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32,心証

「え?」


「俺はびっくりしたよ。まるで外国人の赤ん坊みたいじゃないかって」


「でも、由希美さんのひいおじいさんがロシア人だったって」


「ああ、俺もそう聞いたよ。でも、姉さんはそれを素直に信じたのか?」


「それは……」


 正直なところ、現実的ではないと思った。けれども、否定することもできなかった。

 

 おそらく、はっきりと否定することが怖かったのだ。答えられずにいる鞠子に、徹夫は言った。

 

「この際だから、はっきり言うよ。俺は、リアムの子なんじゃないかと思った」


「あ……」


「だけど、俺にだってプライドがあるし、由希美はまったく戸惑っている様子もなく堂々としているし、里樹が俺の子だって思いたかった。


 成長するにしたがって、髪の色も濃くなって、日本人らしい顔になってきたし、やっぱり由希美に似ただけなんだって」

 

 だんだん声が大きくなっている。

 

「徹夫」


「一生懸命、里樹の中に、俺に似ている部分がないかと探したよ。正直、外見に似たところは見つからない。


 だけど、社交的で大雑把なところがある由希美とは違って、人見知りで内向的なところや、妙に几帳面なところは俺譲りなんじゃないかって……。

 

 里樹は、パパ、パパって無邪気に笑いかけてくれて、だから……」

 

 ああ、なんということだ。徹夫も、ずっと苦しんでいたのだ。

 

 食欲が失せたのか、徹夫はランチボックスの蓋を閉じて、脇に置いた。

 

「姉さん、怒らないで聞いてほしいんだけど」


「何?」


 そして徹夫は言った。

 

「もう一度言うけど、里樹の父親って、リアムなんじゃないのか? 俺には、そうとしか考えられない」



 本当に里樹がリアムの子なのか、そうだったとして、今も二人の関係が続いているのか、鞠子にもはっきりとはわからなかった。

 

 リアムの仕事は不定期で、彼が仕事だと言って出かけても、それが本当かどうかはわからない。

 

 もちろん、彼を信じたい気持ちもある。そこで、鞠子は徹夫に聞いてみた。

 

「あなたはどうしたいの?」


 徹夫は、ゆるゆると首を横に振る。


「わからない。でも、里樹が俺の子じゃないとわかった以上、本当のことが知りたい。


 それから後のことは、今はまだ考えられないよ」

 

「とりあえず、リアムに聞いてみるわ」


 そう言うと、徹夫はハッとしたようにこちらを見た。

 

「聞いて大丈夫なのか?」


「ええ」


 自分も、ずっと気になっていたのは事実だ。今の話を聞いた以上、うやむやなままにはしておけない。

 

「彼が本当のことを言ってくれるかどうかはわからないけれど。あなたも、今はまだ、早まったことはしないでね」


「わかった」




 そんなはずがないだろうと、怒ってほしかった。たとえそれが嘘だったとしても、はっきりと否定してくれたならば、それがリアムの、自分に対する愛情だと思ったからだ。

 

 もしもそうだったならば、どんなに気持ちが軽くなったかわからない。

 

 だが、彼は否定も肯定もしなかった。

 

「どうしたの、鞠子。急にそんなことを言いだして。


 疲れているの? だったら、僕が癒してあげるよ」

 

 薄笑いを浮かべながら、リアムはそう言って、話している途中の鞠子を強引に抱きすくめ、キスで唇をふさいだのだった。

 

 

 心証としては、黒だ。真っ黒だ。

 

 だが、鞠子には、それ以上問いただすことができなかった。なぜなら、リアムを失うことが怖かったから。

 

 欺かれているに違いないと思っても、それでも彼を愛していたから。

 

 

 

 自分から徹夫に連絡することはできなかった。自分の感情を優先させ、はっきりと問いただすことができなかったことが後ろめたかったからだ。

 

 彼には申し訳ないけれど、結局、何もわかっていないのだから、報告できることもない。

 

 それきり、徹夫からも連絡はなかった。彼も、こういう事態を予想して、半ばあきらめていたのかもしれない。

 

 

 もしもの世界は存在しない。だから、いくら考えても悔やんでも意味はない。

 

 だが、もしも自分がリアムを問いただしていたら、もしも徹夫に連絡していたら、あるいは由希美と話をしていたなら、その後に起こった悲劇の数々はくい止められていたかもしれない。

 

 すべてではないにしても、そのうちのいくつかは。だから、すべては自分のせいなのだ。

 

 

 

 鞠子は、向かい側のソファに座る、ほっそりとして色白で、見るからに繊細そうな甥っ子に、事実だけを淡々と話した。

 

 鞠子も、そして実は徹夫も、リアムと由希美が惹かれ合っているのではないかと感じていたこと。

 

 里樹が生まれたとき、ハーフにしか見えなかったこと。小学校入学前の健康診断による血液検査で、里樹が徹夫の実子ではないとわかったこと。

 

 そして、リアムを失いたくないばかりに、事実を解明することをせず、結果的に、自分が徹夫たち家族を見捨てたことを。

 

「だから、その後のことを、私は詳しくは知らないの。徹夫の心にどんな変化があったのかも、あなたが虐待されて、どんなに辛い目に遭っていたのかも、夫婦の間に何があったのかも。


 ひどいわよね。本当にごめんなさい」

 

 里樹の顔は蒼白だ。

 

「じゃあ、火事の原因もわからないの?」

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