第32話「僕たちの夏休み③」
「なぁ〜「それ」一緒に乗せてくれよ?二人乗りなんだし」
「嫌に決まってるでしょっ!あんたを後ろに乗せたら一体…なにされるかわかったもんじゃ無いじゃない!」
「そうか、わかったよ」
「ふんっ!わかったならあんたはぷかぷかと漂ってなさい、ちょっとはその劣情火照った頭も冷え…──────って…あんたなにする気!?」
「ふふん!頼んでダメなら実力行使すればいい」
「なっ!?ぜっ…ぜったいやめなさいよっ!これはわたしが持ってきた「浮き輪」で…」
「生徒会メンバーであるお前の物は、会長である僕のものでもある!!」
「ちょっ!?むちゃくちゃなっ!やっやめ…ほんとにっ……だって私──────泳げなっ…」
──────バッシャアン!!
「おおっ!これはこれは…思ったよりも丈夫な作りで実に乗り心地が……て」
「あれ?平八重…?」
「…………ヴォゴボォガ!?……─────コポポ」
………………コポッ
「平八重ッ──────!?」
♢
大きく跳ねた音を立てる水面。
吹き上がった身の丈二メートル程の水柱。
それはほんの数分前の出来事だった。
不愉快そうに眉根を寄せ、ツンっと唇尖らせた彼女が、プールサイドで膝を抱えながら、子供のように頬を膨らましているのはこの「ファンシーダッシーくん」を模した大型の騎乗浮き輪を取り上げられた事、と言うよりは自分がカナヅチである事が露呈したことが、大きな原因だろう。
「だから、泳ぎ方教えてやるって。そう言ってんじゃん…いてて…」
「嫌ったら嫌っ!!」
遅れて、というより何故か姿の見えなかった長万部先生が田村くんと共に現れると開口一番「稟議書が通ったぞ!!」と待ち望んだ言葉を力強く放った。
その喜びを皮切りに一斉にプールへと飛び込んだ僕ら。
ビーチボールの様な遊具は持ってきていないので、僕は喜びに火照った身体を冷やすように底面近くまで潜ってみたり、白石は悠然とぷかぷか浮いてみたりと思い思いに楽しんでいた。
丁度水中から見上げた先に見えたのは、ぷかぷか悠然と浮かぶ「ファンシーダッシーくん」。
その背の上でキャッキャと楽しそうに笑う平八重の姿。
その小麦色の艶やかな背中、もとい後部座席にワクワクと強く惹かれ、強引に飛び乗った際にバランスを崩した彼女がバシャン!!と勢いよく音を立ててプールへと垂直落下した。
「平八重、上がってこれるか!?」
「こぽぽぽ…──────こぽっ」
差し伸ばした手のひらは、しかし掴まれる事はなく、次第に酸素の溢れ出るこぽこぽ音と共に、平八重美里はその身を静かに仄暗い海底奥深くへと沈めその生涯を終えた…───などと言う事は当然無く、1.5m程のプールの水深、片腕だけ水面から力なく伸びた状態。
その手のひらを掴むと、力いっぱいに引っ張り上げる。
釣り上げられた彼女はしおしおの濡れ鼠状態。
先刻までのテンションの全てを無きものとしたシュンとした陰りのある表情。
しかし伏し目がちな瞳、その眼光は見た事もない程に鋭く
「こっの…ッ!」
空いた片方の腕、力いっぱいに握られた拳は寸分狙いを違わず…
「ちょっ…ちょっと待て、そんな事したらまた──────」
肋骨下部、鳩尾へと勢いよく吸い込まれていく。
「─────ウッ!?」
───バシャンッ!!
再度登る先程とは幾らか小さなふたつの水柱。
その片方、僕と真向かい、逆側に位置する水面からはゴボゴボと何やら大きな魚が跳ね回る様な音が聞こえる。
それは段々と小さく静かなものになって行くと、情けのない小さな「こぽっ……」という音を最後に聞こえなくなった。
♢
「ゴホッゴホッ…あぁ〜鼻に入った目も痛いし…さいあくっ!!」
ウォータープルーフの限界を感じた。
となにやら魔法の言葉の様な事を言いながら化粧室へと向かった彼女。
すっかりと乱れた髪を直し、元に戻ってきてからと言うもの、もう十分以上はあの調子だ。
彼女の身長は百五十センチと少し。
一方でこの屋内プールの水深は一.五m程。
ちょうど真っ直ぐに立って頭の先が見えるくらいだ。
爪先立ちになってもせいぜいが眉間が覗く程度という事もあり、若干の恐怖を覚えたのか、不機嫌面引っさげて戻ってきてはあの様子という訳だ。
「せっかくなら誰か後ろに乗せたいよなぁ…」
平八重はあの調子だし諦めるとして、長万部先生は即座に選択肢から除外する。
田村くんもなぜだか既に満身創痍だし…。
「あっ…」
と、そこまで考えて、ふと前方悠々自適、ふよふよと泳ぐ白石 穂乃美の姿を捉える。
クロールの様な泳ぎ、けれど泳ぎと言うよりは大型の海月が漂っている様なイメージ。
ぷかぷかと、浮き輪も無いのに良くあんなに浮いていられるなぁと視線が不随意にふよふよと揺れ動く浮き輪変わりになっているであろう物に吸い込まれるが、すぐに思考を切り替える。
「おい白石!後ろ…乗ってけよ!」
「え?」
声をかけ、足先で漕ぐように近づくと白石を引っ張り上げ後ろへ乗せる。
「わぁ…!!なんだかワクワクするね!」
バイクの二人乗りの様な形、抱きつく様にして腕を回す彼女。
浮かんでいる時には気持ちの良さそうな表情でリラックスしていたが、今はその瞳を爛々と輝かせ、ソワソワとワクワクの混在した落ち着かない様子。
「だろ?この気持ちを誰かと共有したくて…って」
「白石。あんまりその…くっ付けるんじゃない」
「え?なにが?」
「なにが…って」
後ろから覗き込む様にして悪戯な表情で微笑を浮かべる彼女を見た時、僕は確信した。
「お前さては、確信犯だな?」
「弓月くんが何言ってるのかぜんぜんわかんないやっ!さっしゅっぱつしんこーっ!!」
「こいつ…」
とは言いつつも、乗員が増え馬力の増した浮き輪。
二人して両足で力いっぱいに漕ぎ、広大なプールを端から端まで走ると、子供のように何度も何度もめちゃくちゃに往復したのだった。




