29,伯父さん
夕食は、伯母のアドバイスを聞きながら、練と東吾がカレーライスを作ってくれた。
ここに来てから、早くも三度目のカレー。伯母仕込みのカレーができあがり、練も東吾もおかわりをしていた。
二人とも、好きなカレーは続けて食べても飽きないらしいが、それは里樹も同じだ。
話も弾み、楽しいひと時だった。
食事が終わり、練と東吾はキッチンで後片付けを始め、里樹と伯母は、リビングルームに移動した。
杖につかまりながらソファに座った伯母が、感慨深げに言う。
「二人とも、本当にいい子ね」
里樹も向かい側に座る。
「うん。東吾くんは、なんでもズバズバ言うけど、本当は優しくて、気遣いのできる子なんだよ。
湊くんのことでも、ずいぶん助けられた」
「そうなのね。練くんも、前より明るくなったみたい。
それも東吾くんのおかげかしら」
「それは、伯母さんが帰って来たこととの相乗効果かもね。練くん、伯母さんのことが大好きみたいだから」
里樹の言葉に、伯母がふっと笑う。
「里樹も、そんなことが言えるようになったのね」
「それも相乗効果かもね。ここに来るまでは、料理のことだけ考えていればよかったから」
レストランのオーナーはいい人だし、従業員の中で里樹が一番年下だったこともあり、何か問題が起こっても、必ず誰かが手を貸して助けてくれた。
でも、ここでは自分が一番年上で、しかも責任者でもあったので、いろいろ考えることは多かった。
「そう」
「ところで、ちょっと話したいことがあるんだけど」
里樹がそう言うと、伯母の表情が引き締まった。
「何かしら」
「今朝のことなんだけど。実は花瓶が割れる音を聞いたとき、フラッシュバックが起こったんだ。
それで、記憶の一部がよみがえった」
「そうだったのね」
予想がついていたのか、伯母に驚いている様子はない。里樹は説明する。
「僕が蹴ったサッカーボールが当たって、植木鉢が割れた。それで、お父さんが怒って、僕のことを『毛唐のガキ』って言ったんだ。
意味がわからなかったから、さっき辞書で調べたら、毛唐とは、欧米人のことを卑しめて言う言葉だって書いてあった」
「……そう」
「伯母さんは、それがどういうことだかわかっているんじゃないの?」
伯母は、硬い笑顔を浮かべて言う。
「どういうこと?」
やはり、伯母に驚いた様子はない。ということは、自分の考えは、あながち的外れではないに違いない。
そう確信し、里樹は、それを話してみることにした。
「お父さんが言ったのは、伯父さんのことなんじゃないのかな」
つまり、今は亡き伯母の夫、アイルランド人の伯父だ。伯母は、里樹をじっと見つめながら言った。
「どうしてそう思うの?」
その顔に、もう笑みはない。
「僕の周りにいた欧米人といえば伯父さんしか知らないし、今まであまり気にしたことはなかったけど、僕って人より色素が薄いよね。
高校のとき、生活指導の先生に、髪を染めてるんじゃないかって疑われたこともある。
そういうキャラじゃないし、調べればわかることで、すぐに疑いは晴れたけど。
つまり、色素が薄いのは遺伝で、僕の本当の父親は伯父さんなんじゃないかと思うんだけど、違うかな」
そう考えれば、父が里樹を嫌い、暴力を振るったことも腑に落ちる。
もちろん、暴力が許されるわけではないけれど。だが、伯母は言う。
「考え過ぎよ。たしかにあなたは肌の色が白いし、髪の色も明るい。
でも、あなたのお母さん、由希美さんも、名前の通り、とても色が白くてきれいな人だったのよ。
あなたは由希美さんに似たのよ」
「だったら、どうしてお父さんは、僕をそんなに嫌っていたのかな。
さっきの記憶の中の僕は、まだ小学校に上がるか上がらないかくらいだったと思うけど、首が取れそうなくらいに強く体を揺すられて、すごく怖かった。
ただの記憶で、実際に今あったことじゃないのに、痛くて、頭がクラクラして、殺されるんじゃないかって……」
恐怖がよみがえり、それ以上話せなくなった。心臓がバクバクと暴れている。
「大丈夫? 無理に考えないほうがいいわ」
伯母が、心配そうに里樹の顔をのぞき込む。だが、里樹は激しく首を振った。
「無理なんかじゃない。僕は本当のことが知りたいんだよ。
何かがあったに違いないのに、それを知らないままで、この先平気な顔で生きてなんて行けない!」
「里樹……」
「どうして僕は虐待されていたの? どうして僕は『毛唐のガキ』なの?
どうして家が火事になって、どうして両親は死んだの? 伯母さん、教えてよ!」
そのとき、ドアをノックする音がした。伯母が返事をする。
「はい、どうぞ」
ドアが開き、東吾が顔をのぞかせた。その後ろに、練の姿も見える。
「あの、片付け終わったんで、俺たち部屋に上がります」
「お疲れ様、どうもありがとう」
「いえ。じゃあ、おやすみなさい」
練も続ける。
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
里樹も、なんとか平静を装って言った。
「おやすみ」
ぺこりと頭を下げて、東吾がドアを閉めた。




