第36話「文化祭」
迎えた当日は雲ひとつない快晴、とは程遠い一面真っ白な超──────曇り。
季節由来の気圧配置の影響か、むしむしとした蒸し暑さと風の無いどんよりとした空気。
それでも、僕の、僕たちの表情には生憎の空模様の様な曇りは一切無い。
珍しく三人揃って示し合わせ、駅のホームで待ち合わせ、駅から徒歩八分程の距離、当学園の生徒以外にも保護者や他校の友人、地元住民や卒業生やらと、やたらと往来の激しい川沿いの並木道を歩く。
三年目、三回目となる文化祭。
なのだが、やはり「新鮮さ」という意味ではどうにも慣れそうにない。
遠目からでもわかるカラフルなバルーンアーチ。
専用の型に、バルーンを巻き付けただけのシンプルな物でありながら、趣向を凝らし、余程器用な人物が作成したのか、犬や猫などの動物だけでなくアニメキャラクターなんかのバルーンアートが散見される。
やたらとPOPなアーチ状の門を三人連なってくぐれば中庭、大きなソメイヨシノをグルっと取り囲むようにして配置された太鼓に、揃って興味を惹かれる。
ドンドコ──────ドンドコッ!!
と、大太鼓の低音と締太鼓の高音が合わさり、既にして浮き足立った気分を更に高めてくれる。
それは両隣に立つ彼女達、平八重と白石も同様な様でワクワクを噛み締めた様な、無邪気な表情を浮かべてはキラキラとした目で辺りを頻りに首を動かしては見回している。
既に生徒会業務に際して一通り見て回ってはいたのだが、やはり本番ともなれば見え方も変わってくる。
準備段階では見られなかった飾りや、それこそ太鼓なんかも昨日までは無かったのだ。
それは、今文化祭。
僕の…いや今や僕だけではない皆の悲願でもある『ノーパンしゃぶしゃぶ』においても同じことが言える。
「おいおいっ…ここは、天国なのか?!」
「わっ…うっそ」
「わぁ…壮観だねぇ!」
昨日までは「仮」の形であった為に用意の無かった縦型木製のメニュー表、アンティーク調で揃えられたズラリと並べられたカップ&ソーサーはやたらと高い棚に、まるで美術品の様に整然と並べられ、漆喰壁をベースにダークウッドをアクセントにした内装は平八重美里、彼女の働く『愛玩生徒♡ギムナジウム』の拡張版という所か。
あちらこちらと、やはり本物とは「チープさ」という面において劣りはするが、パッと見では全く遜色無い。
まさに希望、想像通りの仕上がり、いや想像以上だ。
そして、鏡張りの床!
壁に貼るタイプの安価な物であるため、若干曇りはあるものの、凡そ想像通りの仕上がり。
揺れ動くスカートを気にする女生徒が、鏡張りの床を失念していたのか、慌てて身を翻し、耳先までを朱色に染める。
体育館下部の窓から差し込まれた送風機も問題無さそうだ。
それでも特段目を引くのはやはり、開け放たれたハンガードア、三年四クラスの女子全員が纏ったふりふりとした可愛らしいこだわりの衣装。
──────「ピナフォア」だ。
「あっ生徒会の人達来たよっ!」
入口前、呆然としばし佇み感動に身を震わせていた僕らの前、散り散りに準備に勤しんでいたピナフォア姿の女生徒達が、一人の女生徒の声掛けをきっかけに、一列に、並ぶ。
「みんなっ準備はいーい?」
その女生徒の問い掛けに「おー!!」と異口同音、皆が口を揃えて体育館を大きく揺らした後、三者三葉、緊張の面持ちの生徒、浮かれ浮き足立つ生徒、落ち着かない生徒、照れを隠しきれない生徒が一様に息を大きく吸い込む。
「──────せーのっ!!」
『いらっしゃいませっ!ようこそっ─────』
『ノーパンしゃぶしゃぶへ!』
♢
「今現在、彼女達は皆、既にノーパンであるっ!!」
「…………きも」
水を得た魚のような僕と、いつにも増して辛口な平八重。
「弓月くん!キッチン担当の男子生徒達もみんなノーパンになってるらしいよっ!」
そこへ僕の指示の元、キッチンの確認に行かせていた白石が駆け足で戻って来る。
「なんでも「俺たちも産まれたままの姿で盛り上げようぜっ!」って!」
「黙れ…すぐに履かせてこい」
嬉々とした面持ちで報告した白石に、簡潔かつ明確な指示を飛ばす。
ほんのりとしょんもりした顔を浮かべるも「一応飲食店だからねっ!」と自己解決、得心した様にまた来た道を戻っていく。
飲食店云々を言い出したなら、キッチンに限らず全員ノーパンはダメだろうに…などと思考するも、事ここに至れば瑣末な事、すぐに右から左へと流す。
「にしても、衣装間に合ってほんとよかったぁ〜…」
急を要するパンツ着用指示を小走りで男子生徒に白石が伝えに行っている間に、案内された一席に平八重と共に腰掛ける。
「平八重のお陰だよ、本当、皆よく似合ってる」
「クラスごとに色合いを変えたのは良い采配ね」
まじまじとそこかしこで忙しなく、ふわふわとしたスカートを揺らす開店準備をする女生徒を見ながら、感慨深く平八重と歓談を交わす。
やがて白石も戻って来ると、平八重の隣へと腰掛ける。
木製の長机と一体型のベンチ。
アイアンの脚がついたアンティーク調の学習机。
その上には木製大型の立型メニュー表とアンティークの調度品が飾られている。
