第34話「始業式」
良く晴れ、青々とした雲ひとつと無い空。
渡り廊下、陽光を遮るように取り付けられた折板屋根の下を通り、体育館へと続くその道を悠然と歩く。
道中、中央に巨大なソメイヨシノが雄々しく緑を茂らせ、周りを取り囲む様に噴水のある中庭へと不意に視線を向けてみれば、他愛のない歓談を交わし、ハンディファンなんぞを首筋にあてがう女生徒達。
その一人に遠目で視認される。
目が合ったと同時、息を止めた様な表情の一人の女生徒に指をさされたと更に同時。
黄色く甲高い声が鳴り響くと、それは周りに伝染し、更に大きく響き渡る。
こぼれ落ちたように苦笑し、やれやれと手を数回振ると、更に飛び交う熱い視線と憧憬の念。
────僕がこうする事で、喜ばなかった者は居なかった。
何を隠そう、僕、吹寄弓月はモテてモテて仕方ないのだ。
などと客観的事実を再確認している間に、騒ぎを聞き付けた中庭正面に位置するラウンジ利用の生徒達までもが次々と集まって来ると、黄色い声は段々と猛々しい物へと変わっていき、やがてどどめ色に…。
これにはさしもの僕も自嘲的な笑いを浮かべる。
一瞥の後、騒ぎがこれ以上大きくならないようにと早急にその場を後にする。
慣れ親しんだコンクリート作りのゴツゴツとした廊下を早歩きで進み、そのまま体育館へ。
既に体育館には一年生から二年生、三年生と全校生徒が集まっている。
今日は──────二学期の始業式。
到着と同時にそのまま真っ直ぐに壇上に向かい、三段程の階段を持ち前の若さでサッと登ると中央に位置する演台へと。
慌てた様子で中庭に集まっていた先程の生徒たちも皆、なだれ込むようにしてやってくる。
時間ギリギリ直ぐに自席に着くと、今度は騒ぐこと無く、けれど期待に満ち満ちた表情で傾聴に徹している。
「なんなのさっきの騒ぎ…?」
赤毛の良く似合う女生徒が、怪訝そうに言う
「ライブ会場みたいな感じだったね〜」
大きな双丘の持ち主が、微笑みながら言う
「なに、いつもの事じゃないか」
生徒会長である僕、吹寄弓月が簡潔にまとめる。
両脇に位置するは生徒会副会長である白石穂乃美と、会計兼書記である平八重美里。
左隣に位置する平八重から渡された資料を手に、右側に位置する白石から簡潔な引き継ぎ報告を耳打ちで聞き、自分にしか聞こえない音量で、思考のクッション変わり、切り替えるようにわざとらしく喉を鳴らす。
準備万端、そう心の中で一度呟き、顔を真っ直ぐに数百人の生徒達へと向ける。
熱く眩しい高天井用LED照明を受け、目線を微調整。
更に演台上のマイクをジャストな位置へと調整し、「あーあー…テステス…」と演技がましいテストなんぞをしてみた後、大きく息を吸い込んで、口を開く。
「おはよう諸君。夏の熱さに中てられてはいないだろうか?新学期を迎える準備は出来ているだろうか?」
「いよいよと差し迫った文化祭。夏休みの内に準備をしていた者も多いだろう」
「学習成果の発表、人間関係の形成、自主性並びに協調性の育成、社交性に公共性…と様々なコンセプトの出し物がある事だと思う」
「そして、僕達三年生はそれらを一つに集約した出し物『ノーパンしゃぶしゃぶ』を行う!!」
「皆─────楽しむ準備は出来ているだろうか!!」
♢
「嘘八百二枚舌野郎」
「なっ…なんだって?」
新学期始まってみても、相も変わらず生徒会へと集まってみれば、開幕早々に心無い言葉を吐く平八重美里。
雄々しく伸びたサンセベリアの横、神聖なる生徒会室、その備品。
ホワイトボードに落書きなんぞしやがりながら、平常運転の様子の彼女。
僕はと言えば、ロングデスクの前、白石穂乃美と珍しく肩を並べて座っては、何やら今日の会議を取り仕切るつもりの平八重美里の話を傾聴する為に、両の手を膝上に置き、背筋正しく彼女の顔を注視している。
