第26話「癖って奴」
「ピナフォアを作るって言ったって...そんな簡単に出来るものか?」
裁縫...先ず間違いなく裁縫なのだろうが、僕はその手の細かな作業に明るくない。
けれども分かるのは、服を一着作るということがそう容易では無いと言う事。
しかもそれを一クラス分は平八重のツテで借りれるとして、三クラス分作るとなれば、途方も無い時間と労力なのでは...と危惧している。
「だ〜か〜らっ!簡単だって言ってんじゃん!」
そう何度も言ってのける彼女に懐疑的な視線を向ける
「簡単って言ったって、僕は勿論、白石だって初心者なんだぞ?」
目の前の彼女、不安そうな表情を浮かべる白石穂乃美も裁縫に対しての理解度は僕と大差なく同程度、せいぜいがほんの少し上くらいだろうか。
「うん...私も裁縫はちょっぴり、苦手かも...」
「あのねぇ、ピナフォアは裁縫初心者にだって、割と簡単につくれちゃうんだからっ!」
僕たちの煮え切らない態度と言葉を受けて唇を尖らせると、雄弁に平八重は言う。
先ず服作りで一番難しいとされる袖付けの工程が無いという事。
それだけで服作りの難解さの殆どをスキップ出来ると。
次いでスカート部や肩紐と直線縫いが多いと言う事。
更には後ろをリボンで結ぶタイプであればボタン付けの工程、金具付けすらも省けるという事。
更にさらに、コットンや麻など、扱い易い布地を使えばさらに容易に縫いやすくなるという。
「ほぉ〜...随分と詳しいな」
「ねっ?クラスそれぞれで作れば、案外いけそうでしょ?」
「あぁそれなら...デザインも理想的だし費用も抑えられる、ほぼほぼ決まりだな!」
「ふんっ!だから最初から簡単だって...
「そんな事よりも僕は、平八重が裁縫なんかに詳しい事に驚きだよ」
「ねぇ吹寄あんた、それってどういう意味?」
「それはそっくりそのままさ、ガサツで口汚い、何にでも噛み付く気質の荒さ、例えばそう、身長は小柄で鋭く尖った赤い目を持ち、首から背中に掛けて鋭い棘を持つ、取り分けその大きく突き出た牙が血を吸うのにおあつらえ向きで」
「そんな平八重が細かな裁縫だなんて──」
「────いっ!?いででで!!」
「人をチュパカブラみたいに言うなっ!!」
思い切り力任せに引っ張り上げられた耳先を抑え労りながら「衣装の用意についての話」は早々に片がつき、乾いた喉を潤す為に手を伸ばしたカップの中身が空だった事を思い出す。
「仕方ないなぁ」と彼女のサービスで頂いたこれまた上品なお味のアイスティーを白石と二人で飲みながら、細かなデティールについても軽く触れてみる。
「もっと具体的に理想を追求したいんだが良いか?」
「言うだけ言ってみなさいよ」
「えっと、パニエの自然な膨らみは理想的だがコンセプトと相反するから勿論無しだろ?それからワンピーススカートの丈は膝下までのロングな物にしよう!」
「なんでよっ!スカートは短い方が、可愛いじゃない?」
唇を尖らせ、怪訝そうな顔でぐるり、自らの纏う衣装を見せ付ける様にその場で回って見せる彼女。
クラシカル風のバーガンディ色のワンピースドレス、その上に重ねて纏う白のピナフォア。
膝上までのパニエによって膨らんだドーム型のボリューミーなワンピーススカートは彼女の動きに合わせてフワフワと風に乗って揺れ動き
「──ッ///!?」
遠心力によって、そのほとんどを容易に巻き上げる。
薄手に透けたパニエにほんのりと浮かぶ紺褐色のシルエット
「──────ほらっ」
「見えちゃうんだよ、それじゃあ」
『──────ッふに゛ゃ///!?』
慌てて舞い上がったスカートを押さえ付け、耳先までを桃色に染め上げる彼女を前に、僕の決して性欲由来では無い知的好奇心──少々の性欲もある──と美的好奇心からなる、ある種の癖の様なこだわりを話してみせる。
「「見えない美学」それが、僕の癖であり理想とする所のノーパンしゃぶしゃぶなんだ!!」
「女の子の見えてしまうかもしれないという憂いを帯びた表情、見れるかもしれないという期待と劣情...」
「そんな無限の可能性を秘めた想像こそが快楽物質を生み、人間の心理の核心をつくんだよっ!!」
決まった!とはとても言い難い。
それは、目の前でポカーンとまるでアホウでも見るような顔でこちらを瞬きもせず見る彼女達の視線と、それから少々目立ってしまったが為に集めた注目、その全てに含まれているであろう軽蔑と懐疑的な視線故だろう。
「人間って奴は難解だ。目に見えて手の届く喜びよりも、手も届かない見えない物に期待を膨らませる」
「お前たちだって、そうだろう?」
付け足すように言った言葉。
これには今度こそ決まった!と思ったが
「そっ...そっ...」
『そんな訳っ!あるかぁ──────!!』
とさらなる注目を集める平八重の慟哭が、店内に響き渡る。
耳を抑え、そろそろお店の人に怒られそうだなと今にも暴れだしそうな平八重を宥めようとした時、入口付近、オークウッドの扉のドアベルが鳴り響き、次いで「新しい先生ご案内にゃ〜」などと覚えのある声が聞こえてくる。
各テーブルを接客中のピナフォアを纏うスタッフ、もとい生徒たちもバッと振り返ると続いて口々に「おはようございますにゃ」「待ってましたにゃ」などと続く。
「ほらっ新しい「先生」の出勤みたいだぞ」
その怒りを強引に沈める千載一遇のチャンスを逃さず、僕は彼女に向かってイタズラな笑みを浮かべて嫌味ったらしく言ってみせる。
決して更に怒らせようという意図はない、いやほんの少し、普段と違う彼女の姿に浮かれていたのかもしれない。
そんな言葉を受け、一度俯いてなにやらブツブツと良く聞き取れない呪詛のような物を口にしたあと、意を決した表情で顔をあげる。
「〜っ!!」
「あぁっもうっ!!」
『おはようございますっ先生!!私達生徒一同、先生を心待ちにしてました!』
「平八重、何か足らなくないか?」
『ッ〜〜///──────に゛ゃっ!』




