最終話「未来へ」
『タイムカプセル〜!?』
異口同音、あんぐりと呆けた顔を浮かべ、
一言一句と同じ台詞を吐く生徒会の二人。
「そういうのって大体卒業に際して埋めるもんじゃないの?」
「ですよね?白石せんぱい」
「高校最後の文化祭、思い出作りって意味なら、あながち間違いでもないかも?」
「むっ…白石せんぱいは吹寄変態弓月の味方だったか…」
可愛らしくリスの様に片頬を膨らませる平八重。
小脇に抱えたビニール袋の中、文化祭初日を終えて余った、山ほどの出店の食べ物、たこ焼きなんかを片手に食べながら。
「別に、タイミングに決まりなんてないだろ」
手にした剣先スコップの柄に足を乗せ、掛け声と共に体重をかけて力いっぱいに地中深くまで刺し込む。
時間と共にすっかりと回復した天気、されど既に時刻は十八時。
薄紅色をベースに、キャンパスの中身をひっくり返したようなやたらノスタルジック空の色。
そんな夕焼けの二重散乱を背に、ざくざくほりほりと…後片付けの済んだ体育館前、グラウンド脇に一心不乱に穴を掘る僕。
「こんなもんかな……!」
一段落。一メートル程掘り進めた穴に、円筒型のステンレス製専用カプセルを優しく置くと、滝のように流れる額の汗を、達成感を感じると共に、袖口で拭う。
日はすっかり落ちたって言うのに、嫌な蒸し暑さだけは健在な様で、汗で張り付いたシャツをパタパタとさせ、その不快感に思わず眉を寄せる。
「それで、中身は何入れたのよ?」
そう言って左隣、すぐ近くにまで歩み寄り前かがみに顔を寄せるたこ焼き臭のする平八重。
「うんうん、気になるよね…!」
空いた右隣、同じく近くにまで来ると膝を抱える形で屈む白石。
「なになに〜?もしかして、好きな子へのラブレターでも入れたんじゃないの〜?」
などと、いたずらっ子の様な表情で、指先を口元に当てて笑う平八重に、「ちがうわい!」と端的に言いつつも、遠からず近からずなその正体を隠すように、早急かつ速やかに埋めてしまおうと、すぐに土をかけ始めようとする。
「あっ!?ちょっと!中身見せなさいよっ!」
「うっうるさいなっ!あっちいっててくれよ」
スコップを奪うようにして邪魔をする彼女に、やや強めの牽制をすると、思ったよりも素直に身を引き、大人しくなった。
少し強めに言い過ぎたか?と即座に内省すると共に、なんだかバツが悪く、意味もなく頭を掻きながら彼女へと視線を上げれば、今にも泣き出しそうな、子供の様な顔でまんじりともせず固まっている。
その表情はなんだか虚ろで、瞳に虹彩は無く、表情も口が自然な形で開いたまま、張り付けた様な表情で身動ぎ一つとしない。
「え……もしかして…………ほんとにラブレター?」
蚊の鳴くような声量で、瞳を頻りに瞬かせて絞り出す様に口にする平八重に、なんだか居心地が悪くなる……。
「いや、違くて…これは……」
「写真と、それから手紙?」
急ぎ弁明を…と思い口を開いたその時、目の前でキュポッ!とステンレス製の蓋が開く音が聞こえたと思えば、目の前でタイムカプセルを、その中身をまじまじと訝しげに見る大きな双峰の持ち主。
「なっ!?白石勝手に…!!」
「ほらぁ!?やっぱりラブレターなんだっ…!」
余計にややこしくなる展開。
最早隠し立ては悪手だろう。
事態の収束と既に大粒の涙溢れんばかりの平八重を落ち着ける為、中身を開示するために目の前の白石から円筒状のそれを受け取る。
と、その中身、一枚の写真とそれから一通の宛先の書かれていない手紙を手にする。
元々、彼女達に隠す理由など特に無かったのだ。
ただ「気恥しさ」とでも言うのか、なんだかそれに類する感情故に、こうして一人一心不乱に穴を掘っては、早急に埋めてしまおうとしていた。
