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13/34

13,ギターケース

 最寄りの駅に着き、バス停でバスが来るのを待ちながら、里樹は思い切って切り出した。


「あの、さっきの話だけど」


 ポケットに手を入れた東吾が、こちらに顔を向ける。


「なんすか?」


「ええと、地元に帰らないっていう」


「ああ。いろんなことにうんざりしたんっすよ。


 人間って、普段はわからないけど、何かあったときに本性が現れるんっすよね。

 

 それがわかって、つくづく愛想が尽きたっていうか、もうこんなところには戻りたくないと思って」


「そう、なんだ」


 それは、親友が自殺したということに関係しているのだろうか。それだけでも辛かっただろうに、何かよほどいやな思いをしたのか。


 そう思っていると、東吾がふとほほえんだ。


「そんな顔しないでくださいよ。俺は大丈夫なんで。


 別に逃げて来たわけじゃなくて、これは前向きな選択なんっすから」


 その顔を見つめていると、さらに彼は言った。


「もちろん、悪いことをして地元にいられなくなったっていうのとも違いますから」


「そんなこと、思っていないよ」


 里樹の抗議に、東吾は笑い声を上げた。




 フォレストハウスに帰り着くと、練と湊が出迎えてくれた。二階の部屋の窓から、アプローチを歩いて来るのを見ていたらしい。


「おかえりなさい」


「どんなスーツを買ったんですか?」


 あれこれと話しかけてくる二人に、里樹は言った。


「シュークリームを買って来たから、まずはお茶にしようか」


「わーい」


 湊が無邪気な声を上げた。




 自室に入ると、東吾はチェストの脇の壁に立てかけたギターケースに目をやる。

 

 ここに来る日、家に置いて来るつもりだったのに、どうしても思いきれなくて、途中で取りに戻ったのだ。


 そのせいで到着するのが遅くなり、里樹たちを心配させてしまった。

 

 とは言え、あの日から一度もケースを開けてさえいない。


 ここに来た日ではない。親友の死を知った日から、ギターを弾くことはおろか、目にする気にさえなれないのだ。


 あの日以来、東吾を取り巻く世界も、今まで信じて疑わなかったものも、何もかもが変わってしまった。

 

 

 

 親友の稜平(りょうへい)とは、中学時代に知り合った。すらりとした美少年で、一見、東吾と気が合いそうには思えなかった。

 

 だが、たまたま隣の席になり、話してみると、とても面白く、好きなバンドや音楽の系統も一緒だった。

 

 二人は急速に親しくなり、いつしか親友同士になっていた。稜平は子供の頃からピアノを習っていたので、触発されて、東吾はギターを始めた。

 

 稜平の部屋でセッションするようになり、同じ高校に進学してからは、音楽好きな仲間を集めてバンドを結成した。

 

 同好会という形で学校に申請し、放課後は、部室としてあてがわれた空き教室で、みんなで演奏の練習をした。

 

 

 そういうつもりで始めたわけではなかったが、文化祭などで演奏し、注目されるようになると、女の子にモテるようにもなった。

 

 東吾は、その中の一人と付き合ったりもしたが、そのルックスで、東吾よりもずっとモテるはずの稜平は、特定の彼女を作ることはなかった。

 

 東吾はそれを、理想が高いせいだろうと思っていた。稜平には、彼とよく似た美人の姉がいて、その姿を見慣れている彼には、きっと同級生の女の子たちでは心に響かないのだろうと。

 

 練習の後は、バンドのメンバーで、近くのデパートのフードコートでしゃべるのが日課だった。

 

 

 その日も、そんなふうにありふれた一日の終わりが近づいていた。いつものように、フードコートで、ファストフードを食べながら時間を過ごした後、メンバーと駅で別れ、稜平と二人で電車に乗る。

 

 帰宅ラッシュに混み始めた電車の中で、吊革につかまりながら、いつものように他愛無い話をする。

 

「そういえば、今日の『ミュージック・ファイル』にセンシティヴズが出るんじゃなかったっけ?」


 深夜の音楽番組の話だ。二人ともセンシティヴズのファンなのだ。

 

「マジ? 見ないと」


「新曲やるかな」


「やるだろ。楽しみだな」


「だな」



 家が反対方向の二人は、駅前で別れた。

 

「じゃあ、また明日な」


「うん」


 稜平は、笑顔で手を振った。




 翌朝、いつもの電車に稜平は乗って来なかった。東吾は一人で学校に行ったが、授業が始まっても彼は現れず、スマートフォンにメッセージを送っても既読にならなかった。

 

 風邪でも引いて寝ているのだろうか。そう思っていると、昼休みの後、午後の授業の担当教諭ではなく、クラスの担任が教室に入って来て言ったのだった。

 

 稜平が、ゆうべ遅くに亡くなったと。言葉の意味がすぐには理解できず、教壇に立つ教師をポカンと見つめていると、さらに彼は言った。

 

 稜平は、自ら命を絶ったのだと。教室の中がざわめき、やがて女子生徒のすすり泣きが聞こえてきた。

 

 それでもまだ担任の言葉が信じられず、東吾は彼を凝視し続けながら考える。 

 

 いったいどういうことだ? 何かの間違いじゃないのか?

 

 稜平が、なんで、自殺? 昨日だって、変わったところなんか何もなかったじゃないか。

 

 テレビにセンシティヴズが出るのを楽しみにしていた。俺は今日、それについて稜平と話すのを楽しみにしていたのだ……。

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