第29話「欲望って奴に誘いたい」
「それからこれは『吾妻形』って言ってね」
「江戸時代の物なんだけど、現代で言うところの男性用──────」
「ちょっ…ちょっと待ってくれっ白石!」
「なんだ一体この、壁面びっちり、余す所なくひしめき合う……」
「──────大人の玩具の数はっ!?」
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漆塗りの壁に、瓦屋根、母屋と雰囲気を統一させた高級感のある大型の物置蔵。
小屋と言うには大き過ぎるし、家と呼ぶには窓や生活設備が足りない様に思う。
ちょうどいい所の蔵と言うのが最も近しい表現か。
経年変化で味わいの増した天然木の焼き杉が炭独特の光沢や質感を最高峰の和を表していて、モダンな印象を強く受ける。
ほんのりと香る木材の自然由来の香りはまるで木々に囲まれた自然の中にあるようで、いくらか心を体とともに解放してくれている気がする。
モダンと言えば聞こえはいいがやはり物置だっただけあり、そのものはやはり殺風景だ。
けれども壁一面に飾られたやたらとカラフルな小物やインテリア、梁からぶら下がった自然物がいくらか女の子らしさを演出している。
玄関先、仄暗い室内。
いきなり玩具の紹介から入った白石穂乃美、一人暮らしのお家。
人が暮らすには十分な間取り、電気も通っていて寝室の用意もある。
けれど、そこにトイレやお風呂などの水道設備は無く、ここだけで暮らしていくのは不可能な為、そういった物に関しては両親の暮らす一軒家、若しくは母屋のものを利用しているらしい。
「一人暮らしにあたって鍵も変えちゃったから今は私以外誰も入れないんだぁ」
とはいいつつも、やはり家族に男を連れ込んでいる所を見られるのはまずいのだろう。
彼女のおじい様である理事長はそういった面において多少寛容だとは思うが、両親はきっと過保護な気質であり、話に聞くにはその限りでは無さそうだ。
それ故こうして家族の留守のタイミングを見計らって僕を仄暗い蔵の中へと誘い込んだと、そう言う訳だろう。
パチッ!カチッジジジ───…という白石が電気を付けるため押したプルスイッチの音と通電の音を皮切りに、広い吹き抜けスペースの灯りが一斉に点灯する。
仄暗がった蔵内を、明るく照らすと目に入った物に不随意に瞼は見開き、次いで僕は言葉を失った。
「これが、私のコレクション達!」
そう言って自慢げな表情で微笑む彼女の背後、いや左右、上下、或いは眼下、所狭しとひしめき合うそれは女の子らしい小物やお洒落なインテリアなんかじゃなく…
「なっなんだこの、大人の玩具の数はぁ──────っ!?」
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ともすればこれは、未知を既知に変えるチャンスでは?
そしてあわよくば、来る文化祭、ノーパンしゃぶしゃぶを更なる高みへ押し上げる要素にもなり得るのでは…。
などと思考を回しながら、目の前の嬉しそうに玩具───大人の───を紹介する彼女を、用意された珍妙な形の椅子に腰掛けながらじっと見ている。
「これは『張形』っていって木製の物や水牛の角を削ったものがポピュラーなんだけど、この子はべっ甲を滑らかに削って作った高級品でね〜」
「結局のところ、それの「使い方」はなんなんだ?」
「えっとね、これはね〜…」
『──────ディルドだよ』
最早驚きはしない。
「ほぉ〜っ」と感嘆の息を僅かに吐くのみ。
僅かに不服そうに眉をあげて見せる彼女はもっと驚嘆の意を示して欲しかったのか或いは興味を示して欲しかったのか、真意は分からないがまた新たな玩具を取りにパタパタと音を立てて走って行く。
これに関しては形状から見ても想像がついてしまったのだからしょうがない。
ふと腰掛けたすぐ隣、横を見やれば腰ほどの高さの木製テーブルの上に『olisbokollix』と描かれた名札とお皿。
その上には細長いブレッドスティックやバゲットの様な物。
そして小さな小瓶には黄緑色の透き通った液体。
オリーブオイルとパンだ。
いつの間に用意されたのか、きっと彼女が気を利かして用意してくれたのだと一つ手に取る。
手に持ったそれはやたらと硬く、けれども小麦の良い香りが──────
「あっ!!」
「あぁ、ちょっ…ちょっと待ったあっ!!」
「んあっ、食べちゃ…まずかったか?」
大口を開けて今まさに一口、喰らいつく直前、慌てて走り戻って来た彼女に制止される。