「だから違うって、これの中身は」
その先は言葉にはせず、一枚の写真を彼女達二人に見える様に手渡す。
「最初っから黙って見せてれば…」
奪い取る様に受け取った平八重と、嬉々として覗き込む白石。
してやったり顔の二人。
暫しの間、風音一つない沈黙が流れる。
そして、その表情は期待感から一転、嫌悪感を帯びた表情へ。
「お……おおお…おまえっ///!」
「いつだっ!いつ撮った──────///!!?」
嫌悪感は更に羞恥と憤りの混じりあった物に変わり、夕焼けよりも真っ赤に染った顔で叫び声を上げる。
今にも写真を破かんとする彼女から、隙をついて写真を救出する。
「このっ!かっ返せっ…!」
「返せって…この写真は僕のじゃないか」
「そんな……。そんなもの…。タイムカプセルに入れるなぁ──────!!」
「いや、思い出にいいかなって」
「いいわけないだろっ!!捨てろ今すぐ…粉々に破いて──────燃やせっ!」
ヒラリヒラリ、まるで猫じゃらしで子猫と遊んでいるかの様な形、懸命に跳躍する彼女を弄ぶようにして僕の腕、指先に挟まれ高く掲げられた一枚の写真。
そこには生徒会メンバー。僕 吹寄弓月と白石穂乃美、それから平八重美里が写った集合写真。
「いやぁ、自分でもビックリだよ。あの瞬間世界がスローモーションみたいになって「ゾーン」とでも言うのか、僕以外が止まって見えて……」
「そんな邪な「ゾーン」あってたまるかっ!」
文化祭での思い出の一枚。
三人連なって撮る、あと何回あるか分からない大事な写真。
けれど、そこに映るのは自撮りのような画角、画面に向かって笑顔でピースをする僕と、驚愕に目を見開き羞恥に悶える生徒会メンバーの二人。
そして、僕の丁度頭の後ろ、背景に位置する場所には、宍色と薄い濡れ羽色をアクセントにした、桃源郷に咲く艶やかな隠花植物……
──────ノーパン姿の二人の肢体。
「馬鹿だなぁ平八重は。この写真を破いたって意味なんてないぞ?だってこんなに素晴らしい写真…僕が一枚だけしか現像しないなんて、そんな訳ないだろう?」
「ばっ…馬鹿は…──────馬鹿はお前だっ!!」
♢
「弓月くん…この写真、私も欲しいかも」
「あぁ、もちろんだよ白石!」
そう言ってポケットから封筒に入れた数十枚の内の一枚を彼女へと手渡す。
「平八重は……何枚欲しい?」
「要るかっばか!!」
「それで……そのタイムカプセルいつ開けんのよ」
未だ興奮冷めやらぬ様子の平八重は、まだほんのりと血色の良い顔で、機嫌悪そうに切り出す。
最早諦めの境地へと達した彼女は「決して誰かに見せたりなんてしないでよねっ!」というのを条件に、しぶしぶ、半ば強引に、なし崩し的に了承してくれた。
「成人式のとき?……だともうすぐになっちゃうよね」
「いや、これは…僕たちは開けない」
「はぁ?だったらなんの為に埋めるのよ」
「どうせなら、十年後とかに皆で開けたいよね」
「これはな…残すんだよ──────未来に」
そう言って、再度中身を確認し蓋を確かにキツくしめると、再度穴に埋める。
「いつかまたノーパンしゃぶしゃぶが、もしくは人類その物が衰退した時、それでも未来に生きる何者かがこれを見つけて、もう一度作り上げてくれるって…その為の未来へのメッセージなんだ」
土を上から次々にかけながら、段々と姿の見えなくなっていくタイムカプセルを黙って見つめる平八重と白石。
今では、すっかり影も形も見ないノーパンしゃぶしゃぶ。
一時にはあれだけ夜の街を彩っていたと言うのに。
それでも今一度、この時代に、僕達の手で息を吹き返した。
そして僕はこれからも残りの人生を賭して、ノーパンしゃぶしゃぶという文化を存続させる為に戦い続けるだろう。
