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12,スーツを買いに

 里樹がそう言うと、三人はうなずき、すっかり冷めてしまった朝食を食べ始めた。

 

 そこでふと思いついて、里樹は尋ねる。


「ところで、みんなの新学期までの予定は?」


 それまでには、まだ日数がある。まず、練が答えた。


「僕は、特に何も」


「僕も何もないです」と湊。


 それから、東吾が言った。


「俺も別にないんだけど、入学式って、やっぱりスーツを着て行ったほうがいいのかな」


「どうかな……」


 里樹は高卒なので、大学の入学式についてはよくわからない。すると、練が言った。


「大学の入学式は、やっぱりスーツの人が多いみたいですよ。ほとんどそうかも」


「じゃあ、入学式までにスーツを買いに行くかな」


 そこで、里樹はふと気になったことを聞いてみた。


「二人の入学式に、家の人は来るの?」


「俺は来ないっす」


「僕も」


 練が言った。


「大学も高校も、親が来る人は半々くらいですかね」


「そうか……」


 里樹が考え込んでいると、東吾が言った。


「どうかしました?」


「あー、家の人の代わりってわけじゃないけど、なんなら僕も二人の入学式を見に行ってみようかな、なんて思って。


 もちろん、二人がいやじゃなかったらだけど」


 東吾が言った。


「いやじゃないけど、入学式は大学も高校も同じ日だから、両方は大変じゃないっすか? 


 俺はいいんで、湊のほうに行ってやってください」


 それはそうだけれど、湊くんにも来なくていいと言われたらシャレにならないな。

 

 思いつきで言ってしまったけれど、余計なお世話だったかもしれない。

 

 そう思い、里樹が後悔しかけたとき、湊が言った。


「うれしい! 里樹さん、僕の入学式に来てください」


 それで、里樹も東吾と一緒に、駅から電車に乗って街にスーツを買いに行くことになったのだった。




「里樹さんって優しいっすね」


 間を開けて座ったバスのシートで、東吾が笑う。今日も、ほかに乗客はいない。


「え?」


「入学式に親が来ない俺たちのことを不憫に思ってくれたんですよね。


 俺はともかく、湊はまだ中学を卒業したばっかりだし」


「あー、うん。ここで暮らすようになってからずっと見てきたけど、大学生でも、入寮のときに一人で来るってなかなかないんだよね。 


 ましてこれから高校に入学する湊くんが一人でやって来たのは、かなり意外だった」


「ですよね。なんか家庭が複雑みたいだし」


「うん」


 父親が暴力を振るうと聞いて、とても他人事とは思えない。風の音が怖くて練と一緒に寝たというのも、彼の寄る辺なさを感じさせた。


 東吾が感心したように言う。


「それで親代わりに入学式に行く気になったんすか。いやー、里樹さんってホントに優しいっすね」


「そんな立派なものじゃないよ。たまたま思いついただけで、実際スーツも買うことになったし」


 まさかそんなことになるとは思っていなかったので、動きやすいラフな普段着しか持って来ていない。

 

 いくらなんでも、デニムにブルゾンでで入学式に行くわけにはいかないだろう。




 ファッションビルのスーツ売り場で物色していると、自身もスーツを着こなした店員が、さっそく話しかけてきた。


「どういったものをお探しですか?」


 東吾が答える。


「大学の入学式に着るんすよ」


「ああ、お二人は学生さんでいらっしゃいますか」


 東吾がニヤニヤしながら里樹を見る。


「あ、いや、僕は」


 店員は、二人を見比べながら言う。


「では、こちらのお兄様?」


「そういうわけでも……」


 もじもじする里樹を見て、東吾が笑った。


「彼は親族代表みたいなもんっす」


「はあ、なるほど」


 何がなるほどなのか、店員は、曖昧な笑顔を浮かべながらうなずいた。



 それぞれ買ったスーツの包みを手にして下りのエスカレーターに向かう。


「さて、次は靴売り場だね」


 里樹の言葉に、東吾が自分の足元を指して言う。

 

「スーツにこれじゃまずいっすかね」


 彼が履いているのは、最初に来た日にも履いていた黒いブーツだ。

 

「ああ、それならいいんじゃない?」


 東吾が買ったスタイリッシュなスーツならば、よく合っていて問題ないだろう。

 

「よかった」


 東吾は、ほっとしたようにほほえむ。

 

「でも、僕は買わないわけにはいかないなあ」


 出費はかさむけれど、まさかスーツにスニーカーというわけにもいくまい。

 



 無事、里樹は革靴を買うことができ、二人は再び下りのエスカレーターに乗る。先に乗った東吾が、振り返りながら言った。


「ここって大学の近くでは一番栄えてますよね」


「そうだね」


「ここら辺でバイト探そうかな」


「寮の近くじゃあんまり仕事なさそうだもんね」


「俺、金貯めたいんすよ。もう地元には帰らないつもりなんで」


「えっ、そうなの?」


 エスカレーターは一階に着き、二人はビルの出口へと向かう。


「だから、寮費が安くて助かるっす。部屋も広くてきれいだし、ホントにいいところを見つけられてラッキーでしたよ」


「そう……」


 里樹は思う。彼には、何か地元に帰りたくない事情があるのだろうか。

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