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3,美しい洋館

 しばらく経ってから、父が聞いて来たのが、シブフォート学園に関する話だった。

 

 日曜日の遅い朝食のときに、父が言った。


「仕事の取り引き先の親戚の息子さんが、そこの大学の出身だそうだ。


 校風も周りの環境もいいし、なんでも、四年間過ごした寮が素晴らしかったらしい。

 

 そこは学校付属の寮とは違って、少し離れたところにある私設の寮だそうだが、美しい洋館で、その割には寮費が格安な上に、寮母さんもいい人らしい。


 中学からの一貫校だそうだから、高校に中途転入できるか調べてみたらどうかって。

 

 ただ、そこの寮は人気で、すぐに定員になるらしいから、なるべく早いうちに決めたほうがいいって言っていたよ」


「ふうん……」


 正直なところ、祖父母と暮らすのでなければ、どこの学校でも寮でも、練にはどうでもよかった。

 



 だが、父はどうでもいいとは思わなかったようで、編入試験に合格すれば中途転入できること、寮も今ならば、新年度からの空きがあることを調べてくれた。

 

 ロンドンの学校に通うことも、祖父母と暮らしながら学校に通うことも気が進まなかったので、編入試験を受けることにした。


 その結果、練は編入試験に合格し、契約と見学を兼ねて、父と一緒にフォレストハウスを訪れたのだった。 




「すごい……」


 練は、道路の突き当りに見えて来た寮の建物に目を見張った。寮が洋館であることは聞いて知っていたものの、まさかここまで大きく美しいとは思っていなかった。


 父も感嘆の声を上げる。


「立派だなあ」



 笑顔で迎えてくれた、ここの寮母だという女性は、父と祖母たちの中間くらいの年頃に見え、明るくて優しそうだ。


「ようこそいらっしゃいました。さあ、中へどうぞ」



 通された、広く美しいリビングルームらしき部屋で、まずは紅茶を飲みながら話をする。女性が言った。


「ここで暮らしているのは、大学部の学生さんばかりなんですよ」


 父が尋ねる。


「高校生はめずらしいですか? 中途入学も」


「そうですね、お迎えするのは初めてです。ですがご事情はうかがっていますし、息子さんは責任をもってお預かりさせていただきますよ」


 女性は、父と練に視線を向けながらほほえんだ。



 その後、部屋を見学させてもらい、寮の規則などの話を聞いてから契約を交わした。

 

 最初に寮を見た瞬間から、練は是非ともここに住みたいと思うようになっていたが、部屋を見て、ますますその気持ちは強くなった。

 



 新年度を前に、父はロンドンへと旅立ち、練はフォレストハウスで暮らし始め、四月からシブフォート学園高等部の二年生になったのだった。


 フォレストハウスは、思った以上に居心地がよかった。建物や部屋が美しく快適なのはもちろんのこと、寮の住人たちは疑似家族のようだった。


 料理上手な寮母は優しく、ときに厳しく、母親のように寮生たちを包み込み、大学部に通う寮生たちは、真面目で物静かな人が多かった。

 

 入学したときからずっとここで暮らしてきた寮生たちが、この春、一斉に卒業を迎えて退寮してしまい、ここしばらくの間、寮生は練一人だったのだが。




 練は、ここ数日の出来事を思い返す。寮母の鞠子が怪我をしたこともショックだったけれど、たとえ数日とは言え、この広い洋館に、まさか自分がたった一人で暮らすことになるとは思わなかった。


 だが、ようやく今日でそれも終わる。鞠子の甥という人が、どんな人物なのか不安ではあるけれど。



 彼を迎えるため、朝から洋館中を掃除したのだが、いつも鞠子がきれいにしているので、たいしてやることはなかった。


 駅前のスーパーで買って来た食材で作った昼食を食べて片付け、思いついてお茶の用意をした後は、もう何もやることがなくなってしまった。

 

 落ち着かない気持ちで、広いリビングルームやダイニングルームを意味もなくうろうろしていると、ついにチャイムが鳴った。


 来た! ドキドキしながら、小走りに玄関に向かい、そっとドアを開けると、彼が立っていた。


「あの、畝本鞠子の甥の、畝本里樹です」


 なんとなく想像していたのは中年男性だったのだが、彼は若く、まだ二十代だろう。

 

 ひょろりとして色白で、茶色がかった髪は、おそらく染めているのではなく地毛だ。

 

 どこか気弱そうで優しげな雰囲気に、練の緊張がいくらかほぐれる。


「ああ、はい。寮生の喜古嶋錬です。鞠子さんから話は聞いています」


「その節は、伯母が大変お世話になりまして」


 そう言って、里樹はぺこりと頭を下げた。




「あっ、じゃあ、ここで暮らしていらしたんですね」


 伯母がいつもそうしているように、リビングルームで紅茶とクッキーを出してくれた練が、驚いたように言った。

 

 彼が高校生だということは伯母から聞いていたが、実際に会ってみると、真面目そうで礼儀正しい少年で、ほっとして、自然とくだけた口調になる。


「うん、一階の奥が僕の部屋だよ。お盆休みとか年末年始は帰って来ているんだけど、一度も会わなかったね」


「そのとき、僕は家に帰っていたのかも。父は今、海外赴任中なんですけど、日本に戻って来たときは一緒に過ごすんです」


「そうなんだ」


 彼の父はシングルファーザーだと聞いた。それで、練を一人日本に残して行くことを心配して、シブフォート学園に転入させ、ここから通わせることにしたのだという。

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