14,小此木山へ
それからしばらくの間、東吾は呆然としたまま過ごした。死因のせいもあるのか、葬儀は家族のみで執り行われ、彼に別れを告げることはできなかった。
稜平の「変わり果てた」姿を見ていないせいもあり、余計に彼の死が実感できないのだった。
ある日、移動教室のため、廊下を歩いていると、隣のクラスのバンド仲間、巧に声をかけられた。
「今日の放課後、久しぶりに部室で話さないか?」
「ああ、うん」
稜平が亡くなって以来、ほかのメンバーは知らないが、東吾は部室に顔を出していなかった。
バンドの練習どころではなかったし、そもそも、バンドのメンバーである稜平がいないのだから、練習できるはずもない。
部室に入って行くと、ギターの巧、ベースの修斗、ドラムの正剛がすでに集まっていた。
東吾はギターとボーカル、稜平はキーボード担当だった。
「おう」
「久しぶりだな」
東吾は、近くの椅子を引いて座る。しばしの沈黙の後、巧が言った。
「稜平のこと、驚いたよな」
「ああ」
「そんな感じ、全然しなかったもんな」と修斗。
正剛がしんみりと言う。
「稜平がもういないなんて、まだ信じられないよ」
みな口々に言う。
「あいつの演奏は、頭一つとび抜けてたよな」
「何しろ、基礎ができてるから」
「あいつなら、プロも夢じゃなかったかも。ルックスだってとび抜けてたし」
彼らの会話に黙って耳を傾けている東吾の顔を見ながら、巧が尋ねた。
「あの噂って、本当なのか?」
「……噂?」
東吾には、なんのことだかわからない。
「いや、その」
口ごもる巧の後を引き継いで、修斗が言った。
「つまり、稜平がゲイだったってことだよ。東吾は中学から一緒だから、知ってたのかと思って」
「え?」
東吾はポカンとする。
「俺は、何も」
そんなふうに考えたことは一度もなかった。修斗は言う。
「じゃあ、あの噂も嘘なんだな」
「おい、もうやめとけよ」
正剛が、修斗をいさめるように言った。それで東吾は余計に気になる。
「なんだよ。噂ってなんのこと?」
修斗は、ちらりと正剛を見てから言った。
「もちろん、俺だって信じちゃいないけど、稜平は、東吾に振られて、その」
「は? なんだよそれ。そんなこと、わざわざ俺に聞かないとわからないのかよ」
東吾は深いため息をつき、椅子から立ち上がった。部室を出るためだ。
出口に向かう東吾の背中に、正剛が声をかける。
「待てよ。俺たちはそんなこと」
「これからバンドはどうするんだよ!」
巧の声を最後に、東吾は部室を出て、後ろ手に引き戸を閉めた。
稜平がいないのに、どうするもこうするもないもんだ。
夕食のとき、練が言った。
「今日、お二人が出かけているときに湊くんと話したんですけど、学校が始まる前に小此木山に登ってみようかって」
里樹は尋ねる。
「登山口駅から?」
ここは小此木山の麓なのだが、数駅先の山の反対側に「小此木山登山口」という駅があって、そこはちょっとした観光地だ。
整備された登山道やケーブルカーもある。
「そうです。里樹さんは行ったことあります?」
「うん、中学校の遠足で行ったよ」
「そうなんですか。僕も去年、ここに来たばかりのときに寮の人たちと行ったんですけど、せっかくの春休みだし、湊くんと行ったら楽しいかなあと思って」
「そうだね。いいんじゃない?」
すると、東吾が言った。
「大丈夫か? 二人で行って、また不測の事態でも起きて、二人してめそめそするようじゃ目も当てられないぜ」
「めそめそって……」
憮然とする練に続いて湊が言った。
「もしかして、東吾さんも行きたいんですか? そうならそうで、別に連れて行ってあげてもいいですけど。
ね、練くん」
「うん。別にかまわないですよ」
東吾が何か言う前に、里樹は口を開いた。
「じゃあさ、みんなで行くっていうのはどう?」
「それいい、賛成!」
手を上げたのは湊だ。続いて練。
「僕もいいですよ」
みんなが東吾の顔を見る。彼は、ポリポリと頬をかきながら、ぼそっと言った。
「俺も、別にいいけど」
その日、駅前でバスを降りたときも、登山口駅に着いたときも、湊は慎重に周りを見て、練に寄り添うようにして歩き出した。
練も、ついて来る湊を気にかけているのがわかる。
何気ない素振りでその様子を見ながら、里樹はほほえましく思う。本当に仲のいい兄弟みたいだ……。
春休みの小此木山は、観光客でにぎわっている。山頂近くまで行けるケーブルカーもあり、里樹も中学の遠足で来たように、気軽に登山を楽しめる山なのだ。
駅前には土産物屋が並び、広い駐車場もある。練が、駐車場の彼方を指しながら、里樹に向かって言った。
「ケーブルカー乗り場はあっちでしたっけ」
「そうだね」
東吾が言う。
「ケーブルカーで頂上まで行けるんすか?」
「ううん、ケーブルカーは途中までで、そこからは徒歩」
「へえ」
「じゃあ、とりあえずケーブルカーに乗ろうか」




