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9話「白石 穂乃美という女の子②」

「白石?早く帰らないと下校時間……」


「な!?なにもっ!──────なにもしてましぇんっ!」


挙動不審な彼女の様子を心配し歩み寄ったその時、彼女の小さな手のひらからふいに小さな木製の箱が音を立てて零れ落ちる。


「…………は?」


コトッと乾いた音を立ててミーティングテーブルの上に落ちたソレは紛れもなく──────0.00mmと毛筆で書かれた桐の箱だった。


「白石お前……ソレ……!?」


「ッ!?」

「ご……ごめんなさいっ!」



──────様子がおかしいとは思っていた。

落ち着かない様子とやけに少ない口数。

不自然なまでに視界に映ろうとせず、目も合わなかった。


「お前だったのか白石…スキン、いやコ〇ドーム窃盗犯は!」


犯人は犯行現場に再度訪れる、とはよく聞くがまさかまさかの身内の犯行。

驚きの表情をとても隠せそうにない。


それは清純無垢の体現、象徴ともいえる彼女、白石穂乃美による犯行となれば尚の事だろう。



早く帰れと言わんばかりに鳴り響き続ける下校時間を告げるチャイムが、不愉快なソレが、事ここに至っては、沈黙を埋める為のクッションの役割を担ってくれている。


長万部 雪苺という嵐は過ぎ去り、平八重 美里という小さな女子はふらふらおぼつかない足取りでその姿を消し、僕、吹寄 弓月と白石 穂乃美、二人きりとなった生徒会室には、もうかれこれ十分余りの沈黙がチャイムと共に流れ続けている。


「本当にごめんなさい…理由をちゃんと話すから、驚かないでね」


「それと笑ったり馬鹿にしたり、広めたりだなんて、絶対にしないって約束してくれる?」


沈黙を破ったのは目の前の彼女、白石 穂乃美。

丁寧な前振りののち、盗みを働いた事への糾弾が行われる前に、自ら犯行を認め謝意を露わにして、事の顛末、あらましを吐露し始める彼女。


その瞳には大粒の涙が見て取れ、手のひらの上の小さな桐箱はふるふると震え、ぽつぽつと白茶色のそれを濡色に染める。


両の手で差し出されたそれを受け取れる位置までに距離を詰めると、その瞬間、勢い良く追い縋り、胸の中へと飛び込んできた彼女はくぐもった声ではあったが、忘れもしない…一言一句違わず、確かにこう言ったのだ。



『私って…実はとんでもなくドスケベなのかも…』


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


辺りに人のいない事を念入りに確認し、生徒会室の鍵を内側から閉める。


既に先んじて着席している彼女の前に浅く座り、その顔を見ると、今にも消えて無くなりたい…とそんな羞恥を帯びた暗い表情をしている。


「なぁ、なんでまた盗みなんて…それにこんな物。白石は何かわかって…──────」


「うん、分かってる。全部分かってて、とりました…」


その彼女の一言に僕は湧き上がった動揺を隠せなかった。

なんだか多足類の虫みたいに、変に手足をわちゃわちゃしたくなるムズ痒い感覚に襲われる。


だってまさか、あの白石がこんなもの……。


「言い訳には当然なるんだけれど、聞いてくれる?」


おどおどモジモジとした表情こそ変わらないが、その瞳だけは確固たる決意、覚悟の様なものを感じる。


それ故に、どうにも茶化す気になどならず、糾弾も後回し、彼女の「聞いて欲しい話」とやらに耳を傾ける事にした。


「私のお家はね、テレビを好きに観れないの。それは物心着く前、ずっと小さい時から、今でも続いてる」

観れるのは母親が録画したドキュメンタリーだったりアニメ、バラエティであったり、全て予め「下品」だったり「教育に悪い」ものでないか、検閲された物だけだと言う。

それはテレビであり、本であり、ゲームでもネットなんかでも同じらしい。


「それでもなんの不満も無かったし、特に困った事なんてなかったの。なかったんだけど……」

ぽつりぽつり、途切れ途切れに語る彼女は机に置かれた桐の箱をいつのまにやら手繰り寄せ大事そうに撫で、注視し、我が子の様に愛でている。


「それは理事長の…おじい様のお家で新聞を読んでいた時の事……」


スポーツニュースであったり、ゴシップ記事であったり特に興味はなかったけれど、母親の検閲の無いそれに酷く興味を惹かれたという。


特に真ん中のページにまるで主役かのように存在し、あちらこちら、あられもない箇所の全てが丸出しのアダルト面に彼女は釘付けになったと言う。


「最初はおじい様のお家でそれを見るだけで充分だったんだけどね…私って奴はだんだんと見境い無くなって来て…性欲も歳を重ねる事に日増しに強くなっていって…」


ファッション雑誌の恋愛や性に関する読者の体験談、下ネタ、性の悩みを赤裸々に取り上げる名物企画を母親に隠れて読むことに始まり、本屋さんの年齢制限コーナーに変装して入ってみたり、ネットカフェでVシネマの濡れ場シーンだけを観たり。