「それも…その一応、玩具なの」
「こっこれが?…パンとオリーブオイルだぞ?一体何に使うって言うんだ…」
「えっとね、それはね!」
顔全体をパッと華やかにした白石がいつもより饒舌かつ早口に、指先を振るようにして説明してくれる。
パンとオリーブオイルを使った大昔の性具
「オリスボコリクス(olisbokollix)」
紀元前五世紀〜紀元前三世紀(古典期〜ヘレニズム期)の古代ギリシャに最も盛んに使われていたモノらしい。
「これもさっきの「張形」と同じで、ディルドなの」
「……嘘だろ」
思わず口元に既に触れているソレを勢いよく遠ざける。
まじまじと、再度よく見てもやはりそれは硬く焼き上げられたスティック状のただのパンだ。
けれど通常よりやや細長い堅焼きのフランスパンの様な形。
それの表面をローション代わりのオリーブオイルで塗りたくり、主に女性が恥部にあてがって使用するらしい。
「人間の欲望って奴は全く、見境ないな」
匂いから堪能してしまった事を後悔し、これが未使用品である事を祈るばかり、そっと元あった位置に戻す。
「弓月くんも中々に負けない位の見境の無さだと思うよ?」
などと不本意な揶揄を受けながらも、感心の余り上手く返す言葉が出ない。
やはり人間の性に対する欲、追求心という奴は底なしに見境がなく、ともすれば『ノーパンしゃぶしゃぶ』なんてその道の者からすれば子供の遊びに過ぎないのかもしれない。
と、なんだか少々悔しい気持ちに包まれるが、すぐにそんな意識は彼女、白石の手元にある黒く焼けこげた炭の様な、左右から二本ずつ手足の伸びたモノに視線と共に吸い込まれていく。
「そっ……それは?」
もう何度ともしれない問いを彼女へと向けると、今度はより自信があるのか頬をニッと吊り上げると、伏し目がちにこう言った。
「これは「惚れ薬」。媚薬とも言うし、恋わずらいの薬なんて呼ばれてたりもするんだよ」
よく見れば、よく見なくても分かるソレは「イモリ」だ。
よく焼けた、というよりカラッカラに焼き過ぎて乾燥したイモリのミイラの様なソレは食べる…のではなく相手に振りかけて使うものらしい。
或いはハブ酒なんかみたいにお酒と一緒に飲んだりもするらしいが…。
「イモリにそんな効能ないだろうに」
「そこは想像力の成せる技だね!」
なんでもイモリの性欲が非常に強く、繁殖力に優れている事から生まれた物らしいが、なんだか有名な某スタジオのアニメでこんな様な物を手足ちぎって食べていたシーンがあった気がする。
「あっそれとね?」
「その弓月くんが座ってる椅子も、一応玩具なんだよ」
「はぁ…椅子ねぇ…──────ってこれか!」
四本の足に支えられたU字型に中央に穴のある形の椅子。
サワラの木で作られているのか、木の香りを強く感じ、ツヤと光沢のある高級感のある見た目からモダンなお洒落家具の一種かと思ったのだが
「玩具って言ったって、椅子だぞ?それこそ何に使うんだよ。痔の時には重宝しそうだが……」
「えぇ!っと…使い方、使い方、その「立ち回り」を容易にする為…?かな」
「お風呂で、身体を洗いっこする時に…ね」
なんだか妙にモジモジと気の弱い態度の彼女。
あれだけ電車でも痴女じみた事をして、先程まで大人の玩具について雄弁に語っていた彼女の羞恥心とやらがどこに存在しているのか甚だ疑問ではあるが、僕の興味はこの椅子、スケベ椅子とやらに注がれている。
「これさ、さっきからずっと座ってるのに全く疲れないんだよ」
「え?なんでだろ」
興味深そうな白石に席を代わり、深く座らせてみる。
スカートをお尻に敷くようにして腰掛けると、一瞬スポッと穴に吸い込まれかけたがすぐに安定する。
「ホントだ!弓月くん、なんだかシックリと来るね!」
「そうなんだよ!丁度骨盤と尾てい骨が支えられる様な安定感、生徒会のパイプ椅子なんかよりずっといい!」
彼女に許可を取り、再度入れ替わる様に座ってみるとやはり収まりが良い。
高級感のある見た目も相まって、アンティークなインテリアとも良く合いそうだ。
「白石、これノーパンしゃぶしゃぶで使おう!」
「ええっ!?使うって…何に?」
「何ってそりゃ座る為だよ。全クラス、座席はこの──────スケベ椅子にしようっ!!」
小一時間程蔵の中、彼女のお家でいつになく陽気な白石とその玩具の説明を受け、さらにはノーパンしゃぶしゃぶを底上げする為の着想も得て、蔵の外へ出ると辺りはすっかりと仄暗くなっていた。
