25,率直な言葉
当時のことを思い出し、やるせない気持ちになって髪をかきむしる東吾に、里樹が静かな声で聞いた。
「それで、ご両親と、ちゃんと話はできたの?」
「いや、両親も学校のやつらとたいして変わらないんだと思ったら、なんだかうんざりして、口を聞くのもいやになって。
それに、ゲイだからって、好奇の目で見られたり後ろ指さされるいわれはないし、そういうことで稜平が貶められるのはいやだと思ったんっすよ。
俺はゲイじゃないって言うのは簡単だけど、だからってわざわざ声高に言うのも、なんか違う気がして」
「そうか」
「それで、もう地元には帰らないつもりで、ここに来たんっす」
うなずいている里樹に、東吾は聞いてみた。
「俺の考え、おかしいっすか?」
里樹はほほえむ。
「そんなことはないよ。だから、練くんと湊くんが一緒に寝ていたときに、あんなふうに言ったんだね」
あのときは、びっくりして先走ったことを言ってしまったけれど、もしも本当に二人がそういう関係ならば、きちんと受け止めて、応援したいと思ったのだ。
そのことで悩んで、辛い思いをしてほしくなかった。結局、二人はただ単純に一つのベッドで寝ていただけで、愛し合っているというのは東吾の早とちりだったのだが。
さらに里樹は言う。
「でも、東吾くんが、いつも率直な言葉をかけてくれることで、僕も、きっと練くんたちも、気持ちよく過ごせているのはたしかだよ」
意外な言葉だ。
「えっ、そうっすか? さっきも練に『鞠子さんに甘えてろ』って言ってムッとされたばっかりっすけど」
里樹は笑い声を上げる。
「でも、僕も、練くんが伯母さんと二人でゆっくり話をして、気持ちがほぐれればいいと思っていたし、そういうのをさらっと言ってくれる人がいるのはいいなあと思うよ。
僕はなかなかうまいこと言えないから、すごくありがたい」
「へー……」
なんだか照れくさい。
「だから、今すぐじゃなくて、時間が経ってからでも、いつか東吾くんがご両親とちゃんと話せるときが来ればいいなあと思うよ」
「はあ……」
「あっ、なんかえらそうでごめん」
「いえ、そんなことないっす」
「ところで」
あらたまったように、里樹がこちらを見て言った。
里樹は、ふとゆうべのことを思い出して、東吾に話してみる気になった。
「前にも言ったように、僕は子供の頃のことをあまり覚えていないんだ。
東吾くんに、脳が辛い記憶に蓋をしているんじゃないかって言われただろう?
でも、自分のことだから、たとえ辛いことでも、どんなことがあったのか知りたいと思ってね」
「はい」
「それで、ゆうべ伯母さんに昔の話を聞きたいと思ったんだけど、脳が思い出さなくていいと判断しているなら、そのままにしていたほうがいいって言われて」
「そうなんすか。やっぱり鞠子さんは、里樹さんは知らないほうがいいと思ってるってことっすかね」
「そうなのかなあ……」
たしかに、父に虐待されていたことも、両親が亡くなったことも、決していい経験とは言えない。
でも、何も知らないままでは、自分のアイデンティティーがどこにあるのかわからない。
なんともまどろっこしいような、寄る辺ないような、自分がどこに立っているのかわからないような。
まったくわからないのであれば、あきらめるよりほかにないけれど、せめて伯母が知っていることだけでも話してほしいのだ。
そう思うことは間違っているのだろうか……。
そんなことを考えているうちに、バスは終点の、駅前のロータリーに入って行く。
スーパーの中を歩きながら、東吾が尋ねる。
「鞠子さんの好きな食べ物ってなんっすか?」
「和食かなあ。海鮮も好きだよ」
「寿司とか?」
「そう。帰ってから全部の料理を作るんじゃなくて、メインにパックの握り寿司を買って行くっていう手もあるよね」
「そうっすね」
「東吾くん、お寿司は好き?」
「大好きっす」
「練くんはどうかなあ。生ものは大丈夫だろうか」
「どうっすかね。ああ、今ちょっと聞いてみます」
そう言いながら、東吾はポケットからスマートフォンを取り出して、メッセージを打ち始める。
「一応、鞠子さんには内緒でってことにしときます?」
「そうだね、一応」
もしも練が生ものが苦手ならば、彼だけ別のものにしてもいい。たとえば、ちらし寿司とか稲荷寿司とか。
それで、メイン以外に何品か作って、デザートにスイーツか果物を買って……。
陳列棚を見ながら通路をゆっくり進んでいると、早くも返信が来たらしく、東吾が背後で言った。
「練も寿司は好物だそうっす」
「そう、よかった」
スマートフォンをポケットにしまい、練は紅茶とクッキーを載せたトレーを持ってリビングルームに入って行く。
その姿を見て、鞠子はほほえむ。
「ありがとう。何から何までやってもらっちゃって悪いわね」
「いえ、鞠子さんとお茶が飲めるの、うれしいです。こういうの、久しぶりですね」
「そうねえ」
鞠子が入院する前、ほかの寮生たちが退寮してからは、この時間に二人でお茶を飲むのが日課だったのだ。




