第25話「ピナフォア」
『ピナフォア』──────海外、イギリスや旧英連邦諸国の小学校・中学校で制服として定着している、胸当てと肩ひもがついた、エプロンやエプロンドレスのような袖なしの洋服。
店内を見回すと、スタッフ───このコンセプトカフェでは生徒と呼ぶ───は皆一様にこのエプロンを様々なトレードカラーのドレススカートやワンピーススカートの上に纏い、気品のある出で立ちと、立ち居振る舞いから学生の制服として...というよりどこか───「メイド風」もっと言うなら「アリス風」な雰囲気と言った方が座りがいい。
目の詰まったチュール層数のパニエによって、お人形さんのようなドーム型のシルエットを形作るバーガンディ色の仕立ての良いドレススカート。
その上に、純白ふりふりのピナフォアを羽織ったいわゆる「アリス風」の衣装を纏い、フワフワと艶のある赤毛を忙しなく揺らす猫耳少女のその姿に、嗜虐心、もといキュートアグレッションを孕む心理を僕はどうにも抑えられそうにない。
『また随分と、猫耳が似合っているじゃないか?』
『──────平八重』
「──────んに゛ゃ///!?」
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『お待たせいたしました...コーヒーとミルクティーになります...』
「んっと...良く聞こえなかったな、もう一度良いかな」
「〜〜〜〜っ///!!」
『お待たせいたしましたっ...「に゛ゃっ」!!』
怒りを孕んだ表情とは裏腹に、慣れた所作...でこそ無いが丁寧にカチャッと僅かな音を立てて給仕されるコーヒー。
アンティークなカップアンドソーサーは見た事もない程にキメ細かな細工がされており、金縁に金色の花柄、全体色はエンパイアブルーと、ともするととんでもなく貴重な物なのでは?
などと、この店舗を運営する者のこだわりを強く感じられる物であった。
それは、次いで置かれたロイヤルミルクティーにも同様で、全体的な色は白、金の縁どりに様々な配色の花が立体的に細工された非常に上品な物であった。
その為か、平八重 美里、彼女の給仕を行う両の手はふるふると不随意に震えており、もし万が一にでも割ってしまおうものなら、多額の請求がアルバイトにものしかかり...などと栓のない想像を膨らましてみる。
クラシックブレンドの純度の高い漆黒のコーヒーは、深みのある苦味と、しっかりとしたコク、控えめな酸味と、実に王道な味わい。
鼻先掠めるロイヤルミルクティーのアッサムの甘い匂い。
シナモンのツンと突く様なスパイスの香りが白石 穂乃美、彼女は非常に気に入った様で頻りに口に運んでは口内でその香りを味わう様にして楽しんでいる。
「これ...すっごく美味しい!香りが強くて、ミルクのコクもしっかりとあるのに紅茶が負けてない...!」
「あぁ、さすが千二百円という値段だけあるな」
「値段の話は、しないで欲しかったかな」
非常に満足の行く味であっという間に空になった小さなカップを見つめる。
名残惜しい、誰かに直ぐにでも共有したくなる程の感動だった。
ではあるのだが、これをノーパンしゃぶしゃぶにて提供しようかと問われれば、まぁまず無いだろう。
「さすがに出来たて熱々を楽しむしゃぶしゃぶであっつあつのコーヒーに紅茶はな...今ってさ夏だし」
「そうだね。もっとこうサッパリと乾いた喉を潤す目的の炭酸水やハーブドリンクなんかが望ましいかもね」
メニュー表を見返せば、そういったハーブを用いた炭酸水は勿論、果実を絞り合わせた冷たい紅茶なんかも多種とあり、これをそっくりそのまま真似て...は出来そうに無いが参考にするには充分だった。
僕たちがこうして夏休み開幕早々にあちらこちらと連なって出掛けているのにはそれなりの理由がある。
『ノーパンしゃぶしゃぶ』
とはひとくちに言ってもその形態は多義にわたる。
店の形態にコンセプト、衣装にメニューにその他諸々えとせとら。
一般的に大衆に認知されている形態である和風居酒屋や高級料亭風な造りはどうにも僕の思想とは合致しない。
前者はお酒を提供する事を前提とした雰囲気作りも兼ねての造りになっており、そんな所も寄与していると思う。
だからこそ、様々な場所に赴き、見て聞いて学んで、より良いコンセプトでもって納得のいく物を作りあげよう!と言った理由で僕達はお出かけに勤しんでいる。
そして、今日に至っては取り分け最重要な「衣装」その視察であり、平八重の心当たりとやらを直接確認しに来たと言うのが事のあらましである。
「ピナフォアか、初めて見たけど非常に良いな」
「うん。女の子達皆初々しくて...すっごく劣情唆るねっ!」
「んっ?あっあぁ、そうだな...僕もそう思うよ」
などと白石との戦略的会話を繰り広げていると、大きな真鍮風のトレーを持った平八重が快活な足音を立てて現れる。
「お待たせいたしました...にゃっ!」
「当店の看板メニュー「寄宿舎のトード・イン・ザ・ホール」になります...にゃっ!」
なんだか発情期のメス猫の様に常にご機嫌ななめな彼女の運んできたそれは先程ドリンク給仕の際に追加オーダーしたお店の看板メニュー。
ヨークシャープディング(ふわサクのシュー生地のようなもの)に、大きめのソーセージを丸ごと焼き込んだイギリスの伝統料理らしい。
ピナフォア姿のスタッフ──生徒が、目の前でソースを仕上げる演出もあり、これまた同様ふるふると恐る恐るソースをかける彼女の不安げな表情に白石穂乃美、彼女ではないが僕も思わずあってはいけない劣情に駆られる。
そんな思いを知ってか知らずか、今にも手に持ったソースの器をこちらに勢いと助走を付けて投げて来そうな表情でキッ!と睨む彼女を前に、浅く腰掛けた椅子に深く座り直す。
二千四百円...高校生にとって中々の金額のソレを白石と僕二人で一皿。
想像よりも二回りほど大きかったそれを分け合って食べ「カリッジュワっで美味い!」「うんうん...グレービーソースがすっごく上品...」などと感想を言い合う。
後に気になって調べたその料理名の由来が『穴の中のヒキガエル』だった事を知り、胃が小さく痙攣するのを感じる。
「なぁ平八重。心当たりのある衣装っていうのは、その「ピナフォア」って奴の事だよな?」
「そうにゃ。...そう、そうよ!なんか文句あるっ!?」
ツンと威勢よく胸を逸らして見せる──とは言っても特に膨らみや丘の様な物は見当たらないが───彼女の姿を、その衣装を改めてまじまじと注視する。
上品さと初々しい可愛らしさをこれでもかと感じる。
確かに、これはボレロやミニスカートなんかよりも「見えるか、見えないか」の魅力。
その僕の求める要素が強く反映されそうで、理想的に思える。
「いやっ...そう言う訳じゃないんだが、三年四クラス合同だぞ?女子だけだとしても...相当な数が必要だがそんなに用意出来るのか?」
「ん〜一クラス分は余裕かなぁ...」
「一クラスって、あとの三クラスはどうするんだよ」
「ふんっ!そんなの簡単じゃん!」
『私たちで──────作れば良いのよ!』