じゃりじゃりじゃり…と遠くの方で玉砂利の擦れる音と静かなエンジン音が聞こえ、彼女の両親、若しくは理事長が帰ってきたのだと、慌てた様子の白石を見て気づく。
「今日はありがとう白石。お陰で僕の野望はより一層と輝きを増しそうだよ」
「うん、こちらこそありがとう」
礼と感謝を述べ、片手で軽く手を振りながら踵を返し、玄関へと急ぐ。
きっとご両親にバレたら面倒な事になる、と思い歩く歩幅を幾らか大きくしたその時
「弓月くん!」
白石の声と、シャツの裾を強く掴む手に引き戻される。
「どうした?早く出ないとご両親が…」
「あのね、またこうして…生徒会以外でも会ってくれる?」
言葉を遮るようにして出された彼女の言葉に、条件反射的に即答する。
「あっあぁもちろん、ご希望とあらばいつだって…」
「二人で」
「あっあぁ…もちろん」
またも遮る様にして付け足された言葉に、即答はせず、けれども思考を回す余裕はなく、なんとなく答える
「毎日」
「あぁ、大丈夫…って毎日!?」
更に付け足された言葉に反射的に答えてしまうが、その無理難題に慌てて訂正し、中間案を出す。
「毎日っていうのはとても無理だが、週に一回、或いは二、三回ならまぁなんとか」
「ほんとっ!?」
工面しなくもない…と弱々しく口にした僕の言葉に、かぶりを振って喜ぶ彼女。
その場で砂利を踏み鳴らすようにぴょんと跳ねては胸を踊らせ、顔と体とで心の喜びを表現している。
「あっあともうひとつ良いかなっ」
今度こそ門扉へと急ごうとするも、再度呼び止められる。
「あっあのさ弓月くん!今度…その文化祭が終わったら、ううん受験が終わって一段落ついたら…一緒に混浴に行かない?」
「い…いや、いやいや!それはとても承服しかねるというか…」
首を左右に振ってその突飛な提案を即座に断ると、残念そうな顔を浮かべ…る事は無く一歩こちらに詰め寄ると柔らかな笑み、だけれど奥深く、底知れない淀んだ何かをチラつかせながらこちらを見上げる様にして言う。
「全部…ぜんぶぜーんぶ…肯定するって、弓月くん言ったよね?」
伏し目がちでありながら、半分ほどのその瞳からは爛々とした物を強く感じ、有無を言わさない彼女の表情、仕草、態度に、キュッと何かが縮み上がるのを感じる。
「は…はい?えっと、言った様な…言ってないような」
「言った…よね?」
「……はい」
尋問よろしく、強制的に自白させられ、彼女に促されるままかぶりを振る。
「やった!その時は…弓月くんにはワニ役やってもらうからねっ!」
「…わ…わにぃ?」
彼女が一体何の話をしているのかは分からないが、嬉しそうに子供のようにはしゃぐ彼女は普段学校で見る彼女とも、生徒会で見せる姿とも別人の様で、見知った顔とはまた違う表情が嫌に新鮮で、事態は最悪だって言うのに、なんだか悪くない気持ちになる。
近づいてくる砂利を踏みしめる音に、今度こそ急いで門扉を開け放ち飛び出す。
遠く蔵の前で小さく手を振る白石に軽く目配せだけで挨拶し、すぐにその場を離れる。
程なくして数種類の声と白石の「おかえりなさい」の声が聞こえたのを確認すると、こちらも帰路に着く。
大通りへと歩み出ると帰宅ラッシュに起因して交通量の増した国道、各所で点灯しだす街灯。
夏だっていうのにほんのりと涼しい風が吹き始めた時刻は午後十六時。
一日の大半が既に終わったのだと、意味もなく焦燥に駆られ、ほんのりと悲しくなる。
この気持ちは、生徒会書記兼会計である平八重と出かけた日に感じた物と同じ物だ。
彼女の僕だけに見せる厄介な本当の姿、抱えている物。
今はまだ全てを理解してやれないが、それでもなるべくなら受け入れてやりたいと、僕は強く思う。
空を一瞥すると艶やかなトワイライトブルー、夏の帳ってヤツだろうか。
ノスタルジックでどこかエモーショナルな雰囲気。
意味もなく浸り、耽り、黄昏たくなる。
そんな物悲しい空色。
──────けれど。
どこか、どうにも感動的にはなれそうにない。
それは先刻まで一緒に居た、今日という日の大半を共に過ごした白石 穂乃美。
彼女が稀代の───『ドスケベ』だからだろうか
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「という訳である有志の方からご提供頂きましたこちらはっ!!」
『スケベ椅子!!』
「ヒノキ、スギ、サワラと色合いと香りの違う三種類を用意しました!」
「どうだ平八重!さっそく、座ってみろよっ!」
「うっわ…まじ最悪なんだけど…」