一見フレンチやイタリアンのコースが提供されそうな見た目、環境ではあるが店のメニューは全て数種類のしゃぶしゃぶコースになっている。
値段は千九百八十円〜五千九百八十円と肉の種類やサイドにドリンク、デザートの種類なんかで大きく変わる。
「こちら、本日のおすすめメニュー」
「背徳増し増しっ!?〜特選牛のブイヨン・ポシェ〜。になりますっ」
「お試しで何か出してくれるって、おすすめ頼んでおいたの!」
白石が男子生徒達への指示に際し、気を利かせて注文してくれた看板メニュー。
黒毛和牛を用いた最も高価なコースが次々と卓に並べられ提供される。
三つの出汁を楽しめる構造の鍋がIHにセットされると、ふんわりと空腹と幸福を助長する香りで店内が包まれる。
取り分け豆乳ベースの出汁が、濃厚な香りで鼻腔を強く刺激する。
「ポシェ(Pocher)」はフランス語で「沸騰直前の湯で優しく火を通す」という調理法。
まさにしゃぶしゃぶといっていいだろう。
透けるほど薄く、けれども丁度いい塩梅にカットされた牛肉をサッと出汁へ数秒潜らせ、何も付けずそのまま一口。
「これは……優勝だ!」
勿論勝ち負けがある訳ではなくないのだが、優勝という言葉が、不意にこぼれでる。
「うっ…うっまぁ。口の中でとろけると言うか、肉がまるで飲み物みたい…!」
箸を持つ手と逆の手を頬に当て、目を瞑って至極の表情を浮かべる平八重。
「柔らかくて美味しいねぇ〜専門店レベルだよ」
野菜から手を付けていた彼女も肉を一口食べると口元をお上品に抑えながら、目を大きく見開いて感動している。
口々に感想を述べた後、一人三枚積まれた肉の皿はものの五分で取り合うように無くなった。
しゃぶしゃぶ同様に、ネーミングから既に気を引く趣向を凝らしたドリンクやデザートまでをあっという間に平らげ満足していると、手際の良い事この上ない所作で卓上はサッと片付けられ、一枚の紙を手渡される。
「やっぱり、これが無くちゃ締まらないからな!」
そう言って手元のコピー用紙をカットしただけの手描き「引換券」を手近な女生徒に手渡す。
「はーいっ!ご利用ありがとうございます!」
「「チェキ」撮影、あちらの壇上で行いまーすっ!」
案内されるがまま席を立つ。
これだよこれ!と悠然と歩幅大きく歩く僕の後ろを何がなにやらと訝しげに着いてくる平八重と白石。
「いつの間にチェキなんて用意したのよ」なんて小言と「思い出に残るね!」なんて嬉々とした声が聞こえてくる。
三段ばかりの階段を登った先、コルクボードやレトロなグリーンのフェルトを用いた掲示板に「お茶目な校則」や「可愛らしい動物のイラスト」が描かれた背景をバックに、数人の女生徒が取り囲む様にして立つ。
壇上の前にインスタントカメラを持った女生徒が膝立ちの形で、画角を調整している。
やがて準備が出来たのか、三本立てられた指を折り曲げるようにしてカウントを始める。
「 じゃっ!いっきまーすっ!。アインス、ツヴァイ……」
「えっ!なになに!?」
「はいチーズ…の代わりかなぁ?」
「ほらっ!来るぞ、目を瞑るなよ」
初見のカウントに動揺する平八重と白石を他所に、顎を引き、真っ直ぐに笑顔でカメラレンズを見つめる。
「みんな一緒に〜───!!」
『──────ギムナジウム!』 (パシャッ)
眩しいフラッシュが炊かれ、直ぐにウィーンと静かな駆動音。
インスタントカメラ特有のほんのりと焦げ臭い匂い。
手渡されたほんのりと温かい一枚を、両手で挟み込む様に温めると段々と浮かび上がる写真。
「げっ!?わたし…間抜けな顔してる…」
「そんな事ないよ〜むくれた子供みたいで可愛いよ?」
「最後が「ムッ」で終わるからな。口元がキスの様な形になる様にしてるんだよ」
「え、きも」
「そんな策、意図があったんだ…凄い、と言うか怖いと言うか…」
自慢げに腰を逸らしてその策略を披露したわけだが、思っていたのとは大分違う反応に、思わずのアンニュイ顔をしてしまう。
「撮り直しする程カメラの余裕が無いから、写真写り気にする人ように頑張って考えたのに…」
「その熱意たるや…ってやつだね」
「善意に見え隠れする劣情が既にしてきもいっ!」
などと辛辣な言葉を浴びせられるも、今日の僕はそんな事で一喜一憂しない…ようにしている!
なんせ今日は夢にまで見た『野望』実現の日なのだから!。
「さて、オープンまでもう間もない。早めに生徒会の仕事を片付けて、僕もこっちに本腰を…」
「かっ、──────会長!!」
「…!?」
「大変です!お肉をカットする機械がなにやら珍妙な音を立てて動かなくなっちゃいましたっ!!」
オープン直前の死活問題。
大粒の冷や汗を浮かべるキッチン担当の男子生徒の肩にポンッと優しく手を置き、その不安を、払拭するように、皆を導く生徒会長として言い放つ。
「なに、心配するな!予想外は想定内、アクシデントは問題に在らず!これもまた一つ文化祭の醍醐味だろう!」
「僕に任せておけ!」
「さ…さすが生徒会長…!!」
とまるで茶番でも見るような赤毛の少女と大きな双丘の持ち主を残し、わざとらしく肩を回し、キッチンへと歩き出す。




