36,発熱
「うん、ありがとう。一度にいろんなことを聞いて、すごく驚いたけど、大丈夫だよ」
練も言う。
「ホントに、ここを続けていいんですか? 僕たちに気を遣ってくれているなら、無理しないでください」
里樹はほほえむ。
「無理じゃないよ。君たちと一緒にいると楽しいのは本当だし、ここで伯母さんが戻って来るのを待ちたいと思っているのも本当だし。
近いうちにレストランのオーナーに話をして、マンションも引き払うつもりだよ」
「そう、なんですか」
練が、なんとも言えない表情でうつむく。わずかに頬が赤らんでいる。
それを見た東吾が言った。
「なんだよ、その顔」
「だって、これからも里樹さんと東吾さんと一緒にここで暮らせるなら、すごくうれしいなあと思って」
「まあ、そうだな。ここは居心地がいいし、里樹さんの料理はめっちゃうまいし」
伯母のことや過去の出来事はショックだけれど、彼らと一緒ならば、なんとかがんばれそうだ。
そう思ったのだが、それからしばらくは大変だった。
数時間後に警察から電話が来て、家宅捜索及び、遺体発掘が行われることになったのだ。
勝手口の外に置かれた、不燃ゴミを入れたゴミ箱の中から、割れた花瓶のかけらが押収され、伯母の供述通り、リアムの遺体が裏庭の地中から発見された。
その際、里樹は指名されて立ち会ったのだが、リアムの遺体は、広い敷地の隅の、建物からは死角になった木立の向こうに埋まっていた。
白骨となった遺体は、生物学上は自分の父親であるらしかったが、まったく実感はなく、ただ、初めてそういうものを目にしたことがショックだった。
三人個別に、任意の事情聴取も行われた。里樹が幼かった頃の出来事であり、彼が関与していないことは明らかだったので、厳しい尋問を受けるというようなことはなかった。
練と東吾に関しては、さらに通り一遍のことを聞かれただけのようだった。
だが、センセーショナルな事件だけに、大きく報道され、マスコミが押し寄せ、三人は、しばらく外に出ることができなくなった。
心配して、練に連絡して来た彼の父と国際電話で話したり、東吾にも両親に連絡するように勧めたものの、首を縦に振らないので、里樹が電話をかけて事情を説明したりもした。
どちらの家族も、彼らがここに留まることに納得してくれたので、ほっとした。
警察が、捜査を終えて引き上げた日の夜、緊張の糸が切れたせいなのか、里樹は発熱して倒れた。
熱に浮かされ、朦朧として、里樹は意識と無意識の間をさまよう。
割れて飛び散る花瓶、胸倉をつかまれ、激しく揺さぶられる恐怖、燃え盛る炎、伯母の涙、走り去るタクシー、庭や洋館の中を行き来するおびただしい数の警察官、泥にまみれた人骨……。
「……さん……里樹さん」
名前を呼ばれて、あえぎながら目覚めると、すぐそばに練の心配そうな顔があった。
濡れタオルで、そっと汗を拭ってくれる。身じろぎすると、額の上から、氷嚢らしきタオルの包みがずれて落ちた。
「大丈夫ですか? 苦しいですか? せめて薬を買いに行けたらいいんだけど」
外の通りで、マスコミがうろつきながら敷地内の様子をうかがっていて、今のところ、庭に出ることも難しい。
食材はストックがあるので、まだ数日の間は困らないけれど。
少し離れたところから、東吾の声もした。
「なんならタクシー呼んで病院に行くか、いっそのこと救急車を呼ぶか」
里樹は、荒い呼吸をしながら言う。
「大丈夫、たいしたことないよ」
東吾が、ベッドに近づいて来た。
「とりあえず、水分をたっぷり取ったほうがいいっすよ。水、飲みます?」
そう言いながら、ベッドサイドに置いたペットボトルを手に取る。
「ああ、うん」
起き上がろうとすると、練が背中に手を添えて助け起こしてくれた。
東吾が、キャップを外して、ペットボトルを差し出してくれる。
そんな二人の態度に、里樹は思わず笑ってしまった。
「えっ、なんっすか?」
東吾が、ぎょっとしたように里樹の顔を見る。
「いや、二人があんまり優しくしてくれるから」
「そりゃそうでしょ。熱でうんうん言ってる人に優しくしないでどうするんすか。
びっくりするから、具合の悪い人が急に笑わないでくださいよ」
「ごめんごめん」
素直に謝り、ペットボトルを受け取って水を飲む。喉を通って滑り落ちる冷たさが心地いい。
ふうと息を吐いてから、里樹は二人に言った。
「僕は大丈夫だから、部屋で休んで」
思いのほか長く眠っていたようで、時計を見ると、もうそろそろ日付が変わる。
「でも……」
練は不服そうな顔をする。