とりわけ強く興味を惹かれたのは様々なパッケージに綺麗なデザイン。

けれども生々しくてそんなある種性の象徴の様な物…そう、コ〇ドームだった。


「(ば…ばなな味付きなんてあるのっ!?)」


そんな天地の引っ繰り返る程の衝撃を受けたらしい。


「それから夜な夜な自動販売機に売ってるのを買ってみたり、沢山の種類を集めるのがいつの間にか趣味になってて…」


「桐の上品な箱で見た事のない0.00mmの表記コレに思わず湧き上がる欲と劣情を抑えきれなくなっちゃって…」


「本当に、こんな──────ドスケベでごめんなさい!」


「軽蔑……したよね?」

こちらを潤んだ両眼で見詰める彼女。

そんな彼女の抱えた悩み、背景を知り、これが性欲の力か…と感服する。


清純無垢、穢れを知らないと思われた透明感を帯びた天女の様な彼女であっても人間の性からは、三大欲求最強と称される本能には抗えず、抑制され続けてきたが故にそれは内側から彼女を蝕み、手の付けられない自称ドスケベへと育て上げた。


「軽蔑なんてしないさ、スキンが好き?人より性欲が強い?だからなんだっ!」

そんな彼女を前に高ぶった己の勢いそのまま立ち上がり、声高に言い放つ。

音を立てて後ろへと倒れ伏すイスなんかには目もくれない。


人よりも欲が強い、それは悪い事なのだろうか?

性欲とは元来生存本能に他ならない。

人によって形を変え、フェチとも癖とも呼ばれ、当たり前に皆が持っているもの。

それは生きていく上で必要不可欠で、種の存続とも切っても切れない物で、決して恥ずかしがる事なんかじゃあないハズなのだ。


「僕なんて「ノーパンしゃぶしゃぶ」を高校の文化祭で実現しようと齢5つの時には既に企んでいたんだ!」


「自慢じゃないが、欲の強さなら負けちゃいないさっ!」

幼い頃からこの夢の為に研鑽を重ね、今まさに実現へと向かう道中の僕。

そんじょそこらの自称ドスケベだ変態なんかとは欲の深さが違う、そう断言出来る。


「だからもう、自分を卑下するな白石」

そう一言、涙を浮かべる彼女の傍らに歩み寄り伝える。

嗚咽を漏らす彼女も音もなく立ち上がると自然とお互いに歩み寄り熱いハグでもって肯定し合う。


「でもな、盗んじゃあいかんよなぁ」

そう一応の叱責を織り交ぜると、涙の勢いの増した彼女からは繰り返し枯れて萎れた声で「ごめん、ごめんね」という言葉が発せられた。


「でもね……だってね?」

暫くして、しゃっくりの症状が治まった時、胸元で大きく息を吸い込んだ彼女は真っ直ぐな目でこちらを見据える。

次いで口から発せられた言葉は


「だってっ!0.00mmだよ!そんなの──────見た事も聞いた事も無いよ!」


あぁ、白石穂乃美であってもやはり人間なんだなぁと、やや感慨深さや感傷深い気持ちに包まれていた僕の心は、彼女のそんな一言で一撃霧散していった。


「お、おぉ。そうか…そうであったか」


「うんっ!これってすっごくすっごいんだよ!?」


ふんすふんす、本当にふんすふんす言いながら雄弁に捲し立てる彼女に少々気後れしてしまう。


「…うん?待てよ…確かに、見た事ないっ!!」


けれど、遅れて確かに気づく。

その──────異様さに。


国内最薄のスキンは大手メーカーが出している0.018mm。

日本の技術力の真髄とも呼べるこの薄さは世界を見ても圧倒的で、これよりも薄い物を探すのは不可能に近い。

というより存在しない。


「って事はこれは…まさか、超レア物って事か?」

彼女の手にひしっと握られたそれをまじまじと見やる。

よくよく見れば桐でできた箱が格式の高い高級品の様にも見える。


気がする。


「うんそうなのっ世界で一つ二つあるかどうか!」


「もしかしたらだよ?…N〇SAの新技術でつくられてるのかも…」

こそっと僕たち以外誰も居ない教室でわざとらしく耳打ちする彼女。

そのN〇SAの一言に思わず目を見開く。

宇宙開発や航空技術の研究なんかを行っているアメリカの連邦機関。


そんな所がまさか技術の真髄どころか謎の新技術で作り上げたとなれば…──────これを奪い合う戦争が起こってもおかしくないっ!


「……んなまさかぁ」

と一瞬でそんな思考を払拭するが、箱を持つ手が不随意に震え出す。


「わからないよ?もしかしたら宇宙人の粘膜で出来てるのかも……えへへ…」

なんだかすっかりドスケべキャラが板に付いてきた彼女を尻目に、急ぎ行わなければならない事があるのに気づく。


「ほ!他にもね!…その、沢山ダメな事してて最近は欲なんかも抑えきれてなくて…これはその、氷山の一角と言いますか…例えば教室の…」


「白石っ今度っ!今度絶対に全部まとめて聞いてやる!そして約束しよう」

なんだかとてつもないカミングアウトを行おうとしてる彼女を他所に、桐箱を片手に受け取り、荷物を背負うと空いた手で彼女の手を握り、鍵を開け放つと廊下へ躍り出る。


キョトンと目を瞬かせる彼女は言いかけた言葉を飲み込み、ほんのりと頬を赤く染めながらも、何事かと気づく。


そして


「お前のドスケべの全てを肯定するとっ!」


そう彼女にしか聞こえないボリュームでもって耳打ちすると、ぶんぶんと上下に頭を振り握る手の力を強める


「だから今はそれを、長万部先生に渡しに行こう!」


「う…うんっ!」


茜色に染まりつつある空と、優しく照らされた廊下を校則を無視して連なって走る。

音のやたらと響くリノリウム製の床が二人の足音を揃えて反響させる。


なんだかノスタルジックでエモーショナルでこれぞ青春だなぁと思った矢先、こんな青春見た事も聞いた事もないな…と直ぐに我に帰った。


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