第35話「野望の始まり」
明日はいよいよ夢にまで見た『ノーパンしゃぶしゃぶ』実現の日。
──────三年間に及ぶ高校生活最後の文化祭。
一頻りの授業を終えた放課後、一人、見回す様にして校内を練り歩く。
私立辻占学園高等学校。
正門前、重厚な門扉を超えて、片道一方通行の道路を挟んだ並木通りの川沿いにあるボラードに浅く腰掛ける。
と、正面アプローチから見上げた学園の校舎は、まるで未来の美術館か、あるいは最先端のインターナショナルスクールを思わせる佇まい。
直線を基調としながらも、角はすべて緩やかなアールで面取りされており、圧迫感を全く感じさせない。
外壁を覆うのは、陽光を鈍く跳ね返すチタンホワイトの断熱パネル。
その隙間を埋めるように、何枚もの巨大な強化ガラスが嵌め込まれ、青い空とちぎれ雲を移ろう絵画や鏡のように美しく映し出している。
一階部分は贅沢なピロティ構造になっており、その奥にある中庭の浮き島と茂った緑。
それらを取り囲むようにした円盤状の噴水が現在地からでもしっかりと目視できる。
校舎を透過して見える構造は、ややプライベート度外視な部分はあるものの、二階、三階渡り廊下などに点々と存在する三席余りの窓際学習スペースは実に開放感ある物であり、陽射しが射し込むと中々に居心地が良い。
入学してからと言うもの、密かにお気に入りの場所の一つでもある。
そんな普段の荘厳な姿に、更にサンリオとコラボしたかの様なメルヘンを付け足した様相の校舎をまじまじと感慨深くたっぷり五分程眺めた後、校内へと早足で戻る。
♢
今日も今日とて慣れ親しんだ生徒会室へと向かってみれば、平八重美里の姿はなく白石穂乃美と長万部先生、二人の姿があった。
平八重はなにやら自クラスの出し物の準備が追いついていないとの事で止む無く欠席との事。
そういう訳で三人連なって生徒会室を早々に抜けだすと、校内を周り、会場設営や全体のリハーサル、各クラス・団体の準備状況の最終確認など、取りこぼしのない様細心の注意を払いながらあれやこれやとチェックを付けながら片付けていく。
リハーサルや進捗確認に伴い校内を端から端まで見て回れば、まさにお祭り騒ぎといった印象。
下校時間を過ぎても生徒の殆どが校内に居残り、和気あいあい、楽しそうに引き続きの作業をしている。
見回した校内は、廊下や渡り廊下、トイレや階段に至るまで、既にあちらこちらと飾り付けで所狭しとカラフルに彩られている。
外から見た校舎もそうであったが、生徒会室までの道中も、アーチ型のバルーンアートが所々にあり、星やハート型のバルーンが天井から山程吊るされている。
壁という壁には造花や発泡スチロールで作ったファンシーなキャラクターなんかが貼られ、窓にはぷよぷよとした大小様々な3D立体シールが貼られている。
全体的にポップな印象を強く受ける方向性のデザインだ。
覗き見る教室の黒板にはクラスごとに違ったデザインの美麗なチョークアートが並び、その出来に思わず感嘆の息が洩れる。
それから向かった先、各クラス、設備の確認に伴う出し物の最終確認。
一年生の各クラスの出し物は定番のたこ焼きや焼き鳥にかき氷、カレーなんてのもある。
二年生は地域の歴史写真館や地域マップの展示、休憩所に、お化け屋敷や迷路等といったこれまた定番の物。
そして三年生はと言うと──────
第一グラウンドに併設されたテニスコート横に位置する大きなドーム状の体育館…とはとても思えない、荘厳な仕上がりの外飾り。
発泡スチロールにブラウンのレンガシートを貼った重厚な門構え。
その傍らには3mほどの高さに掲げられた大きな旗。
そしてその旗には架空の紋章、菱形を半分に切った形の物を二本の箸で鍋に潜らせたようなマークがデザインされている。
