35,走り去るタクシー
練に手伝ってもらいながら、丁寧に出汁を取って作った味噌汁と、焼き鮭の朝食が出来上がった。
四人での最後の食事が始まった。
東吾は、最近ハマっているスマホゲームを遅くまでやっていたとかで、まだ眠いという。
「もうすぐ学校が始まるし、バイトだって始まるんでしょう? そろそろ夜更かしの習慣は改めないと」
大人びた口調で練がいさめるが、東吾は意に介さない。
「でもめっちゃ面白いんだよ。練も一度やってみろって。
そんで対戦しようぜ」
「僕、バトルゲームは苦手です」
「じゃあなんならいいんだよ。アクション系? パズル?」
「いや、ゲームとか、あんまり」
「じゃあ、普段部屋で何してんだよ」
「それは……」
そんな二人を、伯母は楽しそうに見ている。里樹は、胸がいっぱいで、なかなか食べ物が喉を通らない。
食事が終わりに近づき、伯母が、箸を置いて言った。
「みんなに話があるのよ」
ついにそのときが来たと、里樹は膝の上で手を握りしめる。食べることは、途中からあきらめていた。
話を聞いた二人は、呆然と伯母を見つめている。
「これからタクシーを呼んで、警察署に行くわ。ここにも警察官が来ると思うし、みんなにも、また迷惑をかけることになると思うの。
もうすぐ学校が始まるっていうのに、本当にごめんなさいね。今さら言っても遅すぎるけれど、罪を犯しておいて、学生寮をやろうなんて間違った考えだったわ。
間際になってからで申し訳ないけれど、ここを出てほかの寮なりアパートに移る際には、契約金をお返しした上で、金銭的な協力もさせていただくわ。
具体的なことは、弁護士と相談して……」
すると、東吾が言った。
「それは、ここを閉鎖するってことっすか?」
「そうね。里樹にも、そろそろ本業に戻ってもらわないといけないし」
東吾がこちらを見る。
「それは、里樹さんも了承済みってことっすか?」
「いや、僕はまだ、何も」
「だったら里樹さん、ここを続けてください。俺、ここにいたい」
「僕もです。一年もここで暮らしてきたのに、今さら知らないところに移るなんていやです!」
そう言いながら、練は涙ぐんでいる。だが、伯母は里樹に向かって言った。
「あなたに、そんな義務はないわ。練くんと東吾くんには本当に申し訳ないけれど、すべて私の責任だから、できる限りのことをさせていただく。
あなたは、ブランクが空かないうちに、なるべく早くレストランの仕事に復帰したほうがいいわ」
練と東吾も、里樹を見つめている。里樹は、口を開いた。
「レストランの仕事は楽しいよ。もちろん料理を作ることが好きだし、お店の人はみんないい人で、僕は人見知りが激しいから、あの店だからこそ、ずっと続けて来られたんだと思う。
だから、もしもあの店を辞めて、別の店で一から働くっていうのは、ちょっと怖いかな。
いや、その、なんか回りくどくてごめん。つまり、練くんの、今さら知らないところに行きたくないっていう気持ちは、すごくよくわかる。
伯母さんのピンチヒッターでここに来たときも、最初はすごく緊張したけど、みんなとはすぐに打ち解けられて、一緒に過ごしていて、すごく楽しいよ。
もっと人数が多かったら、ちょっと自信ないけど、とりあえず、二人が卒業するまでは、ここで続けてもいいかなって思う。
それに」
里樹は、伯母の顔を見た。
「僕はここで、伯母さんが帰って来るのを待っていたいんだ」
「里樹……」
玄関ポーチに、ドアを開けたタクシーが待っている。まだ杖を使っているものの、伯母の足取りはしっかりしている。
「それじゃ、行くわね。本当に、重ね重ね迷惑をかけてすみませんでした」
そう言って深々と頭を下げる伯母に、里樹は言った。
「僕も一緒に行こうか? 湊くんのときもそうしたし」
「そうだったわね。警察署に行った後で、病院に来てくれたんだったわね」
「だから……」
けれども、伯母はにっこり笑って言った。
「心配しないで、一人で大丈夫よ。どうもありがとう」
そして、タクシーに向かって歩き出そうとしたとき、練が言った。
「鞠子さん、いつも優しくしてくれて、おいしい料理を作ってくれて、どうもありがとうございました」
東吾も言う。
「俺も、短い間だったけど、一緒に過ごせて楽しかったっす」
「ありがとう。みんな、こんな私に……」
初めて、伯母の目に涙がにじんだ。
「それじゃ、行くわね」
「後のことは心配しないで」
里樹の言葉に、伯母は大きくうなずいた。
タクシーはアプローチを進んで行くと、やがて通りへ出て、駅方面へと走り去って行った。
三人は、洋館の中へと戻る。
練は目元を拭っている。もしも一人だったならば、きっと里樹も涙を流していたことだろう。
だが、練と東吾がいたおかげで、なんとかそれは免れた。
誰からともなく、ぞろぞろとリビングルームに入る。それぞれソファに腰を下ろすと、東吾が口を開いた。
「驚いたな、過去にそんなことがあったなんて。あの鞠子さんが……」
練が、キッと東吾を見て言う。
「そんな言い方」
「わかってるよ。明るくふるまっていたけど、ずっと長い間一人で秘密を抱えながら生きて来て、辛かっただろうと思って。
それはともかく、里樹さんは大丈夫っすか?」




