第38話「夢の途中」
「あ〜……白石、平八重。それから長万部先生と田村君も…お疲れ様」
「あんた……気持ちは痛いほど分かるけど…その辛気臭い顔で、高校生活最後の文化祭終える気?」
「仕方ないよね…あれだけ準備頑張ったんだもん、それに何年も思い続けて来たなら、尚更ね」
「吹寄…すまない、一介の教師である私にはどうにも…」
「吹寄君…大丈夫?」
午前の部を終えた文化祭。
今現在、僕はキッチンにて、自ら直したばかりのフードスライサーでひたすらに牛肉を薄くカットしている。
あれから、直ぐに再び踵を返し戻った体育館。
それと同時に、血相を変えて現れた長万部先生と田村君。
白石と平八重による猛抗議、もとい懇願により「通常」のしゃぶしゃぶ店ならば、そのまま継続しても良いとPTA会長である蕪木 敦子から辛くも許可を得た。
皆、暗い顔で自らの下着を「しぶしぶ」着用すると共に、士気はやはり大分下がってしまったものの、人一倍献身に務めていた僕の心中を察してか、切り替えたように再度オープン準備を始めた。
結果的に言えば、想定以上とは行かないが「ノーパンしゃぶしゃぶ」もとい「しゃぶしゃぶ」は、この猛暑の中にあってなお、絶大な人気を誇った。
事前知識で来店し、肩を落とすものも少なからず、いや大多数がそうであったが、そもそものコンセプトや外装から内装までの凝った作り、メニューの目新しさに、ピナフォア姿の女生徒という要素に、それだけで昼時には満席にまで埋まっていた。
僕はと言うと、半ば屍のようであって、けれども言い出しっぺの責務からは逃れられず、意識も視界もあやふやな中、何とか午前を乗り切って今に至る。
「吹寄会長、あんな様子ですが…凄かったんですよ?さしもの生徒会会長と言いますか、キャパオーバーなポジション全てにサポートに入って、吹寄会長のお陰で午前は無事に終わったと言っても過言じゃありません」
「ふ〜ん…やるじゃん吹寄」
「さすが…だねぇ弓月くん頑張った頑張った」
「吹寄会長、そろそろ休憩なさってください。怪我をしてからじゃそれこそ白石副会長達が繋いでくれたこの現状すら、危うくなります」
クラス委員長である女生徒に促されるまま、無理やりに付けた自らの予備電源のスイッチを切ると、僕は持ち場をふらふらと離れる。
「弓月くんお疲れ様。あとは私達が変わるからね」
「ちょっと休みなさい!吹寄あんた、凄い顔してるわよ」
「あぁ…そうだな。お言葉に甘えて、少し休憩するよ」
そんな皆の労いの声を受け、意気消沈、戦意喪失、満身創痍の半屍半人の喰種の様に思い身体を引き摺り、丁度よく空いた窓際端っこの席へと崩れ落ちるように座る。
白石は午前の部を自由時間とし午後からの参加。
平八重は自クラスの午前の部を担当し、午後は自由時間。
彼女のクラスの出し物である「箱の中身はなんだろな?」も又、シンプルでありながら、それ故に大盛況らしい。
「あぁ…僕の「野望」は、ついぞ叶わなかった…」
本当に辛い時、涙は出ないのだと、机に突っ伏している今、このとき初めて知った。
僕が人生を賭して培ってきた今までの全て、僕の存在そのものが全否定されたような、世界で僕だけが異物かのように除外された様な、そんな……そんな……。
「もう、何を糧に生きていけば……」
などと、強い希死念慮に苛まれていると、パタパタと小気味よい足音がすぐ近くまで近づいてくる。
「なーにいつまでも辛気臭い顔してんのよっ!」
「平八重…僕もう…ってお前、その格好!?」
「ふんっ!なんか文句ある?人手が足りないって言うから自由時間返上で手伝ってあげようってんじゃない」