そして入口には大きな看板。
マホガニーの木目調シートを貼ったダンボールに、白枠、アンティークゴールドの文字で店名が書いてある。
僕が悩みに悩み、決めかねていた店名。
『Genuss der Vorstellung』
ドイツ語で「想像の愉しみ」や「観劇・鑑賞の喜び」を意味する言葉。
まさに、僕の意図する所のコンセプトにピッタリ、おあつらえ向きな名前だ。
「想像通り、いやっ!想像以上の仕上がりだっ!」
「本当だねぇ〜…!!美里ちゃんのバイト先のお店そっくり!もしかしたらそれ以上かもっ…」
「凄い出来だろ!あの看板は私が一から作ったんだ」
口々に感想を述べた時、最後に聞こえた声の方向、斜め前を見やれば、腰に手を当て自信満々に身を反らせる長万部先生。
彼女の見上げた先に位置する木製、ではなく厚ダンボール製の一際出来の良い看板。
「これを長万部先生が?」
「ああ!何かお前達の役に立ってやりたくてな!昨晩は寝ずに仕上げた!」
自慢げに、けれど多少のむず痒さを感じさせる微妙な表情で、頬を指先でぽりぽりとかく長万部先生。
「あっありがとうございます!あなたは本当に良い教師だ!」
いつになく優しい長万部先生、と言っても普段から気の利く出来た教師ではあるのだが、それを差し引いてもやはりこれだけの物を作ってくれた事には感謝以外の何もない。
──────これでショタコンじゃなければ…。
「何か言ったか…?」
「いえ、何も言ってません!!」
特に口に出したつもりはなかったのだが、不随意にこぼれ落ちでもしたのか、或いは彼女には心を見透かす特殊な能力でもあるのか、鋭く尖った眼で捉えられてはさしもの僕もたまらない。
などと他愛も所在もないやり取りを幾つか啄みながら、けれども確実に隅々までをチェックしていく。
本当は当日の楽しみにしておきたかった内装も、一応の仕事であるため、なるべくまじまじとは見ないように、けれども要点だけは確実にチェックし、終えると早々に、足早にその場を後にする。
「私は職員室に戻って見つかった問題点などをまとめるから、あとは二人に頼んだ」と言い残して去って行く長万部先生の後ろ姿に二人並んで大きく手を振り、やがて見えなくなった頃に、白石と連なって次なるチェック場所へと向かう。
「二年生「箱の中身はなんだろな?」…平八重のクラスか」
「準備間に合ってないって言ってたけど、大丈夫かな?」
「まぁ大丈夫だろ。いざとなったら僕たちも助力してやればいいさ」
そう言って現在地のグラウンド脇から直近のA棟校舎へと戻り、二階まで上がった先、シースルーのちょっぴりヒヤッとする渡り廊下を渡ったB棟。
「──────げぇっ」
「来やがったな吹寄変態弓月」
♢
曲線の窓辺学習スペースからすぐ近く、折り返しとなる位置にある二年生の表記の看板の見える教室からは、この学校で唯一、僕への悪態をつく女子生徒、平八重美里が不機嫌そうに──いや、あの顔は嬉しさを不機嫌でカモフラージュした照れ隠しの顔だ──顔を出した。
「準備は終わりそうか?平八重」
「なんとかね、ウチのクラスって団結力無いのよ…サボる奴が多くて、水面下で滞ってた作業があったみたい」
首をクイッと中へと僕らを促しながら、そんな自クラスの愚痴を溢す彼女。
その不安の残る言葉とは裏腹に、急遽参画したであろう彼女の尽力故か、促されるまま進み行った内装はそれなりにしっかりと、備品までも完成されていた。
「綺麗に作ってあるじゃないか、これで完成…準備OKって事でいいか?」
「うん。あとはそうね…壁一面に取り囲む様にダッシーくんのぬいぐるみを並べて、出し物用のダンボール箱にイラストを描いたら終わりかな」
