24,稜平
冷静に考えれば、誰にだってそのどれもがあり得ないことだとわかるはずだ。
一時期付き合っていた女の子とは、彼女が引越して転校したことで終わっているが、付き合っていた当時もその後も、稜平ともずっと友達として仲良くしていたし、なんなら女の子と三人で遊んだことだってあった。
稜平とは中学からの長い付き合いで、今さら告白するも振るもないだろう。
彼が亡くなる前日まで、バンド仲間たちとわいわい楽しくやっていたのは、一緒にいた彼らがよく知っているはずだ。
稜平に恋人がいたのかどうか、厳密にはわからないが、少なくとも、東吾はそんな気配は微塵も感じていなかった。
そもそも東吾は、稜平がゲイかどうかということも考えたことがなかったのだが、今、周りがそれを事実のごとく認識しているのは、彼のルックスのせいもあるのだろうかと思う。
どこか中性的と言えなくもない美少年。そんな彼が、女の子と付き合わないと、イコール同性愛者ということになるのだろうか。
そう考えて思い返してみると、たしかに彼が、好きな女の子について話すのを聞いたことはなかったし、彼の部屋の本棚には、男性アイドルや男性俳優の写真集があった。
東吾は、それらをわざわざ開いて見ることもしなかったが、あれが男性を恋愛対象として見ていたということになるのだろうか。
だが少なくとも、東吾の認識では、彼が東吾をそういう目でみていたとは思えないし、二人でいて妖しい雰囲気になったこともなかった。
稜平とは、あくまで気の合う友達であり、音楽の趣味も話も合うバンド仲間だったのだ。
東吾にとって稜平は、かけがえのない大切な親友だった。
そんなことは、同級生もバンド仲間も、いつも見ていてわかっていたことではなかったのか。
それなのに彼らは、噂に含まれる矛盾に目を向けようとはせず、根拠のないセンセーショナルな噂を信じることのほうをを選んだ。
ようするに、一人の人間の死を悼むことよりも、下世話で面白おかしいフィクションのほうを選んだのだ。
くだらない。こんなやつらに何を言っても無駄だ。
そう思う一方で、今に至っても、稜平の自殺の原因がまったくわからない自分情けない。
彼が死を選ぶほど苦しんでいたというのに、自分はそれにまったく気がつかなかった。
まさに彼が命を絶ったあの夜も、呑気にテレビを見て、シャワーを浴びて、朝までぐっすり眠ったのだった。
自分は、親友の悩みにも心の動きにもまったく気づくことのできない、とんでもなく鈍くて無神経なバカ野郎だ。
そのことが、何よりも辛かった。
学校で孤立することはまったく気にならなかったが、やがて噂は、東吾の両親の耳にも入った。
東吾の家と稜平の家は近いし、二人が親しくしていたことも、稜平が亡くなったことも、当然両親も知っていたのだが。
ある日の夕食のときに、父が切り出した。
「稜平くんといったか、お友達のことは残念だったな」
普段、東吾のことにあまり関心がないように見える父が、彼の交友関係について何か言うのは初めてだった。
それで東吾は、生姜焼きの肉を挟もうと箸を伸ばした手を止め、思わず父の顔を見た。
父の後を引き継ぐように、母が言う。
「中学生の頃に、何度か遊びに来たことがあったわよね」
いったいなんの話が始まるのかと思っていると、わざとらしい咳払いをしてから、父が言ったのだった。
「つまり、その、お父さん、そういう方面のことはよくわからないんだが、お前たちはそういう仲だったのか?」
東吾は、苛立ちを隠さずに言った。
「なんの話だよ」
もちろん、父の言葉の意味も、両親が何を気にしているのかもよくわかっていたが、あえて答えずに聞いたのだ。
母はとりなすように言う。
「まさか、ねえ」
「だから、なんの話だよ」
「ご近所の人が言っていたのよ。稜平くん、男の子が好きだったんですって。
自殺したのも、それが原因なんじゃないかって。東吾、ずっと仲良しだったけど、まさか、そういうことじゃないわよねえ」
両親とも、うかがうように東吾の顔を見ている。東吾は、箸を置いて言った。
「そういうことってどういうことだよ」
父が言う。
「ようするに、単刀直入に言うと、お前たちは恋人同士だったのかっていう」
「そうだったとしたら、なんだっていうんだよ」
「えっ、やっぱりそうだったのか?」
「はぁ?」
もちろん東吾にとって、稜平は昔も今も親友だ。だが、もしも恋人同士だったとしたら、それがどうだというのだ。
この二人は、いったい何をそんなに気にしているのだ。憮然としていると、母が泣き出しそうな顔で言った。
「そんな、違うって言ってちょうだい。ご近所に顔向けできないわ……」
思わずため息が出た。
「あんたら、俺とご近所とどっちが大事なんだよ」
その後も二人は、東吾と稜平の関係をしつこく尋ね、否定してほしがった。
否定することは簡単だが、東吾は意地悪な気持ちになって、わざと尋ね返す。
「俺が違うって言ったら信じるのかよ」
父と母は、顔を見合わせる。即答できないのが、二人の答えなのだと思い、彼は立ち上がりながら言い放った。
「一生悩んでろ!」




