22,伯母の帰還
停車中のタクシーの後部座席に座った里樹は、東吾とメッセージのやり取りをした後、すぐに伯母にメッセージを送る。
―― 今病院の近くに来ているんだけど、これから行ってもいい?
ややあって返信が来た。
―― もちろんよ。部屋の場所は受付で聞いてね。
よし。里樹はスマートフォンの画面を閉じて、運転手に告げる。
「国原医院までお願いします」
伯母がいるのは、五階建ての病院の個室だった。
「伯母さん……」
おずおずとドアを開けながらのぞき込むと、リクライニングさせたベッドの上の彼女は笑顔で迎えてくれた。
顔色もよく、思ったよりも元気そうだ。
「里樹、久しぶりね」
ベッドに近づきながら、里樹は尋ねる。
「急だったから、手ぶらでごめん」
「ううん、いいのよ。私のほうこそ、無理なお願いをしちゃってごめんなさいね」
「それはいいけど、具合はどう?」
「少し痛みが残っている程度だから、予定より早く退院できるかもしれないわ。
血圧も安定しているし。寮はうまく行っている?
喜古嶋練くんはいい子でしょう? 新しい寮生さんたちはどう? 」
「ああ、うん。練くんはとてもいい子だけど、実は……」
気が重いけれど、話さないわけにはいかない。そのためにここにやって来たのだから。
里樹は、ベッドサイドに丸椅子を引き寄せて腰かける。
まずは、三人ともとてもいい子で、楽しくやっていたことをざっと話す。
それから、湊の告白に始まり、ついさっき母子を警察署まで送り届けたことを、なるべく簡潔にわかりやすくと思いながら、伯母に話して聞かせた。
「そんなことが……」
さすがの伯母も、驚愕の表情を浮かべている。
「契約のときにはお母さんと湊くんと二人でいらしたけど、とても品のいいお母さんだったわ」
「うん。取り乱したりすることもなく、僕たちにも落ち着いて丁寧に話してくれたよ」
「そう。お二人とも、とても気の毒ね。それに、練くんたちもあなたも、とても辛かったわね」
「僕は大丈夫だけど、練くんは、年も近くて兄弟みたいに仲良くしていたから、ずいぶんショックを受けていたようだよ」
「そうでしょうね。かわいそうに……」
伯母も、練のだいたいの事情は、彼の父親から聞き知っているのだ。
その日の夕食のときに、東吾が言った。
「さっきネットで調べてみたんだけど、正当防衛が認められれば無罪、それが無理だとしても、過剰防衛が認められた場合は情状により刑の軽減や免除が検討される可能性があるらしい。
少年の場合は、保護処分や少年院送致になる場合もあるらしいけど、湊の場合、長年過酷な状況に置かれていたわけだから、その辺りは考慮されるんじゃないかな」
練がつぶやく。
「湊くんは、むしろ被害者なのに。無罪にならないのかな……」
里樹も同意する。
「そうなるといいけどね」
「どっちにしても、今後裁判があるだろうから、決まるのはずいぶん先のことだろうな」
東吾の言葉に、練は思わずため息をついた。湊がこの場にいないことに、今もまだ実感がわかない。
あんなに仲良く過ごしていたのに。新学期が始まったら、一緒に学校に通うのを楽しみにしていたのに……。
翌日の午後、里樹が玄関の掃除をしていると、タクシーがやって来た。
誰だろうかと思い、見ていると、玄関ポーチの前で停まった車から降り立ったのは、杖をついた伯母だった。
ややふっくらとして大柄な伯母は、60を過ぎた今も相変わらずきれいで若々しい。
こんなときでも明るいオーラを発散しているように見えるのが不思議だ。
「伯母さん!」
「里樹」
満面の笑みの伯母と、運転席から降りて、手早くトランクから荷物を下ろす運転手。
伯母が運転手に声をかける。
「すみません、玄関まで運んでいただけますか?」
「承知しました」
その様子をポカンとして見ていると、伯母が言った。
「突然帰って来ちゃってごめんなさいね。大変なことがあったのに、私一人がいつまでものんびりしている場合じゃないと思って、今朝退院手続きをしてもらったのよ」
「だけど、大丈夫なの?」
「ほら、この通り。杖を使えば歩くくらいは支障ないわ。
もっとも、まだ当分の間は里樹にお世話にならなくちゃいけないけど」
「はあ……」
タクシーを見送り、荷物を持って伯母とともに玄関から入って行くと、練が駆け寄って来た。
「鞠子さん!」
「練くん、話は里樹から聞いたわ。いろいろ大変だったわね」
「いえ……」
後ろから東吾もやって来た。
「鳴滝東吾くんね? 契約のときにお会いしたわね」
東吾はぺこりと頭を下げる。
「どうも」
まずは、伯母とともに荷物を持って彼女の部屋に行く。一階の、リビングルームやダイニングルームとは廊下を挟んで反対側にあり、里樹の部屋の隣だ。
「帰って来るなら、言ってくれれば、部屋の掃除をしたり空気を入れ替えたりしておいたのに」
里樹が、ついぼやくと、伯母が言った。
「ごめんね。余計な心配かけたくなかったし、って言っても、やっぱり迷惑かけちゃうわよね。
食材とか、足りなくなっちゃうかしらね……」
「それは、まあ、湊くんの分があるし」
彼が行ってしまったので、食事を用意する量は変わらない。
「そうね……」
しんみりした表情の伯母を見て、里樹は、ちょっと後悔する。
「なんか、きつい言い方しちゃってごめん。迷惑だなんて思っていないよ。
むしろ伯母さんが帰って来てくれて心強いくらい。伯母さんには、なんでも気兼ねなく言えるしさ」
「そう。それならよかったわ」
伯母の笑顔に、里樹はほっとした。




