21,里樹からのメッセージ
里樹の声に、母親が顔を上げて言った。
「私たちは、これから警察署に出頭いたします。すみませんが、タクシーを呼んでいただけますか」
「はい……」
すると、東吾が母親に向かって言った。
「本当に出頭するんですよね」
「はい?」
母親が、怪訝そうに東吾を見る。
「それならいいけど、まさかこのまま逃亡するとか。まあ、とことん逃げるっていうなら応援しないでもないけど」
「東吾くん」
里樹が思わず声をかけると、彼は、にやりとしてから続けた。
「いや、それならまだ許せるけどって話っすよ。この際だからはっきり言うけど、出頭すると言いながら、もしも二人が心中なんか企んでいるとしたら、俺は絶対に許さない」
「そんな、まさか……」
呆れたように言う母親に、東吾はさらに言いつのる。
「もしもそんなことになったら、俺たち三人は一生後悔しながら生きて行かなくちゃならない。
そんなのはごめんだぜって言ってるんですよ」
それを聞いて、練と湊が、ほとんど同時に泣き出した。母親が、落ち着いた声で言う。
「心配していただいてありがとうございます。ですが、この期に及んでそんなことはいたしません。
私たちは、きちんと罪を償おうと決めたんです。それ以外にできることはありません」
そこで、里樹は思いついて提案した。
「それなら、僕がタクシーに同乗して警察署までお送りします。そして、お二人が中に入って署の人と話すのを見届けてから帰ります。
東吾くん、それでどうかな」
「いいんじゃないっすか」
「どうですか?」
里樹が問いかけると、湊と母親はそろってうなずいた。
母親と並んでソファに座る湊は、外出着に着替え、ここに来るときに持って来た大きなバッグを抱えている。
テーブルの角を挟んだ位置に座った練は、うつむく湊の横顔をじっと見つめる。
やがて、静かにドアを開けた東吾が、部屋の中に向かって言った。
「タクシーが来ました」
ハッとしたように顔を上げる練と湊。二人の目が合う。
「湊くん」
言いたいことならたくさんあるはずなのに、そう言ったきり、言葉が出て来ない。
もう二度と会えないかもしれないのに。
そう思うと、またも涙がこみ上げる。湊も、唇を歪めて涙をこぼしている。
そんな二人を見て、東吾が言った。
「お前ら、やっぱり泣き虫兄弟だな」
それを聞いて、二人とも泣き笑いの表情になる。湊の母親が、立ち上がりながら言った。
「みなさん、短い間でしたが、この子と仲良くしていただいて、本当にありがとうございました。
この子にとって、きっと一生の宝物になることと思います。
さあ、行きましょう」
うながされて、湊も立ち上がる。里樹と練も。
母親が、里樹に向かって頭を下げながら言った。
「それでは、お手数ですが、よろしくお願いします」
「はい」
タクシーの待つ玄関ポーチまで、みんなでぞろぞろと出て行く。
これで最後になってしまう。そう思い、練は歩きながら、湊の背中にもう一度声をかけた。
「湊くん」
湊が振り向く。
「いつかまた会える日を待っているよ」
「練くん!」
湊が、泣きながらしがみついて来た。練も湊を抱きしめる。
「いつまでも、ずっと待っているから。招き猫のキーホルダー、僕たちのお守りだよ」
タクシーを見送った後、とぼとぼと玄関に向かって歩いていると、東吾が言った。
「さっきのお前の言葉、確実に湊の光なったぜ」
「……光?」
「そうだよ。これから先、どんなに辛いことがあっても、きっとあの言葉が湊の心の支えになるはずだ」
「そう、ですかね」
本当は、もっともっと言いたいことがあったのに、あれだけ言うのが精いっぱいだったのだ。
「まさかテキトーに言ったわけじゃないんだろ?」
「もちろんです。何年先になるかわからないけど、いつかきっと、また会いたい」
「だろ? 湊もそう思って頑張るんじゃないかな」
「湊くん、これから先、どうなるんですかね」
「さあな。俺には法律のこととか警察のこととかよくわからないけど、湊が置かれていた環境とか事情は考慮されるんじゃないか?」
「そうだといいけど」
「まあ、事情はどうあれ、殺人を犯していることには変わりないわけだから、これからいろいろ取り調べとか捜査とかあるんだろうな。
その後は、裁判とか」
「湊くん、大丈夫かな……」
風の音を怖がって一人で寝られなかった、あの繊細な湊が、厳しい取り調べや裁判に耐えられるだろうか。
「未成年だし、素行に問題があるわけじゃないし、それなりに配慮はされると思うけどな」
「ですよね」
練のことが少し心配だったが、部屋で休むというので、東吾も自室に戻った。
ベッドに寝転んでスマートフォンを見ていると、着信があった。
里樹からメッセージだ。
―― 今湊くんたちを警察署に送り届けて来ました。二人は大丈夫?
すぐに返信する。
―― 俺は大丈夫です。練は湊のことを心配していたけど、大丈夫だと思います。
―― よかった。ところで、さっき気づいたんだけど、伯母が入院している病院は、警察署からそう遠くないんだ。
それで、ついでに寄りたいんだけど、少し帰りが遅くなってもいいかな。
―― OKです。
―― 夕食までには帰るつもりだけど、お腹が空いたら冷蔵庫の中にあるものをなんでも食べていいよ。
―― わかりました。こちらは心配いらないので、どうぞごゆっくり。
―― ありがとう。




