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35/41

35,走り去るタクシー

 練に手伝ってもらいながら、丁寧に出汁を取って作った味噌汁と、焼き鮭の朝食が出来上がった。

 

 

 四人での最後の食事が始まった。 

 

 東吾は、最近ハマっているスマホゲームを遅くまでやっていたとかで、まだ眠いという。

 

「もうすぐ学校が始まるし、バイトだって始まるんでしょう? そろそろ夜更かしの習慣は改めないと」


 大人びた口調で練がいさめるが、東吾は意に介さない。

 

「でもめっちゃ面白いんだよ。練も一度やってみろって。


 そんで対戦しようぜ」

 

「僕、バトルゲームは苦手です」


「じゃあなんならいいんだよ。アクション系? パズル?」


「いや、ゲームとか、あんまり」


「じゃあ、普段部屋で何してんだよ」


「それは……」



 そんな二人を、伯母は楽しそうに見ている。里樹は、胸がいっぱいで、なかなか食べ物が喉を通らない。

 

 

 食事が終わりに近づき、伯母が、箸を置いて言った。

 

「みんなに話があるのよ」


 ついにそのときが来たと、里樹は膝の上で手を握りしめる。食べることは、途中からあきらめていた。

 

 

 

 話を聞いた二人は、呆然と伯母を見つめている。

 

「これからタクシーを呼んで、警察署に行くわ。ここにも警察官が来ると思うし、みんなにも、また迷惑をかけることになると思うの。


 もうすぐ学校が始まるっていうのに、本当にごめんなさいね。今さら言っても遅すぎるけれど、罪を犯しておいて、学生寮をやろうなんて間違った考えだったわ。

 

 間際になってからで申し訳ないけれど、ここを出てほかの寮なりアパートに移る際には、契約金をお返しした上で、金銭的な協力もさせていただくわ。

 

 具体的なことは、弁護士と相談して……」

 

 すると、東吾が言った。

 

「それは、ここを閉鎖するってことっすか?」


「そうね。里樹にも、そろそろ本業に戻ってもらわないといけないし」


 東吾がこちらを見る。

 

「それは、里樹さんも了承済みってことっすか?」


「いや、僕はまだ、何も」


「だったら里樹さん、ここを続けてください。俺、ここにいたい」


「僕もです。一年もここで暮らしてきたのに、今さら知らないところに移るなんていやです!」


 そう言いながら、練は涙ぐんでいる。だが、伯母は里樹に向かって言った。

 

「あなたに、そんな義務はないわ。練くんと東吾くんには本当に申し訳ないけれど、すべて私の責任だから、できる限りのことをさせていただく。


 あなたは、ブランクが空かないうちに、なるべく早くレストランの仕事に復帰したほうがいいわ」

 

 練と東吾も、里樹を見つめている。里樹は、口を開いた。

 

「レストランの仕事は楽しいよ。もちろん料理を作ることが好きだし、お店の人はみんないい人で、僕は人見知りが激しいから、あの店だからこそ、ずっと続けて来られたんだと思う。


 だから、もしもあの店を辞めて、別の店で一から働くっていうのは、ちょっと怖いかな。

 

 いや、その、なんか回りくどくてごめん。つまり、練くんの、今さら知らないところに行きたくないっていう気持ちは、すごくよくわかる。

 

 伯母さんのピンチヒッターでここに来たときも、最初はすごく緊張したけど、みんなとはすぐに打ち解けられて、一緒に過ごしていて、すごく楽しいよ。

 

 もっと人数が多かったら、ちょっと自信ないけど、とりあえず、二人が卒業するまでは、ここで続けてもいいかなって思う。

 

 それに」

 

 里樹は、伯母の顔を見た。

 

「僕はここで、伯母さんが帰って来るのを待っていたいんだ」


「里樹……」




 玄関ポーチに、ドアを開けたタクシーが待っている。まだ杖を使っているものの、伯母の足取りはしっかりしている。

 

「それじゃ、行くわね。本当に、重ね重ね迷惑をかけてすみませんでした」


 そう言って深々と頭を下げる伯母に、里樹は言った。

 

「僕も一緒に行こうか? 湊くんのときもそうしたし」


「そうだったわね。警察署に行った後で、病院に来てくれたんだったわね」


「だから……」


 けれども、伯母はにっこり笑って言った。

 

「心配しないで、一人で大丈夫よ。どうもありがとう」


 そして、タクシーに向かって歩き出そうとしたとき、練が言った。

 

「鞠子さん、いつも優しくしてくれて、おいしい料理を作ってくれて、どうもありがとうございました」


 東吾も言う。

 

「俺も、短い間だったけど、一緒に過ごせて楽しかったっす」


「ありがとう。みんな、こんな私に……」


 初めて、伯母の目に涙がにじんだ。

 

「それじゃ、行くわね」


「後のことは心配しないで」


 里樹の言葉に、伯母は大きくうなずいた。

 

 

 

 タクシーはアプローチを進んで行くと、やがて通りへ出て、駅方面へと走り去って行った。

 

 三人は、洋館の中へと戻る。

 

 練は目元を拭っている。もしも一人だったならば、きっと里樹も涙を流していたことだろう。

 

 だが、練と東吾がいたおかげで、なんとかそれは免れた。

 

 誰からともなく、ぞろぞろとリビングルームに入る。それぞれソファに腰を下ろすと、東吾が口を開いた。

 

「驚いたな、過去にそんなことがあったなんて。あの鞠子さんが……」


 練が、キッと東吾を見て言う。

 

「そんな言い方」


「わかってるよ。明るくふるまっていたけど、ずっと長い間一人で秘密を抱えながら生きて来て、辛かっただろうと思って。


 それはともかく、里樹さんは大丈夫っすか?」

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