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第37話「野望の終わり」

「予想外は、想定内(キリッ)。じゃなかったっけ?」


「これは、さしもの僕も「想定外」だよ……」


先程まで心地よかったハズの蒸し暑さが、ただただ不快な物に変わっている。


それはほんの数分前。

招かれざる客が訪れた事から始まった。



♢



『頼も──────っ!!!!』


『生徒会会長 吹寄 弓月!今すぐに私の前に出て来いっ!!』


既に開け放たれているドアをわざわざと音を立てて閉め、再度勢いよく開け放って侵入してきたのは、この学園の風紀委員会、その風紀委員長である明朗快活、男勝りな気質の持ち主。


──────蕪木 甜歌だった。


「…は?甜歌ちゃん?」

意外、ではない。彼女も一応の三年生であるし、当然として学年の出し物には参加するわけで、けれども今の今まで、準備段階に至っても姿を見せなかったのは風紀委員の仕事故、だと思っていたのだが。


「と、うしろの人、誰だろう?あれ…」


「蕪木先輩にどこか雰囲気が似てるわね…」

唐突な風紀委員の乱入に、狼狽え、警戒し、三人揃って眉を八の字にひそめる。


「甜歌ちゃん!居ないと思ったらまだ制服姿じゃないかっ!早く甜歌ちゃんも着替えて準備…」

事態の呑み込めぬ中、未だ制服姿の彼女へと、ピナフォア片手に歩み寄る。


「さっこれは甜歌ちゃんの衣装。裏で着替えて来るといいよ、あっ勿論その際にはノーパンで──────」


『吹寄!この催し物は、今このときを持ってして…──────即刻中止とさせてもらう!!』


「それに、今の狐に憑かれたお前に、「甜歌ちゃん」などと呼ばれる筋合いは──────ないっ!!」


「………………へ?」



♢



体育館内に響き渡るギリシャ神話のセイレーンやスラブ神話のシリリアンやアルコノストの様に甘く蕩けるような声音。


規律正しく切り揃えられた黒髪から覗く鋭い眼光。


シワひとつと無い仕立ての良いブレザーの制服、膝下までを包む濃紺のスカートを大きく揺らし、チラリと覗く厚手のタイツが、彼女のその隙の無さを伺わせる。


赤い腕章に黄文字で「風紀委員」の四文字。

視界に彼女とその腕章を交互に映すと、カヒュッと嫌な予感に息が詰まり、冷や汗が頬を伝う。


それは何も、彼女の容姿の問題だけじゃない。

今しがた彼女の口にした「中止」二文字が、僕を、僕の身体を、不随意にそうさせているのだ。


「なっ…!?甜歌ちゃん何言って…もう間もなくオープンだぞ!?」


「知らぬっ存ぜぬっ!言語道断!」


「品性下劣なこの様な催しが、神聖な学び舎で許される訳ないだろうっ!!」


「ぐっ……!?」

有無を言わさぬ鬼気迫る勢いの彼女。

取り付く島など到底見当たらない。

さて、どうしたものか……と熟考するも、既にこの学園の最高責任者であり白石穂乃美の祖父にあたる理事長に正式に許可を得ている事を思い出す。


「ちょっと待ちなさいよっ!中止って…私たち理事長から許可されてるんだけど!?」

語気も主語も強い甜歌ちゃんの気迫に押され、モゴモゴと狼狽えている僕の隣、怒りを顕にした平八重が加勢と牽制とばかりに僕の言わんとしたかった事を代弁すると共に並び立つ。


「ふん、だからなんだ?それにお前、下級生だろう。先輩への言葉使いはそれでいいのか?」


「なっ!?こいつ…」

尚もその余裕綽々な態度を一切崩さない彼女に、取り戻しかけた平静は、今一度消え去る。


「待って美里ちゃん!!」

今にも掴みかかりそう、いや自慢の八重歯で首元にでも噛みつきそうな平八重を制止する様に現れた白石。


「おじい様は、おじい様は何て言ってるの?」

平八重と僕の前、最後の砦とばかりに唯一のカードをきる彼女。


「よくぞ聞いてくれた!先程理事長は…」


「それについては、私から話しましょうか」

突如、蕪木甜歌の背後に立っていた人物がズイッと前に出てくる。


妙齢の女性。

切り揃えられた肩口までの黒髪。

キリッと整った眉に鋭い眼光、それでいて甘く蕩ける様な美しくよく通る透き通った声音。

……まさか。


「PTA会長の蕪木 敦子と申します」


「この不肖の愛娘、風紀委員長である蕪木甜歌の母です」


「PTA会長…!?それに甜歌ちゃんのお母さん!?」

PTA会長、それから甜歌ちゃんの母親。

嫌なパズルが揃い初めてしまったと、柄にもなく怯える。

こんな時、長万部先生がいたら……と居心地の悪いこの場を早急に終わらせる理想のシミュレーションを頭の中で行うも、現実逃避に過ぎないと即座に切り替える。


「甜歌ちゃんのお母さん、PTA会長が何用ですか?」

それでも尚、不安を払拭する様に、恐怖を悟られぬ様に虚勢を貼りながら、一歩前に出て切り出す。


「この出し物は、正式に理事長に許可を取っていますが…」


「理事長とは既に話がついています。即刻中止で構わないと。そう本人の口から言質を取ってます。録音もしてますが…聴きますか?」

冷えきった声で言い放ち、僕らをぐるり一度見回した後、見下ろすようにして改めてこちら見据えると、録音機器を持った片手をこちらへ見せつけるように掲げ、どこまでも見透かした様な冷徹な表情を張り付けたまま淡々と話す。