「平八重…」
「はいはーいっ!お待たせしました〜っ!て言ってもしゃぶしゃぶは朝皆で食べたから、弓月くん専用の特別なプレート!作って持ってきたよっ」
「名付けて「生徒会の一存〜欲張りプレート〜」」
「白石…」
項垂れた僕の元へ、ピナフォアを纏った二人が盛り合わせ料理片手にやって来た。
平八重はバーガンディ色の艶やかなワンビースドレスにピナフォアを、白石は榛色のワンビースドレスにピナフォアと、実によく似合っている。
平八重はバイト時に着ている物だが、白石は自作である為殆どオーダーメイドの様な形。
両者ともに実に画になる。
これで「ノーパン」であったなら……と絵に描いた餅に思いを馳せるも、着飾った彼女達を前に既にしていくらか心が軽くなっている事に気づく。
「…ありがとう。二人とも。幾らか元気になって来たよ」
「ほんとかぁ〜?ほらっ食べて食べて」
「んっぐ?!」
口の中へ強引に詰め込まれるプチトマトのマリネ。
オリーブオイルとチーズの爽やかな香りが鼻を抜け、いつの間にか空になっていた胃袋を刺激する。
「あっわたしもわたしもっ!えいっ」
「もがっ!?」
トマトのマリネを飲み込む前に詰め込まれるデザートのしらたま杏仁。
甘すぎない程よい塩梅、蕩ける様な食感のそれが乾いた喉を潤す。
次いで矢継ぎ早に肉やらケーキやら、甘いしょっぱい甘いしょっぱいと交互に次から次へと強引に口内に詰め込まれ…
「ああもうっ!!いい加減にしろお前たち!!」
口から食道まで満員電車の様に詰め込まれ、溜め込まれた物を強引に飲み込むと、今日一大きな声で抗議する僕。
「ぷっ…あんた元気でたじゃん!」
そんな僕をポカーンと呆けた顔で数秒見つめてから、見慣れない可愛らしい姿の平八重が、朗らかな、それでいていたずらな、見慣れない表情で笑う。
「弓月くん、あとはゆっくり食べてね」
覗き込むようにして汚れた口元を優しく拭ってくれた白石が、包み込む様な微笑みを浮かべ、手に持ったフォークを持たせてくれる。
なんだかあやされている赤子の様で、嫌に恥ずかしい。
酷く情けない気分になる。
「……あぁもうっ!生徒会長である僕がこんなんじゃ、お前たちに合わせる顔が無いなっ!」
赤子を脱却すべくそういつもの調子を取り戻すと、残った皿もその全てを一気に平らげる。
「わかってんじゃん!だったらさっさといつもの吹寄変態弓月に戻りなさいよね」
「私たちの生徒会長は、弓月くんはこうじゃなくちゃね!」
「あぁ、今度こそ、本当に大丈夫だ。二人とも…本当にありがとう……本当にお前たちにはいつも助けられて……」
「…………って、あれはなんの冗談だ?」
思わずあれだけ失意に枯れていた涙がこぼれそうになると、慌てて強くかぶりを振る。
ふと目に入った目線の先、紺褐色のピナフォアドレスを纏った細身で長身の、それでいて学生たちよりいくらかガタイの良い、妙齢の女性が…小さな、まるで女の子の様な見た目の男子生徒の前で、付きっきりに接客をしている。
「長万部先生も手伝うって、サイズが無いって言ったんだけど無理やり。きっと田村君の為だろうけどね〜」
「でもよく似合ってるよね。田村くんってば幸せ者だねぇ」
「キャバクラじゃないんだから…風営法引っかかるぞ…あの人」
そんな小言を零しながらも、なんだか悪い気分では無い。
野望こそ叶わなかったが、皆一様にいい笑顔だ。
だったならもう、僕個人の夢や野望なんてものはどうだっていい。
皆が皆高校生活最後の文化祭、笑って記録より記憶に残る物になったのであれば、生徒会長冥利に尽きると言うものだ。
