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第31話「僕たちの夏休み②」

「あれ?長万部先生は?まだ来てないの?」


「なんかトイレに行くって、十分前位に…田村くんと」


「なんだトイレかそれは仕方ない、こればっかりは生理現象だからな」




「──────って何故に連れション?」




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


簡単な受付を済ませて学校へと入るやいなや、またも駆け出す平八重と手を引かれる白石。


「廊下は走っちゃいけません」幼い頃から繰り返し言われる言葉。

当然の常識として頭に刷り込まれているであろうに、生徒会としてもソレを取り締まる役回りであるだろうに…。


こうしてそんな生徒会メンバー雁首揃えて三人並走し、我先にとリノリウム製の床を頻りに踏み鳴らしているのは一重に、夏休み、人のいない学校という特別感から由来する高揚感からだろう。


「室内プールはやっぱり、少々蒸し暑いな…」


塩素の鼻を抜ける匂いと、防滑性ビニル床シートの凹凸を裸足で踏みしめる時、プールに来た!というワクワク感はピークを迎え、えも言われぬ幸福感に包まれるのはきっと僕だけじゃないハズだ。


FRP素材の体育館とほぼ同サイズの大きな屋内プール。

屋外プールとは違い、過酷な高湿度環境である屋内のプールは塩素を含んだ蒸気に晒される為、素材には「防水・防湿」だけではなく、塩素によるサビを防ぐ「防錆性」事故を防ぐ「防滑性」そして「吸音性」が極めて厳しく求められる。


今日という日は夏の中でも選りすぐりに暑いため、それなりに覚悟はしてきたつもりだったが、繊維強化プラスチックの熱伝導率のお陰か水はヒンヤリと冷たく、プール専用の大型空気調和機のお陰か、思ったほどの湿気由来の過酷さも無く、一度水に濡れてしまえば心地よい程度の暑さといった感想。


辺りに長万部先生の姿は未だ見えないが、まだ「連れション」の最中なのだろうか。


よもや一番乗りなのでは?と期待を込めてプールサイドをグルっと見回せば、足先だけつけてぱしゃぱしゃと心地よさそうな表情の白石 穂乃美が先客として既に腰掛けていた。


「白石は随分着替えてくるの早かったな」


「うん、お家からもう着てきてたから」

凸凹とした床材を滑らないようにスライドさせるように歩き、白石の隣へと歩み寄る。


振り向いた白石の水着姿、豊満で肉厚で重厚感のあるその肢体をより一層と艶めかしい物に際立たせているのはペールブルー色のタンキニ風フリルの付いたビスチェ。

同色のショートパンツに、ロングパレオと言った人魚の様な出で立ち。


直視するのも危ぶまれる程のエロス感じるその姿に、ダメだと分かってはいても思わず、不随意にチラチラと視線を簒奪される。


けれど、ややあって違和感に気づく、そうだ彼女、白石は確か…。


「え…でも白石お前、手荷物タオルだけじゃ無かった…?」


白石は待ち合わせ時から、手荷物はラウンド型の小さなストロー素材のバック一つだけだった。

中身は貴重品とタオルとハンディファンと日傘、それだけ。


僕や平八重がやや大きめのナップサックを背負っているのに対して、随分と軽荷物だなとは思っていたが。


「うん、そうだよ〜」


「うんって…帰りどうするんだよ、濡れた水着そのままって訳にはいかないだろ?」

当然の疑問。

まさかこのまま水着で帰る訳にもいかないし、上から服を着ても同じ事だろう。


「大丈夫だよ!いつもどうりだし、私無くても平気なの。心配してくれてありがとう弓月くん」


「えっとそれは…コンプライアンス的に大丈夫な奴?」

いつもどうり…彼女のその言葉に、自らが失念していた事を瞬時に思い出し、湧き上がった不安をそのまま口にする。


そう、彼女は希代の───ドスケベなのであった。


「多分…………だいじょうぶだと思う!」


「多分ってお前なぁ…そうゆうのは外では程々に…」


「とゆうか、弓月くんからコンプライアンスなんて言葉が出るなんて、私思わなかったよっ!」


「くっ…グーの音も出ない返しやめてくれ」


ここ最近になって、やや行動に見境の無い過激さが増した彼女にお説教の一つでもくれてやろうと思ったのだが、即座に返された言葉には覚えがあり、彼女へと向けた叱責の言葉を生唾と共に呑み込む事に急遽変更した。



