れないことが続いて、疲れて熱が出ちゃったみたいだけど、とりあえずは警察も引き上げたし、もう大丈夫だよ。


 一人だったら、もっとずっと不安だったと思うけど、君たちがいてくれたから、すごく心強かった。

 

 いろいろ迷惑をかけた上に心配かけちゃって、ホントにごめんよ」

 

 練の目に、じわりと涙がにじむ。

 

「そんな、謝らないでください」


「じゃあ、どうもありがとう」


 里樹がそう言うと、練は唇をゆがめ、ぽろぽろと涙をこぼして泣き出した。

 

 東吾が言う。

 

「とにかく、里樹さんはしばらくの間、ゆっくり休んでください。


 メシは俺と練で作れるし、そのうちマスコミも引き上げるだろうし、そうじゃなくても、俺たちマスコミに面が割れてるわけじゃないから、うまいことやれば買い物にも行けるっすよ」

 

「ありがとう、頼もしいね」


「ヘヘッ」


 得意げに笑ってから、彼は練に言った。

 

「なあ、里樹さんも大丈夫だって言ってるし、明日の朝メシに備えて、部屋に戻って寝ようぜ」


 涙を拭いながら、練はうなずいた。

 

 

 二人が部屋を出るのを見送ってから、里樹はベッドに身を横たえる。

 

 明日には熱が下がっているといいけれど。

 

 まさか、こんなに大変なことになるとは思わなかった。今さら考えても遅いけれど、やはり、無理やり過去への扉をこじ開けるようなことをするべきではなかったのだろうか。

 

 いや、でも、事実を知ることができたことはよかったとも言えるし、でも、伯母さんは……。

 

 いくら考えてみても、すぐには答えが出そうになかった。

 

 それにしても、新学期までは、もうあと数日しかない。それまでに、マスコミが引き上げてくれるといいのだけれど。

 

 

 

「じゃあ、また明日、キッチンでな」


「はい、おやすみなさい」


「おやすみ」


 軽く手を上げて、東吾は自分の部屋に入った。もう涙も止まったようだし、練も大丈夫だろう。

 

 

 ああは言ったものの、すぐには眠れそうな気がしない。自分も、練の不安を笑えない。

 

 昨日まで元気だった親友が、突然いなくなってしまった驚きと悲しみは、今も忘れることができずにいる。

 

 ベッドに腰を下ろそうとして、ふと、壁に立てかけたままのギターケースが目に入った。

 

 もう二度と弾くことはないと思いながら、どうしても置いて来ることができなかった、思い出が詰まったギター。

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