けれど、もしまた同じ様に忘れ去られてしまった時。
僕が、僕達がいなくなったこの世界でいずれ現れるであろう同好の士の為に……
「ここに埋めておくんだ」
「やばい……全く感傷に浸れないんだけど」
「………………ステキ」
「えっえぇ!?嘘でしょ白石せんぱい!?」
「え…これって私が可笑しいの?そうなの?そんな事って……ないよね?」
きっとこれから先、同じ志を持った仲間が次々と集まるだろう。
けれど、旗手となって、僕の隣に立つものはこの二人以外には有り得ない。
そして、それと同時に対立する敵も現れるだろう。
風紀委員長 蕪木甜歌の様に。
けれどきっと問題ない。全て上手くいく。
十年後、いや五年後には、ノーパンしゃぶしゃぶを扱うお店は世界規模にまで増え、ワールドワイド老若男女問わない大衆が集う、憩いの場になっている事だろう。
「よしっ…!完了だ!」
ぽっかりと空いていた穴をすっかりと埋め、
固めた土の上、その強度を確認する様に数回ジャンプすると、ようやっと作業を終える。
「野生動物なんかに掘り返されないといいね…もし誰かが拾ったりなんかしたら私達…」
「白石せんぱい、その時は一緒に死にましょう」
そんな会話をしながらも、文化祭とはいえ既に大多数の生徒が姿を消した校内を、すっかり喧騒の波が砕けたカラフルなバルーンアーチ連なる渡り廊下を、生徒会室に置いた荷物を取りに三人横並びに連なって歩く。
「あのさ?吹寄…その…、卒業したらって約束──────分かってるよわよね?」
唐突に、耳に柔らかいものが触れた感触と心地よい温もり、花や果実の様な香りをさせながら歯切れ悪く極限にまで絞った声で耳打ちする平八重。
「ん?…あぁ忘れるはずないだろ。僕は生徒会長だぞ。一度した約束は死んでも忘れないさ」
と、やや誇張気味に答えるも、件の約束とやら…その真意は未だ測りかねている所だ。
それを知る為にも、この約束は必ず守らなければならない。
「ふん!ならいいけどっ!」
そう言ってさっさと先に歩いていく彼女は多忙な一日を終えた後だと言うのに、やたらと軽い足取りだった。
「弓月くん私も受験終わったら──────ね?」
再度、逆側に位置する耳元に温もりと柔らかな感触、共にそんな耳打ちが届く。
地獄耳…という奴だろうか。
平八重美里へと対抗する様な形、一度わざとらしくその豊満な身体をあてがうように身を寄せて、すぐに離れると、目の前を歩く平八重を追い掛けるように走り出した。
「それは……忘れてしまいたかったなぁ……」
と、いつぞや白石と交わした厄介な約束を考え億劫になる。
これも、この約束もきっと彼女にとっては大事な事の一つなのだろう。
それこそ僕にとってのノーパンしゃぶしゃぶの様に。
そんな事を考えてしまったなら、今更約束を反故にするなどという考えはすぐに消え去った。
一度した約束は、死んでも忘れない…そう今しがた言ってしまった手前、尚の事だ…。
けれど、目の前で楽しそうに話す彼女達の後ろ姿を眺めている内に、そんな反芻思考は直ぐに消え去ってしまった。
そしてそんな後ろ姿を、もっとずっと、それこそ一生見ていたいなと不意に、なんの脈絡も無く、突拍子も無い感傷の様なものと一緒に、胸を強く締め付けた。
「僕は、お前達に出会えて良かったよ…、そして」
「白石、平八重。僕の、僕達の…『ノーパンしゃぶしゃぶ』はこれからだ!」
生徒会室、窓際、ホワイトボード並びの端っこ。
雄々しく伸び続けるサンセベリアに、ほんの少しの水をやり、早々に荷物をまとめると、明日二日目となる文化祭の為に、僕らは早々に帰路に着くのだった。
「そういえば平八重は、歳の割には」
「──────毛、薄いんだな」
「…………──────死ねっ!!」




