第30話「僕たちの夏休み」
「ここがこうなってて、こう!」
「長く座っても疲れないんだよ!それになんと、痔にも優しいというおまけ付きだ!」
腰掛けた姿勢そのまま、ジェスチャーを交えて構造を伝えた後、両手を前方に揃えて突き出し、見上げるようにして前方に立つ人物に親指を立ててみせる。
「はぁ…珍妙にして滑稽とはこの事ね」
目の前で腕組み仁王立ち、怪訝そうな表情を浮かべ、軽蔑の眼差しと共に殺気の様な物を滲ませながら見下ろす、平八重 美里。
そんな彼女に対して「スケベ椅子」の使い勝手の良さ、珍妙な形とは裏腹に、如何に優れた性能であるか、実際に座ってみてベネフィットも織り交ぜ、セールストークの様なネットショッピングの真似事の様な事をしてみているが、想像していた通り、その反応は辛辣な物だった。
あの日、白石宅を後にした僕は真っ直ぐに自宅へと帰り、それから直ぐにでも事細かな話し合いを、と思ったのだが、用意されていた母親手作りの夕食、とは名ばかりの朝食メニューの様な胡瓜のサンドイッチを乱雑に一口で身体に詰め込むと、途端に猛烈な眠気に襲われ、疲れた身体を何とか引き摺ってベッドに辿り着くと、着の身着のまま早々に、空想上の生き物「泥」の様にふにゃふにゃとたっぷりと八時間も眠ってしまった。
簡単なメッセージと共に後日集まる旨を眠りに落ちる直前なんとか残してはいたのだが、平八重のバイトのシフト事情や白石の家族行事などが重なったりと諸事有ってそれは叶わず、メッセージ上やビデオ通話などのやり取りが今日までのメインとなってしまっていた。
時折──この二週間の間に四回──白石宅に呼びつけられては新たな知見が増える貴重な体験をしてみたり、平八重の買い物──荷物持ちとして──に付き合わされたりと個別には会う機会は頻繁に合ったものの、こうして一同が揃い実際に顔を突き合わせて話をするのは実に二週間ぶりという事になる。
と言っても、この二週間当然として一人でも孤軍奮闘と、企画書の用意や安全防災に関する下調べに調査、食品衛生管理の為の検査、物品購入や予算案と稟議書の提出と…あらゆる根回しを進め、順調も順調、順調過ぎて怖いほどに万事が上手く行っている。
そんな中、今日こうして集まったのは夏休みも残す所あと少し、多忙を極めた生徒会メンバーでのほんの息抜きも兼ねての事だ。
「ほんっとに!あんたと同じ三年生じゃなくて良かった!」
大きくハツラツとした声音で発言した平八重美里。
デニム生地の紺褐色のサロペットにノースリーブの白シャツ、サロペットと同色の無地のキャップとその性格からは乖離した、以外な女の子趣味を持ち合わせる普段の彼女とは様相の違った、ボーイッシュなスタイル。
「平八重だって、手伝うんだから今更何を」
かく言う僕も、当たり障りのない黒色のパンツに、白のポロシャツと体育教師さながらの手抜きファッション。
「私が手伝うのは基礎、骨組みだけでしょ。中身はあんた達三年生がやるんだから。私だって自分のクラスの出し物あるし」
そう言って暑そうにキャップを一度外した平八重は、その赤毛をふわっと耳先に引っ掛けるようにかきあげ、肌に張り付いた後れ毛を定位置へと戻すと再度整える様にキャップを元に戻す。
夏休み前、何の因果か自ら協力を申し出た彼女。
けれど生徒会で唯一の二年生である平八重は協力はしても参加は出来ない。
空き時間や休憩時には生徒会としての補助はすると言う話だが、当然として自クラスの仕事もあるだろうし、三年生が主体となって行う出し物でもある為、参加は現実的にみて難しいだろう。
当の本人も「協力はするけど参加はしないからっ!」と明言しているので、やはりどうにも彼女の参加は望み薄だろう。
「あれ?平八重のクラスは何やるんだったか。白石知ってる?」
「え〜っと…二年生の美里ちゃんのクラスは確か…」
思案顔で指を顎先に当て、斜め上の方にある自分の記憶を探っている様子の白石 穂乃美。
フレアサロペット×チャイナシャツのセットアップと清楚を絵に描いたような夏×女の子なファッション。
デニム調のサスペンダースカートは一見、重みのあるデニムやダンガリー生地の様に見えるが、薄手のシャンブレー生地にデニムの柄がプリントされているだけであり、サラッとした生地感からは涼しげな印象を強く受ける。
「あぁっ!待って、待ってください白石せんぱい」
「自分で、自分でいいますからっ」
慌てた様子で白石の口を塞ぐように制止すると、拗ねた子供の様な顔の表情で伏し目がちに、絞り出すようにぽつりぽつりと続けた