「あっ今一瞬八重歯見えた。平八重の八重の文字は、「八重歯」から由来したのかもしれない」
「それはないよ〜弓月くん。私はきっと、「八重桜」から由来してるんだと思うなぁ」
などと、傾聴の念は寸刻と持たず一瞬で消え去ったものの、視線だけは平八重美里、彼女のほんのりと赤く日焼けした顔に向け続けている。
「おい、聞け」
「はい」
「ごっ…ごめんなさい」
とても下級生とは思えないその威圧感に、情けなく二人して身を縮こまらせる。
「え〜…っと先ず衣装の話だけど、人クラス分は店長のご厚意で貸して頂きました」
「後の三クラスは既にサンプルを渡してあるので自作──────」
「さすが平八重!!…ところで語尾の「にゃ」は?」
「ギムナジウム、ピナフォア姿の美里ちゃん可愛かったよね〜料理も美味しかったし、また行きたいにゃ〜…なんて///」
「ッ///!!───もうっ!なに浮かれてんのよっ!白石せんぱいまで一緒になって…やるきあんのっ?」
「やる気なんて聞くまでもないだろう。故に…って奴さ。昂ぶる気持ちをどうにも自分じゃ抑えようが無いんだ」
「うんうん!なんだか遠足前みたいなふわふわとした感じ!」
「はぁ…まったくもう」なんて深いため息をついた後、切り替えた様にホワイトボードへ向き直る平八重は次いで内装及び外装デザインについて。
ギムナジウム風。
漆喰、石壁風の貼るタイプの壁紙を一面に貼り、ダークウッドの木目調を一部アクセントにする。
という案を提示した。
「異論ないな。さすがは平八重だ」
「うん、同じく異論ないよ!」
食器類はアンティーク調なデザインで──流石に高価な物で統一は出来ないのであくまでも見た目だけ───統一すると。
メニューについては彼女の勤めるバイト先『愛玩生徒♡ギムナジウム』のメニューから着想を得た、一風変わった物をコース形式で提供すると。
「会場は体育館で、四クラス合同だからスペースは等分するとしても多少混在する形になるね…、それと導線が…」
「あっそうだ!机と椅子なんだけど、まだ迷ってて…アンティーク調のアイアン足の長机なんか雰囲気とあっていいと思っ…」
「椅子は既に決まってるじゃないか」
事細かにかつ具体的に説明する彼女の言葉を遮るように、一つ、譲れない物について言及、言い放つ。
「えっ?決まって…?…ってまさか、「アレ」本気で言ってたの…?」
「あぁ、全席統一で「スケベ椅子」にする。これは譲れない」
白石穂乃美宅で見つけたやたらと座り心地の良い椅子『スケベ椅子』。
U時型の痔にも優しいデザインのソレを見て、触って、実際に座ってみてから、必ず椅子はコレにすると、そう強く決めていたのだ。
「はっはぁ!?有り得ないんだけど!せっかく可愛いデザインで統一しようと思ってたのに…」
「白石せんぱいはどうおもいますっ!?」
有り得ないと声高に一蹴し、更には数の力を得ようと、恐らくは白石も自分サイド、味方になってくれるであろうという打算的な意図でもって問いかける彼女。
「えっ…!?」
「ええっと…私は…その…」
「弓月く…生徒会長の言う事だし、弓月くんの「野望」でもあるから「スケベ椅子」…いいと思う…なぁ」
「ほらっ!白石せんぱいだってこう言って…って」
「ええええぇっ!?白石せんぱい!?」
最早答えを待たずに勝ち誇った表情を浮かべこちらを睨みつけていた彼女の表情が変面よろしく一瞬にして曇る。
「なんでなんですかっ!」なんて今にも追い縋りそうな勢いのある視線を白石穂乃美へと送り続けるも、一向にかぶりを振らない彼女のどうやら以外にも頑固な一面が垣間見えると、瞼を強く引き絞る事で既の所で沸き立つ物を抑え、やがて諦めのついた様にジッとりと薄目を開ける。
「うぅ…気持ち悪いけど諦めるしかないか…気持ち悪いけど」
二回も言うのだから彼女にしてみればさぞ気持ち悪いのだろう。
