31,昼休みの公園
その日の夜、仕事から帰って来たリアムに、鞠子は、今日の出来事を話したあとで付け加えた。
「あのまま大きくなったら、きっと見た人は、あの子のことを白人とのハーフだと思うでしょうね。
そのことで、いじめられたりしないか心配だわ」
リアムがどんな反応を示すか見たかったのだ。だが、彼は気だるそうに言った。
「そうだね。ああ疲れた。鞠子、今日のディナーはなんだい?」
わざと素っ気ないふうを装っているのか、本当に興味がないのか、鞠子には、彼の心を読み取ることはできなかった。
里樹と名付けられた赤ちゃんは、一歳を迎える頃には、髪の色も目の色も茶色くなり、やがて、一見したところ、母親似のかわいい男の子に成長した。
すべては考え過ぎだったのかもしれない。リアムを愛するがゆえに、神経過敏になっていたのだ。
リアムはいつも、鞠子への愛を言葉と態度で示してくれるし、もちろん、彼の気持ちを信じている。
だが鞠子は、自分の中身はともかく、容姿には自信がなかった。自分の外見が、美しいリアムと釣り合うとは思えなかったのだ。
だから、常に身だしなみを整え、家事をがんばり、リアムに喜んでもらえるよう尽くしてきた。
だが、数々の努力も、美しい女の前では、なんの意味もなさない。
リアムと由希美が見つめ合ったあのとき、鞠子はそう思ったのだった。
つまり自分は、美しい由希美に嫉妬したのだ。すべては嫉妬が生み出した妄想だったのだ。
何より、あれから数年が過ぎた今も、リアムは自分を大切にしてくれている。
ありもしないことに思いわずらい、何年も一人悩んでいた自分は本当にバカだった。
そう思っていたある日、徹夫から電話が来た。
「姉さん、話したいことがあるんだけど」
徹夫とは、彼の会社の近くの公園で、昼休みに会った。外はまだ肌寒く、ほかに人影はない。
噴水の見えるベンチに並んで腰かける。
「久しぶりに会うのに、こんなところでごめん」
そう言いながら、スーツの上にステンカラーのコートを羽織った徹夫は、テイクアウトのランチボックスと、カップに入ったホットコーヒーを差し出した。
「ありがとう。私はどこでもかまわないけど、ずいぶん忙しいのね」
「そういうわけでもないんだけど。あっ、食べて」
「ええ、いただきます」
紙の容器を開けると、カツサンドと玉子サンドが並んでいる。自分も容器を開けながら、徹夫が言った。
「人のいないところで話したくてさ」
「え?」
カツサンドを手に取りながら、徹夫は話し始める。
「この春から、里樹が小学校に入るだろ? それで、健康診断があったらしいんだけど」
「うん」
現在、里樹は幼稚園に通っていて、彼が幼稚園に行っている間、由希美は友達が経営する雑貨店でパートをしていると聞いた。
「身長だの体重だのが書かれた用紙が、テーブルの上に無造作に置いてあってさ」
いったい、なんの話だろう。鞠子は、うつむきながら話す徹夫の横顔を見つめる。
「多分、由希美は気がついていないんだと思うけど、里樹の血液型がO型だったんだよ」
それがなんだというのだろう。彼は、さらに続ける。
「俺はAB型で、由希美はO型なんだ」
「うん」
うなずく鞠子を見て、徹夫は寂しげに笑った。
「姉さんも意味がわからないか。理数系、苦手だったもんな」
「何よ、わかるように説明して」
徹夫は、手に取ったカツサンドを、食べないまま容器に戻して言った。
「AB型とO型の親から、O型の子供は生まれないんだ」
「……え? だって、由希美さんはO型なんでしょう?」
「だけど、AB型の親は必ずAかBの遺伝子を渡すから、子供はA型かB型にしかならないんだよ」
「そんな。だって……」
「つまり、俺の話っていうのはそういうこと」
「じゃあ、O型と何だったら、O型の子が生まれるの?」
「Oか、Aか、Bか。笑うだろ? AB型以外だったら、全部可能なんだ」
そう言いながら、徹夫は、とても悲しげだ。そして、ちらりと鞠子を横目で見て言った。
「姉さんも、気づいてたんじゃないの?」
「えっ?」
鞠子はぎくりとする。彼女もサンドイッチには、まだ手を付けていない。
「あいつ、見るからに男にモテそうだろ? 最初に会った飲み会に誘ってくれた友達にも、あいつはやめとけって言われたんだ。
お前が捨てられるのがオチだぞって。だけど、デートに誘ったら喜んでくれたし、プロポーズだって受け入れてくれたんだし……」
かわいそうに。そう思いながらも、鞠子は探りを入れる。
「その当時、何かおかしな様子はなかったの?」
つまり、由希美が妊娠した頃のことだ。
「いや、どうだったかな。でも……」
「でも、何?」
「パートのないときも、しょっちゅう出かけているみたいなんだよな。友達と会っていたとか、買い物に行ったとか言うんだけど」
どうやら信用していない口ぶりだ。
「それに、これはあまり考えないようにしていたんだけど。里樹はかわいいし、俺にも懐いてくれているけど、俺に全然似てないよな」
やはり、彼もおかしいと思っていたのだ。鞠子は尋ねる。
「立ち入ったことを聞くようだけど、夫婦仲はどうなの?」
「それはまあ、もう新婚ってわけじゃないし。でも、仲が悪いってわけでもないよ。
少なくとも、ケンカをしたりっていうことはない」
「そう……」
考え込んでいると、不意に徹夫がこちらを見て言った。
「なあ、里樹が生まれたとき、驚かなかったか?」




