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7話「おしゃまんべ」

『その様な世迷言、まさか本気で言っている訳ではあるまいな?』


7月。

夏真っ盛りだっていうのに、こんなにも産毛が逆立ち、裏面に悪寒が走るのは一重に、目の前の彼女、生徒会顧問である長万部 雪苺先生の鋭い眼光に穿たれているからだろう。


一般的な教室の大きさと然程変わらない広さの生徒会室。

ミーティングテーブルを四つかち合わせロの字形を形成し、教室の大半を埋めている。

壁沿いには天井すれすれの高さの棚が端から端まで続いていて、中央には大きなホワイトボード。


申し訳ばかりの緑であるよく育ったサンセベリアが隅に二つ置いてあり、現在その半歩手前、日射しによってほんのりと、いや大分熱々になった寄木張りの床に膝を四角く折り座っている。正座である。


「先生!私は冗談など口にしません!正真正銘……」


『本気です!!』

最早、彼女の前で急拵えの策など無意味と悟り、一か八かの正面突破を熱い情熱でもってカバーしつつ、恐る恐る……試みる。


「一体どうしてしまったと言うんだ?生徒の規範となるハズのお前が、そんな下品で卑猥な事を言い出すなんて」

分かってはいたが怒りとも落胆とも或いは哀れみとも受け取れる言葉と視線の前に、当たって砕けたのは言うまでもない。


良くできた優秀な生徒。

を見る暖かなはずだった目は、宵闇よりも暗く虹彩の無い瞳で、まるで打ち捨てられた生ゴミを見るような蔑んだものへと次第に変わっていく。


「先生、僕。夢なんですよ『ノーパンしゃぶしゃぶ』」

けれども決してそんな氷の様な視線に負けたりはしない。

長年積もりに積もったこの情熱は最早氷でさえ溶かす勢いだ。

負けじと食い下がり、そのよく冷えた目を真っ直ぐに見つめながら、口火を切る。


「これは、遡ることかれこれ十年以上前のこと……」

この際思いの丈の一切を吐露して、感化され、情に絆されてはくれないかと一縷の望みにかけてみる。


「幼い頃父親の書斎で──────」


「──────いや、長い話を聞く時間は無い。それに、私が情に絆されるなどと思っている様だが、万に一つも有り得はしない。「無駄」な事はやめて今一度考え直すといい」

遮るように浴びせられた情けの無い現実と慈悲。

一身に浴びせられていた冷えた視線が外れた時、無理がたたりバクバクと早鐘を打つ心臓がようやっと平常運転を取り戻す。


最早万策尽きたかと項垂れていた所を、なにやらそわそわと、気が急いでいる様子の彼女が矢継ぎ早に口を切る。


「ところで、吹寄。伝えてあった物は用意出来ているか?」

何処か焦燥感の様な落ち着かない様子の彼女に、少々懐疑的な印象を受けるが、特になにをどうしようと言う事もない。

それに、彼女の言う例の物というのは、先程から生徒会総出で探し回っている落し物、0.00mmと書かれた桐の箱の事であり、現在それは……。


「なにやら田村が言うには危険物かもしれないと、もし生徒に何かあったなら、生徒指導の立場としては面目が立たないからな。渡して貰えるか?」


「先生、それが……」

差し出された手の平をまじまじと見詰め、一拍置いて簡潔に、陥っている事態について伝える。


「──────なくなった…だと?」

仰天、とまではいかないが、ぎょっとした様な表情で瞳を大きく開き繰り返し瞬かせ、差し出した手はピタリと固まっている。

やや腹の浮いた様な表情に移り変わったのち、逡巡の動揺と思案顔を繰り返し、ようやく呑み込めたのか、手のひらは力なく自然な位置へ戻って行く。


「今探していたんですが、どうにも影も形も無くて、すみません」

ミーティングテーブルの背面に位置する物入れ、と言うよりも物置きに、何度記憶を手繰っても、確かに置いたはずなのだ。

生徒会室へは鍵が無ければ当然入れない為、外部から来た何者かに盗まれたと言う事は、決して無い。──────ないはずなのだが…。


「わかった、私も辺りを探してみよう。もし見つけても決して開けたりしない様に。危険だからな。」

思い悩んだ様子を汲み取ったのか特に糾弾もなく引き下がる長万部先生。

やはり急いでいる様子で、それだけ言うと直ぐにその場を後にしようとする。


生徒会室を背面に捉え、廊下へと出る彼女と再度視線がかち合うと、彼女はやけに真剣な表情で瞼を伏せゆっくりと口を開く。


「吹寄。生徒の規範として、導く側の者として、高校最後の文化祭に相応しい出し物を考えておきなさい」

それだけ言い残すと、カツカツとペースの早い足音は直ぐに遠のいていき、数秒の後聞こえなくなった。


「先生。心配しなくても僕は…絶対に皆を導いて見せます」


「──────ノーパンしゃぶしゃぶの理想郷へ!!」


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