私利私欲、とまではいかなくてもファーストタッチの肌感、このクラスの出し物こそ皆で決めたのであろうが、そのデザインの随所には平八重美里、彼女の愛してやまないキャラクター「ファンシーダッシーくん」が所々に見られる。
だからこそ、滞った準備は何としても自分で、なんて意味合いもあり、生徒会の仕事を差し置いてでも急遽手伝いに来たのだろう。
「箱の中身はなんだろな?」
おおよそ名前の通り、見えない箱の中に手を入れて、触感だけで中身を当てるバラエティ番組やレクリエーションの定番といえるゲーム。
あちこちに置かれた生の野菜や、水風船。
水の張った桶に入れられた気持ちの悪いこれは…こんにゃくだろうか。
既に仲間内で持ち寄った物で試遊した後があちこちで散見される。
「ねっちょっと借りてもいい?」と興味深く辺りを見て回っている僕の後方から白石の声。
なにやら一際大きな箱を持ちこちらへと小走りに歩み寄る。
「箱の中身はなんだろなっ!」
「…は?」
「はっ…///箱の中身はっ!なんだろなっ!」
「当ててみて弓月くん!」
「僕はこういうの抵抗あるタイプなんだよなぁ」
とは言いつつも、恐怖心より好奇心が若干に勝り、両手をサイドに空いた黒いゴム製の穴から一思いに突っ込んでみる。
──────ガサゴソ、ガサゴソ
手首の先まで入った手を頻りに、対象物を探すように動かすも、下には何も無い。上にも同様何も無い。
やや奥まった構造の縦長の箱、その最奥、白石穂乃美の胸の高さに掲げ持たれた箱の彼女側へと手を目一杯伸ばしてみる。
──────ふにょんっ
ん?これは…手に吸い付くようなしっとり感。
底なしに柔らかくて、けれど押し返す弾力性も併せ持つ…ほんのりと熱を帯びた何かに手が触れた。
固い何か生地の様な物と、更にナイロンの様な滑らかな手触りもある…。
──────むむむ?
まさか生き物なんて入れるはずも無い。
当日ならまだしも、生き物の体力面を考えれば、必然的に選択肢から除外される。
けれどどうにも、今まで生きてきた経験の中で、この要素を併せ持った物を僕は知らない。
「肉まん…?もしくは包装された肉まん型のスクイーズとか、とにかく弾力が凄かった、それにほんのりと温かったから、先ず間違いないと思うんだが…」
「んっ…えっとね、正解は」
ゴクリッ、なんだか思った以上にワクワクとする出し物。
期待と不安で思わず生唾を音を立てて呑み込む。
手に触れる物への不安、当てられるかどうかの期待、シンプルながら実によく出来たゲーム性。
そんな事を考えながら、やたらと勿体付ける彼女のその悪戯な微笑に思わずツーっと一筋の冷や汗が頬を伝う……。
「正解は……──────」
「──────内緒っ!」
「…は」
「はぁっ!?」
取り付く島もなく慌ただしく、かつ見た事もないほどに素早く片付ける白石。
程なくして元の持ち主へと箱を返したかと思えば、呆気に取られ、まさかのお預け状態。
箱の持ち主へと駆け寄り、すぐに中を覗くも既に中は空。
ともすれば答えは「CO2」という意地悪問題だったのでは…などと無理やり自分を納得させ…る事など到底出来ず悶々とする気持ちを抱くばかりだった。
やはり何度問い質しても彼女からの返答は「内緒」の二文字のみ。
手に残った感触と、生きてきた十七年の記憶を辿るもどうにも見当もつかない。
何となく、手先に残った温もりとその匂いを唯一の手がかりとして嗅ごうと鼻先へ近づけた、その時。
「ゆっ!?弓月くん!!」
「に……匂いは、ちょっと嫌かも…!!」
と強引に彼女に両手首を掴まれた為、最後の手がかりも得られぬまま、答えは迷宮入り。
いずれ、忘れた頃に聞いたなら教えてくれるかなぁなどと諦めるも、悶々とした心と、手先に残ったやけにあと引く感覚だけは、やはりどうにも引きそうになかった。