「さて、お前達はいつまで僕一人にかまけてる気だ?人手が足りないんだ、僕も自由時間を返上して……」
「せっ!生徒会長っ!」
「「!?」」
「停止したハズの送風機が誤作動で、お誂え向き、まるで舞台装置的に生徒会長達の席へ一陣の突風が──────!!」
「いぃっッ///!!?」
「きゃ!!」
ふわり……そこは花園か。
バーガンディ色とハシバミ色の薄布がブワッと音を立てて勢い良く舞い上がる。
ほんのりと、花や果実の様な甘い香りが鼻先を掠め、強い風を受け、伏した目を見開いた時、次いで目に入ったモノに、文字通り言葉を失った。
それは宍色に少しの濡れ羽色をアクセントにした二つの秘花、蓮華。
或いは……桃源郷か、もしくはそこに咲く隠花植物。
神々しく輝くソレに、眩しさを受けて尚、見開いた目を、乾いた瞳を潤す瞬きを忘れ、食い入るように見続ける。
時間にしたらわずか数秒足らず。
けれど、まるで時が止まったかの様な一時。
それは、目にした物は、紛れもなく。
ギムナジウム風の店内、しゃぶしゃぶこそ無いがピナフォアを纏ったうら若く艶めかしい女生徒達。
そして不随意にめくれ上がり、顕になった
──────『ノーパン』。
「なっ……ななななななっ!?おっお前たち…一体どうして…なんで!?」
「うってうるさいうるさいうるさいっ!!」
「周りにバレたらどうすんのっ…!?」
「それに、ここここれはっ///!白石せんぱいが吹寄の為だって言うから……しっ仕方なくてっ!!」
舞い上がったスカートの鼠径部に位置する辺りを強く抑え、またぐらにスカート部を挟むようにする平八重美里。
その顔は先程口にしたトマトなんかよりもずっと赤く染まっていて、彼女自慢の赤毛よりも更にずっと美しい。
「用意したは言いものの、どのタイミングで見せたら良いかなって…おもってたんだけどね、お誂え向きのハプニングが来ちゃったね…」
平八重と違い、さして慌てた様子の無い彼女はスカートのシワを悠然と伸ばしている。
けれど、平静を装ったその表情に、僅かに確かな紅がさしている事を、僕は見逃さなかった。
「羞恥に身悶える姿、朱色に染め上げた表情、そして不随意に訪れるノーパン……」
「これこそがっ!!僕が求めてやまなかった『ノーパンしゃぶしゃぶ』だっ!!」
「ちょっ!?声おっきいし!!」
「私たち以外の皆には内緒だから、その、静かに…ね?」
「おっお前たち…僕は、吹寄弓月は…お前達生徒会メンバーが……」
「心の底から──────大好きだ!」
慌てて送風機を片付ける生徒たちを他所に、声高々、胸の内、今一度改めて日頃の感謝を込めて伝える。
より一層と顔を染め上げ、ふるふると震えるばかりの平八重と、うっとりとした表情で頬を撫でる白石を順繰りに、交互に見つめ、やはり彼女達無くして生徒会は成り立たなかっただろうと、認識する。
どこか遠くの方で女の子の様な男子生徒の幼げな叫び声が聞こえた気がするが、今は些末な事。
言葉だけではこの気持ちは伝えきれない。
そう思い徐に俯いたままの平八重と驚いた様子の白石へと近づき、力強く抱きしめる。
「はにゃっ!?あっあんた、吹寄…なにして///?」
「弓月くん、こんな人前でなんて…本当に「理解者」なんだから…」
口々の言葉を右から左へ受け流し、抵抗する平八重の動きが大人しくなった頃、真っ直ぐに二人を見詰めて言葉にする。
「卒業までの残り、これからも二人ともずっと傍に居てくれ。僕はお前たちが居ないとダメなんだ。そして改めて…」
『僕は平八重美里と白石穂乃美が大好きだっ!!』