「何か、これ以上の問答が必要ですか?異論がないのであれば、即刻全員解散なさい」

彼女は、まるで雪原の狼だ。

それも慈悲など一切介在しない残酷なまでにリアルな。


という事は今現在、怯え固まったままの僕らはまさにヒエラルキーで言うところの最下層、捕食者に蹂躙されるだけの非捕食者であり格好の獲物なのだ。


「なっ!?言質って、ここまで準備して…今からまさにオープンだって言うのに…!」

呼吸の仕方を忘れ、掠れ絞れた声しか出ないものの、かろうじてしどろもどろに紡いだ言葉は、なんの説得力も無い、生徒会長である僕らしくもない……ただの追いすがる様な懇願だった。


「まっ…待って弓月くん!おじい様に、おじい様に今電話してみるからっ…!」

怯え固まる女子生徒達と、キッチンの男子生徒達までもがなんだなんだ?と集まり始める。

それでも尚強く食い下がる僕の前に、立ちはだかる様に現れ携帯を震えながら操作する白石。


「あ……おじい様。今PTA会長さんがいらしてまして……えぇ、はい……そうですか…わかりました」

終始歯切れの悪い彼女に居ても立っても居られず、彼女に耳元に近づき聞き耳を立てるも、上手く聴き取れない。


「理事長は…おじい様はなんて…!?」

期待半分、不安半分。いや正直なところ不安が八割方を占めている。

先程の蕪木母の言葉が嘘であるとは到底思えないからだ。

である事から、半ば神にも祈る様な気持ちで問いかけるも


「「PTA会長は……無理」とだけ……」

帰ってきた返答は至極シンプルなモノだった。

予想はしていたが想像したくない未来を受け入れるには充分過ぎる一言に僕は……


「……うそ…だろ!?」

視界が、目の前が、瞬間真っ暗になった。

色鮮やかに飾られた店内はモノクロに、士気に満ち、活気に満ちていた店内もどよめきすらも無い静寂に包まれ、思考はどうにも…現実へと追いつかない。


「そういう訳だ吹寄。即刻こんな珍妙にして滑稽な催しは中止して、今からでも…」


「あっ!吹寄!どこに行くっ……!?」

彼女の言葉を聞き終える前に、僕は視界も覚束無いまま、体育館外へと走り出していた。


「くそッ……くそくそくそッ……!!」

何か、何か打開策はないか!?

こんな突飛な状況…今からでも入れる保険は……!?

僕が僕という人生の主人公であるならば、越えられない試練は存在しない…と今日この日まで生きてきた。

ならば、ここから舞台装置的に誰かが助けに来たり、狂言回しを担う人物が現れて、手練手管事を上手く運んだり……事ここに至って僕は、そんな他力本願に思いを馳せている。




当然──────そんなモノあるはずも無く、宛もなく走り出したグラウンドの中央、勢いのまま飛び出した先で得たものと言えば、早鐘を打ち痛む心臓と涙すら出ない現実。


そして、まるで最初からそこには何もなかったかのようにぽっかりと空いた胸の中、深い虚無だけを抱え一人…膝から、力無く崩れ落ちた。




♢


同時刻、生徒会長 吹寄弓月がグラウンドで砂を噛み締めている最中、体育館前渡り廊下にて。


「甜歌?あの子はやめておきなさい。あなたにはもっと相応しい相手が居るはずよ。あなたの父上だってこんな下劣極まりない物を嬉々として先導する人間…」


「母上…ですが私はそれでも…!生徒会長 吹寄弓月の事を…心の底から…」


「心の底から、慕っているのです……!!」


切り揃えられた校則遵守な黒髪。

隙の一切無い膝下までを包む濃紺のスカート。

チラリと覗く厚手のタイツ

シワひとつと無い制服の裾と、折り目一つ無いそのスカート生地を力いっぱいに握りしめて、眼光鋭いと称される瞳を、押し寄せる何かを我慢する様に頻りに瞬かせては、不随意に溢れ出た大粒の涙を勢いよく袖口で拭い去り、グラウンドを眺めながら母である蕪木敦子へと言い放つ。


暫しそうして並び立つ人物と共にグラウンドを見詰めていると、やがてグラウンドに蹲る一人の男子生徒は、フラフラと覚束無い足取りではあるが自らの力だけで立ち上がった。


「そうだ、お前はそうでなくちゃならない」

などと、決して口にこそ出さないが心の中、誰に話す訳でもなく一人の男子生徒を見つめながら唱える。


「吹寄弓月……お前は私の理想であり憧れなのだ。だからこそ、私の好きなお前に戻ってはくれないだろうか」


「そしてその時には、もう先送りになんてしない。すぐにでもお前を私のモノに……」


これは誰に話す訳でもない、心の中の独り言。

正体不明の胸の痛みを両手をあてがって、握り締める。

尚もそれを上回る彼への恋慕の念が、痛みなど存在しないとばかりに身を包むと、自然と胸元に当てた手が緩む。


「きっと、私は嫌われ者になるだろう。けれど、また一から関係を築いて行けばいい」


「だって私たちは、私と吹寄弓月は……そうやって出会ったのだから」




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