「あっつ──────いっ!もう飛び込んじゃおうかなっ!」


屋内プール入口、開けっ放しの押し開き式のガラスドアから声高に小言を叫び、ぺたぺたと小走りにこちらへと走りよって来た赤髪の良く似合う幼げな少女、平八重美里。


爽やかなホワイトブルーを基調としたちょっと背伸びしたであろう花柄のビキニ。


オフショルダーのフリルは羽の様で、快活な彼女の印象と相まってどこか妖精の様な雰囲気。


ボトムスはサイドが細い紐になっていて、細く伸びた華奢な足のラインをセクシーに見せ、普段よりも幾らか大人びた印象を受ける。


けれど何やら角や翼の生えた大きな動物の浮き輪を両手に抱えて持っている姿は幼子の様で、大人びた雰囲気の一切をそれで帳消しにしている。

確か浮き輪のキャラクターは彼女の好きな、名前は「ダッシーくん」だったか。


「わぁ!美里ちゃん可愛い〜っ!」


「ありがとうございますっ!今年はちょっと…背伸びしてみましたっ!」


目の前の、妖精と人魚の邂逅に思わず見蕩れてしまう。

大は小を兼ねる、とは良く言うが、僕はそこに一石投じたい。

大きい物には大きいものの魅力が有り、小さなものにもまた小さなものにしかない魅力があるのだと。


すっかりと簒奪されたままの視線。

ギリギリまで焦点を絞り、彼女たちだけを視界に収める様に凝視していると。


「なによ…見せもんじゃないわよ」


「いや、見せる為に着てるんじゃ…」

和気藹々、キャッキャウフフな空間、突如浴びせられた辛辣な言葉に、思わずドギマギとまごついてしまう。


「女の子は誰に見られる訳じゃなくても自分の為に可愛い物を着たいのっ!」


「そういう物なの……か?」


「そういう物なの!──────覚えておきなさい!」


まだプールに入ってすらいないってのに、強めの叱責を受けて、男の子由来の劣情を見透かされたような気恥しさでさしもの僕もシュンとなってしまう。


と、その時入口付近から再度、複数の足音と次いでよく響く大きな声が響き渡る。



「待たせたなっ!──────生徒会諸君っ!!」

やけにツヤツヤとした肌を、学校指定の紺褐色の水着に包んだスタイルの良い女性。


「「長万部先生ッ!!」」

異口同音、三人口も動作も揃って振り返る。


「良く来たなっ!!」

なんだかいつもよりハツラツとしていて、声も何オクターブか高い気がする。

それに妙に肌ツヤも良くて、とても教師とは思えない色艶を感じる……。


「長万部先生と……えっ!?田村くん!?」


「あっ…みんな…ひさしぶり…だ…ね」


「終業式ぶり……かな?」

嗄れた声、こひゅーこひゅーと息絶え絶え、心配な呼吸音を鳴らす彼は、頬をゲッソリと凹ませている。

いつもより、より一層と青白い顔色はなんだか今にも生命力尽きそうな枯れ枝の様な雰囲気を感じるし、それは彼の身に何かがあった事を想像させるには十分過ぎる程、一目瞭然だ。


彼のヨレた短パンの水着と、首元から肩口、鼠径部辺りまで点々とする赤い斑点は、きっと……長万部先生の様子を見るに、つまりそういう事なのだろうと、この場にいる生徒会三人同時に気づいた事だろう。



「早速だが吹寄!結果から言わせてもらうぞ!」

そんな僕たちの憂慮も露知らず、早速もさっそく、今日呼び出した本題であろう事柄について口を開く長万部先生。


ゴクリ、三人揃って生唾を飲む。


「稟議書が──────通った!!」


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