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29/31

29,伯父さん

 夕食は、伯母のアドバイスを聞きながら、練と東吾がカレーライスを作ってくれた。

 

 ここに来てから、早くも三度目のカレー。伯母仕込みのカレーができあがり、練も東吾もおかわりをしていた。

 

 二人とも、好きなカレーは続けて食べても飽きないらしいが、それは里樹も同じだ。

 

 話も弾み、楽しいひと時だった。

 

 

 

 食事が終わり、練と東吾はキッチンで後片付けを始め、里樹と伯母は、リビングルームに移動した。

 

 杖につかまりながらソファに座った伯母が、感慨深げに言う。

 

「二人とも、本当にいい子ね」


 里樹も向かい側に座る。


「うん。東吾くんは、なんでもズバズバ言うけど、本当は優しくて、気遣いのできる子なんだよ。


 湊くんのことでも、ずいぶん助けられた」 

 

「そうなのね。練くんも、前より明るくなったみたい。


 それも東吾くんのおかげかしら」


「それは、伯母さんが帰って来たこととの相乗効果かもね。練くん、伯母さんのことが大好きみたいだから」


 里樹の言葉に、伯母がふっと笑う。

 

「里樹も、そんなことが言えるようになったのね」


「それも相乗効果かもね。ここに来るまでは、料理のことだけ考えていればよかったから」


 レストランのオーナーはいい人だし、従業員の中で里樹が一番年下だったこともあり、何か問題が起こっても、必ず誰かが手を貸して助けてくれた。

 

 でも、ここでは自分が一番年上で、しかも責任者でもあったので、いろいろ考えることは多かった。

 

「そう」



「ところで、ちょっと話したいことがあるんだけど」


 里樹がそう言うと、伯母の表情が引き締まった。

 

「何かしら」


「今朝のことなんだけど。実は花瓶が割れる音を聞いたとき、フラッシュバックが起こったんだ。


 それで、記憶の一部がよみがえった」


「そうだったのね」


 予想がついていたのか、伯母に驚いている様子はない。里樹は説明する。

 

「僕が蹴ったサッカーボールが当たって、植木鉢が割れた。それで、お父さんが怒って、僕のことを『毛唐のガキ』って言ったんだ。


 意味がわからなかったから、さっき辞書で調べたら、毛唐とは、欧米人のことを卑しめて言う言葉だって書いてあった」

 

「……そう」


「伯母さんは、それがどういうことだかわかっているんじゃないの?」


 伯母は、硬い笑顔を浮かべて言う。

 

「どういうこと?」


 やはり、伯母に驚いた様子はない。ということは、自分の考えは、あながち的外れではないに違いない。

 

 そう確信し、里樹は、それを話してみることにした。

 

「お父さんが言ったのは、伯父さんのことなんじゃないのかな」


 つまり、今は亡き伯母の夫、アイルランド人の伯父だ。伯母は、里樹をじっと見つめながら言った。

 

「どうしてそう思うの?」


 その顔に、もう笑みはない。

 

「僕の周りにいた欧米人といえば伯父さんしか知らないし、今まであまり気にしたことはなかったけど、僕って人より色素が薄いよね。


 高校のとき、生活指導の先生に、髪を染めてるんじゃないかって疑われたこともある。

 

 そういうキャラじゃないし、調べればわかることで、すぐに疑いは晴れたけど。

 

 つまり、色素が薄いのは遺伝で、僕の本当の父親は伯父さんなんじゃないかと思うんだけど、違うかな」

 

 そう考えれば、父が里樹を嫌い、暴力を振るったことも腑に落ちる。

 

 もちろん、暴力が許されるわけではないけれど。だが、伯母は言う。

 

「考え過ぎよ。たしかにあなたは肌の色が白いし、髪の色も明るい。


 でも、あなたのお母さん、由希美(ゆきみ)さんも、名前の通り、とても色が白くてきれいな人だったのよ。

 

 あなたは由希美さんに似たのよ」

 

「だったら、どうしてお父さんは、僕をそんなに嫌っていたのかな。


 さっきの記憶の中の僕は、まだ小学校に上がるか上がらないかくらいだったと思うけど、首が取れそうなくらいに強く体を揺すられて、すごく怖かった。

 

 ただの記憶で、実際に今あったことじゃないのに、痛くて、頭がクラクラして、殺されるんじゃないかって……」

 

 恐怖がよみがえり、それ以上話せなくなった。心臓がバクバクと暴れている。

 

「大丈夫? 無理に考えないほうがいいわ」


 伯母が、心配そうに里樹の顔をのぞき込む。だが、里樹は激しく首を振った。

 

「無理なんかじゃない。僕は本当のことが知りたいんだよ。


 何かがあったに違いないのに、それを知らないままで、この先平気な顔で生きてなんて行けない!」

 

「里樹……」


「どうして僕は虐待されていたの? どうして僕は『毛唐のガキ』なの?


 どうして家が火事になって、どうして両親は死んだの? 伯母さん、教えてよ!」

 

 

 そのとき、ドアをノックする音がした。伯母が返事をする。

 

「はい、どうぞ」


 ドアが開き、東吾が顔をのぞかせた。その後ろに、練の姿も見える。

 

「あの、片付け終わったんで、俺たち部屋に上がります」


「お疲れ様、どうもありがとう」


「いえ。じゃあ、おやすみなさい」


 練も続ける。

 

「おやすみなさい」


「おやすみなさい」


 里樹も、なんとか平静を装って言った。

 

「おやすみ」


 ぺこりと頭を下げて、東吾がドアを閉めた。

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