第27話「欲望って奴は見境ない」
ともするとこれは──────晴天の霹靂という奴だろうか。
目の前の彼女、整った幼さの残る清美な顔立ちと、相反する大きな双丘。
艶やかなロングの髪はどこからともなく吹く薫風を受けサラサラと流れる様に纏まって揺れ動き、透き通った肌は雪花石膏さながら、どこまでも白く滑らかだ。
決して細身過ぎず、健康的で程よい肉付きの魅力的な体躯を持つ、うら若き女の子。
そんな校内でも町内でも、県内でだって知らない人は居なさそうな美少女、白石穂乃美がたった今僕に向けて放ったある一言が喉で粘着質なスライムか何かのように気道をふさぎ、返す言葉が上手く出てこない。
平八重美里の働くお店「愛玩生徒♡ギムナジウム」で「衣装について」話し、二時間ほど滞在した後
「お前が居ると仕事に集中できない、視線が熱すぎてきもい」
とのお言葉を平八重美里から頂戴し、確かに余り長く居ても仕事の邪魔になるから、とその場を後にした帰り道、物憂げな、けれども期待に満ちた表情と眼の彼女から
「ねぇ弓月くん。今から私のお家に来ない?」
「今日はお家に、誰もいないから」
なんて一見魅力的な言葉を受けて尚、素直に喜べないのは、一重に彼女が
──────稀代の「ドスケベ」だからだろう。
半ば強引、と言うよりも殆どが強制的、その大きな胸を押し付ける様に肩口から腕先、指先までを絡める様にする彼女に強引に引かれ、もとい引きずられ、有無を言わさずに彼女のお家へと連行されている。
「これはもしかしたら、獲って喰われるのではなかろうか...?」
などと口には出さず心の中で危惧し、悄然と項垂れている現在、時刻は午後十五時。
平八重美里の自宅から徒歩十分程の最寄りである海老名駅。
県央地域の主要なターミナル駅であるここは平日であれど常に活気に満ちており、それは一重に「抜群の交通利便性」と「駅直結の巨大な商業エリア」が融合し、周辺地域から買い物客や通勤・通学客が集中する仕組みが確立されているからだろう。
そして現在、騒がしかった昼間の活気は去り、あちこちで喧騒の波は砕け、けれども夜の様な静寂さも持ち得ない、なんとも絶妙な時間帯。
時折散見される人々は、手を繋ぎ、腕を組み、肩を抱き寄せ合う、体温を感じられる程に近い距離を保つ俗に行くアベックという奴ばかり。
「なっなぁ白石...今日はもう帰って今日の議事録をだなぁ...」
年相応の気恥しさと言うやつに襲われ、ぎゅっと強く蛇のように絡められた腕を引っこ抜こうと試みるも、万力の様にビクともしない。
彼女の力が異様なのか、はたまた僕の男の子としての腕力の問題か、些末な事を考えていると。
「議事録なら、もうつけておいたよ?」
上目遣い、僕より頭一つ分小さい彼女が見上げる様にしてそうあっけらかんと言ってみせる。
一体いつの間に...などと考えている間にも、時速二km程の速度で駅のホームへとゆっくりと、けれども確実に進んで行き───引き摺られ、出発を待つばかりの電車に連なって乗り込む。
「なぁ、せめて目的だけでも教えてくれよ。僕たちの夏休みに「ただ遊ぶ」なんて予定は許されないんだぞ?」
彼女に問いかけながら見渡した電車内。
すっかりと座席の埋まった車両は立つスペースこそ余裕があるが、車窓から覗き見る隣の車両も当然として席は空いていない。
海老名駅から僕と白石共通の最寄り駅であるさがみ野駅までの経由駅はかしわ台駅一つのみ。
従って特に体力面や疲れから座りたい訳ではない。
訳では決して無いのだが…もっとこう、急を要する事柄と言うのか、逃げ場の様な物を求めて辺りを繰り返し見やるも、やはり空席は見当たらない。
それと言うのは、言葉にするのも憚られる...すっかりと彼女の物の様になってしまっている片方の腕が、彼女の体にピッタリと密着し、胸部から下腹部、そしてVIOラインで言う所のVラインにまでさしかかってしまっているからだ。
もはや、指先の一つでも動かしたなら痴漢冤罪、いや正真正銘痴漢の現行犯として突き出されても言い逃れのしようがない。
そんな僕のやきもきとした気持ちを知ってか知らずか
「だって弓月くん言ったよね?また今度に...って?」
極限まで絞ったボリュームで吐息混じりに耳打ちする彼女。
いつだったか確かに言ったような、言ってないような、そんな自らの発言を記憶の底から根掘り葉掘りと探している間に、彼女との間に僅かに確保していた十センチと無い距離はさらに詰められ、乗降口端へと押しやられる。
なんだか、体験した事の無い恐怖の様な物を感じて身を震わせているとタイミング良く、間もなくの発車を知らせるアナウンスが聞こえ、途端に小走りになだれ込む乗客達に更に強く押しやられる。
すし詰め状態という表現が最も分かりやすい。
身動ぎも危うい程の満員状態となった車内。
強引に押し込まれる様にして僅かな隙間、乗降口横の袖仕切りに二人して身を埋める形となる。
そして僕は──────遅れて気づく。
指先掠める不快感に動かした指先が僅かな湿り気を帯びた事に。
そしてそれは、彼女の衣服による衣擦れや隣に立つ買い物帰りの主婦の持つ買物袋なんかによるモノでも無い。
固まった指先が揺れ動く電車によって不随意に、頻りにヒタヒタと触れるそれは...紛れもなく...。
「白石...!?おっお前...」
「全部──────肯定してくれるって...そう言ったよね?」
目と鼻の先、見た事のない怪しげな表情を浮かべる白石穂乃美。
熱を帯びた夕照に染まる頬をしっとりと綻ばせると、より一層と強く、その身を寄せる。
「白石お前まさかっ...いや、有り得ないそれは禁じ手だ...。よもやお前が、いや白石穂乃美、お前だからこそなのか!?」
「────『プライベートノーパン』だとっ!?」