「は…」
「は?」
「はこ…」
「はこ?」
「──────『箱の中身はなんだろなっ?』!!!」
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「あとは無事に長万部先生に渡した稟議書が通れば成功したも同然だな」
と、会話を啄みながら手元の貴重品とそれから最低限の着替えやタオルと既に用意してあった荷物をまとめると、三人揃って家を出る。
暖かな、と言うよりは危険なレベルの熱風が頬を撫で、次いで全身の温度を瞬時に上げると毛穴が一斉に開くのを感じる。
今日は夏の中でもより夏らしい一日らしく、昼頃には三十度を超えるらしい。
中には四十度に差し迫る地域もあるとか。
熱中症警報の根源であるカンカン照りの太陽がつむじの先から焼き貫くような陽射しを浴びせてくる不愉快さに、隣に並んで歩く彼女たちの様に帽子ないし日傘か何か持ってくれば良かったと後悔に駆られるが、駅まで歩き出して既に十分程、今から踵を返して取りに戻るなんて言おうものなら異口同音に『ふざけるな』と言われるだろうし、きっと何か見返りなんかも要求されるかもしれない。
とそんな事を考え早々に諦める事にした。
「今日はそんな訳で当初の目的通り学校に、学校の「プール」に行こうじゃないかっ!!」
などと既に道中、今更改まって声高に宣言してみるも、既に暑さに項垂れた様子の彼女たちの耳には届いていない様子。
「今日は絶好のプール日和だけど、早めに入らないと、プールの前に倒れちゃいそうだね…」
「てゆうかなんで吹寄の家待ち合わせなのよ、学校待ち合わせで良かったんじゃないの?」
「まさかあの下品な椅子を見せたかったから…じゃないでしょうね?」
「…………」
「なんか言いなさいよっ!!あ〜もうっ!大声出したらより暑くなったぁ〜…」
などと栓のないやり取りをしている間に、駅に到着し、目的地までの電車に乗り込む。
夏休み期間と言うこともあり、やはり普段より人の数は多いが、それでも平日の昼間という事もあり、難なく座席を確保出来た。
車内は空調がこれでもかと強く効いていて、吹き出した汗が瞬時に乾くと、肌寒さすらも感じる。
移動時間の間にも何か文化祭準備について出来る事は無いか…と横を見やると、何やら隣で二人巷でウワサのドラマの話や、ファッションのトレンド、おすすめのプチプラコスメの話なんかに華を咲かせているので、息抜きの名目もある為そっとしておく事に決める。
その間に、学校で待っているであろう人へと一言メッセージを送っておく。
「あと一時間後くらいに着く予定です。」
と最小限の報告。
僕たちのためだけに特別に開けてくれている校内プール。
生徒会顧問であり生徒指導担当でもある彼女、長万部雪苺先生の厚意によるお誘い。
昨晩彼女から突然届いたそのメッセージに、逸る気持ちを抑えきれず、夜間に不躾承知の上で二人にグループ電話をかけて伝え、昨日の今日、少々急ではあるが一も二もなく皆一様に賛同し今まさにプールへと向かっている。
こういった校内の私的利用が出来る教師は数少ないだろうし、生徒会メンバーだけという彼女の発言から、彼女の校内での力が如何に強大か、如実に表している。
それに今朝長万部先生から追加で入っていたメッセージには何やら伝えたい事がある旨が記載されていたので、プールはおまけで本来の目的はソッチなのかもしれない。
──────プシューッ…と言う圧縮空気の抜ける音と、目的地を告げる流暢な英語のアナウンス、忘れ物注意を促す機械的な肉声が聞こえると、乗車時間約四十分程で目的地に到着した。
「ねっ!はやくはやくっ!」
「美里ちゃん、ホームで走ったら危ないよ!」
白石の手を引っ張ってホームを駆け抜ける子供のようにはしゃぐ平八重。
エスカレーターなど使わず二段飛ばして階段を駆け降りていく彼女はいつになく快活で、溢れんばかりの喜びが八重歯覗かせる大きな笑顔にあらわれている。
「まったく子供じゃないんだから…」
と独りごちるも、僕だって一応の男の子。
夏休みのプールという貴重なイベント楽しみじゃない訳がない。
自分の中でそう得心すると、既に姿形忽然と消えてしまった二人を、平八重同様階段を飛び降りる様にして改札まで抜け、学校までの整然と木々の並んだ並木道、対岸の川沿いを猛スピードで走る二つの影を捉えると、より一層の力を足先に込めて、走りだした。




