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23,東吾らしくない発言

 伯母の歩調に合わせながら、リビングルームに入って行くと、練が駆け寄って来た。

 

「鞠子さん、大丈夫ですか?」


「大丈夫よ、ありがとう」


 練は、ソファに腰を下ろそうとする伯母の背中に手を添えて介助する。その様子は、とても自然で、伯母もうれしそうだ。

 

 

 夕食のときも、練は伯母にあれこれと話しかけていた。湊のことで、ゆうべからもの思いに沈んでいるようだったので、そんな練を見て、里樹は少し安心した。

 

 

 

 食事が終わり、練と東吾は、部屋に引き上げた。里樹と伯母は、キッチンで紅茶のカップを前にテーブルに着いている。

 

「予想外のことだったとはいえ、大変なときに、全部里樹にまかせることになってしまって、本当にごめんなさいね」


 里樹は、ほほえみながら首を横に振る。

 

「ううん、僕なら平気だよ。練くんのことが心配だったけど、伯母さんが帰って来たら、ずいぶん元気になったみたいでよかった」


「心の中では、まだ湊くんのことで落ち込んでいるでしょうから、気をつけてあげましょう。


 東吾くんは、はきはきしていて、明るくていい子みたいだわね」

 

 東吾は、すぐに伯母とも打ち解けて、里樹と一緒にスーツを買いに行ったときのことなどを、面白おかしく話していた。


「うん、すごくいい子だよ。しっかりしていて、いつも年下の二人を元気づけてくれていた。


 彼のおかげで、僕もずいぶん助けられたよ」

 

「そうなの」



 里樹は、紅茶を一口飲んでから、居住まいを正して言った。

 

「ところで、少し聞きたいことがあるんだけど、いいかな」


 伯母が、問いかけるように目を向ける。里樹は続けた。


「湊くんの話を聞いて思ったんだけど、僕は過去のこと、つまり両親と暮らしていた頃のことを、ほんの断片的にしか覚えていなくて。


 東吾くんに、脳が辛い記憶に蓋をしているんじゃないかって言われたけど、あのとき具体的に何があったのかも、今では二人の顔さえ覚えていないんだ」

 

 あのときとは、つまり両親が亡くなったときのことだ。

 

「親の顔が思い出せないなんて、やっぱり普通じゃないよね。写真も残っていないし、だから……」

 

 思い出につながるようなものは、すべて火事で失われたのだ。伯母が、にっこり笑って言った。

 

「私も東吾くんの言う通りだと思うわ。里樹の脳が思い出さなくていいと判断しているなら、そのままにしておいてかまわないんじゃないかしら。


 何もわざわざ辛い記憶を掘り起こすことはないわ。正直に言って、思い出したときのあなたのことが心配よ」


「でも……」


 それでも僕は、真実を知りたい。そう言おうとしたのだが、伯母は、杖につかまって立ち上がりながら言った。

 

「もう遅いわ。明日もあるし、今日は私も疲れたし、そろそろ休みましょう」


「うん……」


 釈然としないながらも、疲れたと言う伯母を引き留めることはできなかった。

 

 

 

 翌日、誰からともなく言い出して、鞠子の退院祝いをすることになった。

 

 練には彼女のそばにいてもらうことにして、里樹と東吾は、バスに乗って街まで食材を買いに行く。

 

 出がけに、東吾は練に向かってからかうように言った。

 

「里樹さんと俺はゆっくり買い物して来るから、せいぜい水入らずで鞠子さんに甘えてろよ」

 

「僕は甘えたりなんかしません!」


 練はむきになって言い返すが、東吾はニヤニヤしている。

 

「まあいいじゃないか。久しぶりに再会できたんだから、俺たちに遠慮すんな」


「だから!」


 声を荒げる練を、鞠子が笑顔でとりなす。

 

「まだ一人じゃ何かと不自由だから、練くんがいてくれると助かるわ。それに、積る話もしたいし」


「ですよね」


 相変わらずニヤニヤしながら言う東吾に、里樹は声をかけた。

 

「そろそろバスが来る時間だから行こうか」


「ういっす」




 今日も貸し切り状態のバスに揺られながら、東吾が言う。

 

「練、めっちゃどんよりして食欲もないみたいだったけど、鞠子さんが帰って来たら急に元気になっちゃって」


「そうだね、僕も安心した。考えてみたら、練くんは、僕たちより伯母さんとの付き合いのほうがずっと長いんだもんね」


「そうっすね。鞠子さん、明るくて優しいし、練にとっては母親みたいな存在なのかもしれないっすね」


「うん。僕も伯母さんのおかげで、寂しい思いもせずに生きて来られたんだよ」


「そうなんっすね」


 そう言ったきり、口を閉じた東吾の表情が寂しげに見えて、里樹は聞いた。

 

「何?」


「あ、いや。こんなことを言うのは俺らしくないかもしれないけど、ちょっとうらやましいなあと思って」


 たしかに、普段の東吾らしくない発言だとは思うけれど、彼にも辛い過去があったであろうことは知っている。

 

 つい、じっと見つめていると、東吾は照れくさそうに言った。

 

「俺の親は、そういう感じじゃなかったから」




 稜平の死後、東吾は周りから白い目で見られるようになり、孤立した。

 

 学校中に、事実とはまったく異なる噂が広まっていた。東吾と稜平の関係についてだ。

 

 つまり、稜平が自殺したのは、東吾が原因であると。そして、それにはいくつかのバージョンがあった。

 

 東吾は高校生になってから、別のクラスの女の子と付き合っていたのだが、東吾が稜平を振ってその子と付き合ったせいで、稜平はそのショックで、というもの。

 

 稜平はずっと東吾に片思いしていたが、思い切って告白したところ、手ひどく振られて、そのショックで、というもの。

 

 あるいは、稜平には同性の恋人がいたが、東吾が二人の仲を引き裂いたとか、東吾が相手をボコボコにしたとか。

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