26,過去を知る権利
テーブルに紅茶とクッキーを置きながら、練は言う。
「今、東吾さんからメッセージが来て、なんかおいしいものを買って来てくれるみたいですよ」
「あら、楽しみねえ」
練も鞠子の向かい側の椅子に腰かける。
「里樹はどう? よくやってくれているかしら」
「それはもう。鞠子さんの甥っ子さんが来るって聞いたときは、正直どんな人が来るのか、ちょっと心配だったんです。
でも、実際に会ってみたら、優しくて話しやすくて、すごく安心しました」
「そう」
「料理もすごく上手だし、湊くんたちが来るまで……一緒に買い物に行ったり料理を作ったりして、二人で過ごすのも、すごく楽しかったです」
湊の名前を出したとたんに、練の胸に痛みが走ったが、なんとか先を続けた。
そんな彼を気遣うように、鞠子が優しく言った。
「それならよかったわ」
練はうつむく。
「湊くんと東吾さんが来てからも、すごく楽しかったんだけど……」
「湊くんのことは、私も聞いて、とてもショックだったわ。みんな、辛かったわね」
「湊くんとは、ずっと仲良くしていけると思っていたのに……」
「そうね。残念だったわね」
「一緒に学校に行きたかった」
言いながら、練はつい涙ぐむ。
「きっと湊くんも、そう思っていたでしょうね」
「また、会いたいな」
「会えるわよ、きっと」
帰りのバスの中で、東吾が言った。
「さっきの話ですけど。俺、親友が突然自殺したことはもちろんショックだったけど、それ以上に、やつが俺に一言も言わずに死を選んだことが、すごく辛かったんっすよね。
今も本当の原因はわからないままだし、やつがもうこの世にいない以上、知りようもないじゃないっすか。
それで、さっき里樹さんの話を聞いて思ったんっすけど」
「うん?」
「差し出がましいことを言うようだけど、やっぱり、知りたい気持ちがあるからには、里樹さんは自分の過去を知る権利があるんじゃないっすかね。
鞠子さんの考えはわからないけど、とりあえず、里樹さんの気持ちはちゃんと伝えたほうがいいんじゃないかって」
やっぱり東吾は、率直で、的を射たことを言うなあと里樹は感心する。
「そうだねえ、また伯母さんに話してみることにするよ。どうもありがとう」
「いや、なんかえらそうですいません」
さっき自分が言ったのと同じことを言われて、里樹はふっと笑った。
僕たちはみんな、いろいろと気にしながら日々生きているんだな。
伯母は退院祝いの食事会をとても喜んでくれたし、練も東吾も、とても楽しそうにしていた。
後片付けも終わり、練と東吾は部屋に引き上げた。今日も里樹と伯母は、キッチンのテーブルで紅茶を前に向かい合っている。
「伯母さん」
里樹の声に、伯母は彼を見つめる。
「やっぱり僕は、過去のことを知りたいんだ。それが決して楽しいものじゃないのはわかっているけど、それでも知りたい。
伯母さんに育ててもらって、伯母さんのおかげで何不自由なく生きて来られたこと、本当に感謝しているよ。
でも、両親がどんな人たちだったのかとか、どうして二人が亡くなったのかとか、自分のルーツが知りたいんだ。
大げさかもしれないけど、そういうことが何もわからない状態だと、自分が何者なのかわからないようでスッキリしなくて……」
「そう……」
しばし考えてから、伯母は口を開いた。
「あなたの気持ちはわかったわ。両親のことを知りたいと思うのは、子供として当然よね。
だけど、どうして今になって、急にそんな心境になったの?」
「それはやっぱり、湊くんの話を聞いて、他人事じゃないと思って……」
伯母が里樹の顔をのぞき込む。
「もしかして、心配しているの?」
「え?」
「つまり、湊くんのように、自分が徹夫に手をかけたんじゃないかとか」
徹夫というのが里樹の父親の名前だ。伯母は、ふっとほほえむ。
「そんなことはあり得ないわ。あなたはまだ、今の湊くんよりずっと小さかったんだもの、さすがにそれは無理よ。
ついでに言うなら、火事の原因もあなたじゃないわ」
「あ……」
「あなたはその夜、お友達の家で開かれたお泊り会に行っていたのよ。
だからまったくの無関係。どう、これで気が済んだ?」
「気が済んだっていうか……」
少なくとも、よく見る火事の夢が、実際にあったことではなかったのはわかったけれど。
「でも、安心したでしょう? 今日の料理、とてもおいしかったわ。
お寿司もだけど、あなたが作ってくれたチキンサラダ、ドレッシングが最高ね。
今度レシピを教えてちょうだい」
伯母が急いで話題を変えたことに、里樹は違和感を覚えた。過去の出来事について、何か言いたくない、あるいは隠しておきたいことでもあるのだろうか。
そういった断片的なことだけではなく、両親の関係とか、母と自分との関係とか、日常的な、自分がどのように育ってきたのかというようなことが聞きたかったのだが、どうにも伯母は手強い。
あるいは自分が不甲斐ないのか、結局、火事の直接的な原因さえ聞き出すことができなかった。




