3話「風紀委員」
昼休み、授業を終えて直ぐに購買へと駆け出す生徒、教室内で親しいもの同士歓談を交わしながら顔を、そして机を付き合わせての食事をする生徒。
生徒会長である僕はそのどちらでもない。
今朝方コンビニエンスストアで買った袋をそのまま引っさげ、生徒会室へと一路に向かう。
食事に際して、どうにも騒がしいのは苦手だ。
その日その時最も熱い話題を食事の合間に啄み、他愛もない会話を織り交ぜ、適切な相槌を音ゲーさながらのタイミングで差し込む…やはり苦手だ。
元来男と言うものは、シングルタスク脳の傾向が強く同時並行で物事を処理するように出来ていない。
一方で女性というのはマルチタスク脳の傾向が強いと言われている。
──────言われてはいるがそれは家事や育児、同時並行でこなす作業が男性に比べて多い事から誤解されているだけであり、その実、男女に脳のタスク管理においての性差は無いと近年判明している。
それでも僕個人の脳とタスク管理能力を例に挙げるのであれば、やはり二つの事を同時に並行作業する様には出来ていないし、どうにもやろうとは思わない。
この、文武両道たるハイスペックの体現である僕でさえも、その例に漏れないのだから、きっとその見解で間違いはないのだろう。
そういった理由から、やはり慣れ親しんだ、かつ自分専用のスペース、木漏れ日の射し込む空調の効いた生徒会室で静かに一人黙々と食事をするのが生徒会長に就任してからのルーティンワークとなっている。
ついでにあれやこれやと妄想に華を咲かせたのなら、それはもう至福の時間である。
例えばそう、やたらとセクシーなメイド姿の女の子が自らの短なスカートを抑えながら、恥じらいながらも給仕をしてくれたり…と、そんな妄想。
──────ともすれば、それは最早マルチタスクと呼べるのではないか?
などと詮無い事を考えながらも、足だけは繰り返し交互に、目的地に向け前進させる。
廊下を駆け抜ける生徒に対して注意をしつつ、やがて人の波が砕け始める廊下をゆっくりと歩く。
あと数メートル程歩いたなら目的地。
職員室があり、その隣、最奥の空き教室なんかは風紀委員が使用しており、丁度その並び。
カサカサと揺れるプラ袋からは、今朝方名前に惹かれて購入したクイニーアマンが早く食べて欲しそうにその姿をちらちらと覗かせている。
クイニーアマン。
はじめて見聞きした言葉だが、妙に語感が良く、心擽る魅力がある。
それと言うのは…──────いや
同志諸君、分かるだろう?もはや、皆までは言うまい。
「心配しなくても、もうすぐ、食べてあげるからね」
なんて件の菓子パンに甘い言葉を投げかけたタイミング、進行方向真正面の扉が音もなく開く。
規律正しく切り揃えられた黒髪。
シワひとつと無い仕立ての良い制服、膝下までを包む濃紺のスカート。
チラリと覗く厚手のタイツが、彼女のその隙の無さを伺わせる。
腕には赤い腕章に黄文字で『風紀委員』の四文字
「やぁ、生徒会長!今日も今日とてこの学校に相応しい凛々しい出で立ちだな!」
明朗快活、破顔一笑。
健康的で真っ白な歯が見える程の明るい笑顔。
眼孔こそ決して鋭くはないのだが、高発色の瞳孔が心の中までも見透かす様な透明感があり、彼女の前では隠し事など到底まかり通らなそうだと改めて認識させられる。
──────風紀委員長 蕪木 甜歌
規律規則に厳しく、男勝りな気質の持ち主でありながら、その声は鈴の音を転がした…なんて手垢に塗れた表現では収まらず、ギリシャ神話のセイレーンやスラブ神話のシリリアンやアルコノストの様に甘く蕩けるような声音をしている。
なんでも、態々と彼女のその声で罵詈雑言を浴びせられたいが故に規則破りをする者もいるらしい。
生徒会でも、その様な生徒が度々と散見され遂には議題にも上がった事がある程だ。
こうして度々と、彼女とは廊下で偶然を介して出会っては、互いの立場と活動に際した進捗なんかを話す、そんな間柄である。
「蕪木ちゃんだって、風紀委員を体現した様な威風堂々たる立ち居振る舞いじゃあないか!」
なんて、彼女のテンションに合わせた返しをしてみる。
「君に褒められると、悪い気はしないな!けれど…」
「…わ、わたしに「ちゃん」等と、可愛らしい接尾語をつかうな…」
「なんだか、とってもむず痒くなるだろう…?」
二面性、とでも言うのだろうか?彼女は敬称に『ちゃん』を付けられるとやけに恥ずかしがるのだ。
僕はそれがなんだか面白くて、かつキュートアグレッションの意味と親しみを込めて敢えてそれでも『ちゃん』を付けて呼び続けている。
「まったく…好き好んで私をちゃん付けで呼ぶのなんて、君くらいのものだ」
普段の彼女らしくない、モゴモゴとくぐもった幼げな声は、あってはならない劣情を掻き立てるものであり、彼女からの罵詈雑言を浴びたいっ!なんて輩の気持ちが、少し分かる気がした。
「なんでも今年度の文化祭、クラスの垣根を超えた学年合同の出し物をするそうじゃないか!」
そんな弱々しい女の子ムーブなど無かったかのように直ぐさま切り替え、平常運転となった彼女は文化祭、それに際した出し物にとりわけ興味津々なようで、きっとわざわざと声を掛けて来たのには挨拶の意味だけでなく、それが大きく寄与しているのだろう。
「君と私の仲だ、他言はしない。教えてはくれないか?」
ズイッと風紀委員らしからぬ距離感まで顔を近づかせて来る彼女からは金木犀のような趣のある香りがする。
上目遣いでその潤んだ瞳に捉えられたなら、嘘偽りなど到底吐けそうにない。
けれども特段隠し立てしている訳でも無いし、あと数日で大々的に公になるであろう事から特に思案する事もなく、間髪入れずに答えてやる。
「ん?あぁ、ノーパンしゃぶしゃぶだよ」
──────「……は?」
「すっ…すまない、今朝はまた規律を乱す者が多くてな、少しばかり疲れている様だ…もう一度──────」
「だから」
『ノーパンしゃぶしゃぶだよ』
『の、のーぱん…しゃぶしゃ……ぶ?』