きっと彼女も座ってみればその良さがわかると言うのに…と思いつつ、その時には是非ノーパンで、なんて言おうものなら必ずや拳の雨が降りしきる事だろうと、呑み込む。
「う〜あと…男子生徒が全員キッチン担当で、女子生徒がホール担当、呼び込みに数人回して会計は担当を各クラス決める形ね」
「あと何か…」
「一番大事な事がまだあるじゃないか」
そう、衣装や内装やメニューも勿論大事だが、これは単なる「コンセプトカフェ」などではない。
その名は「ノーパンしゃぶしゃぶ」。
歴史深いこの文化を押し上げた要因であり、欠かせないもの。
「一番大事?…なにか、私見落としてたかな」
人差し指でトントンとこめかみをつつきながら、視線は斜め上の天井四隅、暗中模索な様子の彼女へと、特にクイズ形式でもないので早速の答え合わせ。
「一番大事なモノ…それは!!」
「スカートをなびかせる為のエフェクトファン!そして覗き見用の床用ミラー!僕の考えでは床はミラーを一面に敷き詰め、下足窓からエフェクトファンで、定期的、一定時間毎に風を送る演出がー」
「きもい、却下」
時間にしたら一秒にも満たずに即断即決の却下&オマケにきもいの一言。
まるで生ゴミでも見るような眼光鋭い表情は、既に慣れてしまったので、これは極自然と気持ちの良い物へと変換される。
「なっ!?これは『ノーパンしゃぶしゃぶ』において欠かせない演出なんだぞっ!!」
けれどもけれど、やはりこればっかりは譲れない。
演出が無ければそれはノーパンしゃぶしゃぶにあらず!
劣情くすぐる演出あってこそのノーパンしゃぶしゃぶであるから〜…などと彼女へ向けて雄弁に熱弁するも眉ひとつと動かす様子のない彼女の意思は固く
「うるさい、きもい、却下」
そんな辛辣な言葉での一蹴。
「いやっ!こればっかりは絶対にゆずれないねっ!風で巻上がったスカートを抑えた時の紅潮した表情…更に屈もうとすればミラーがあられもない全てを映し出す…」
「想像しただけで──────最高じゃないかっ!」
尚も言語道断、巨岩の様に意思の動く様子の無い彼女へと、さぁどうするかと思ったそのタイミング
「だからっ!!そんなの絶対に許さ」
「──────わっわたしっ!!」
「白石?」
「白石せんぱい?」
おもむろに、手を挙げて勢い良く立ち上がり、重力と慣性でもってその大きなお胸を不随意に揺らしながら、たっぷりと数秒溜めて口を開いたかと思えば
「私は、弓月くんの案に…賛成、かな?」
まさかまさかの助け舟。
賛成票へと投じられた彼女の一票に思わず歓喜の涙、こそ流さないが一瞬にして湧き上がる彼女への感謝の念。
「しっ白石せんぱいっ!?」
一人阿鼻叫喚。
信じられない、まるでUMAかツチノコでも見たように惚けた顔であんぐりと口を開け放ち、瞳を頻りに瞬かせている平八重美里。
「白石!!お前ならそう言ってくれると信じてたよ!!さすがドスケ──んぐぉ!?」
立ち上がった彼女同様、パイプ椅子の嫌な音を気にせず勢い良く立ち上がると、熱い抱擁で持って感謝を伝える。
も、そのしっとりと柔らかい手でしっかりと口を塞がれる。鼻までをもしっかりと。
──────息が…!!
「ちょっ!?ちょっと弓月くんそれは言わないで!?」
息絶え絶え、何とか振りほどき解放されたものの、酸素不足にふらつく身体。
膝に手を付き繰り返しの酸素供給。
目線の先、なんだか急に暗くなったと見上げてみれば、見下ろすのは赤い仁王像。
さながらの腕組み仁王立ち、憤怒の相を浮かべる平八重美里のなにやら片手が強く握りこまれ、引き絞られている事に気づいた。時にはもう遅かった。
「吹寄スケベ弓月!!お前、白石せんぱいになにをしたぁ──────!!」
三日月蹴り、もとい三日月パンチ。
放物線を描いた軌道の小さく尖った鋭い拳が、脇腹へ一発、そして肋骨下部、鳩尾へと二発突き刺さった。
「──────ッオェ!!」




