23話「勉強会と小麦菓子」
「はぁ〜生き返る...それにしても」
「久しぶりに来たけど、相変わらず男臭い部屋ね」
「いいだろ男なんだから、ピンクでキラキラなドレッサーでも置けば満足か?」
暑そうに額に汗を浮かべた二人を冷房の良く効いた自室のある二階へと通すと、開幕早々に内装に対する酷評から始まった、忘れていた勉強会。
いや、決して失念していた訳ではなく、ただ夢の一部だと、そう勘違いしていただけ...とはまぁ言い訳に他ならない訳だが...
「私は好きだけどなぁ、白黒基調でシンプルなお部屋。お酒に酔いつぶれた女の子が強引に連れ込まれるスタジオセットみたいで」
「……白石、お前」
「えっと...白石せんぱい?」
「あっあぁ...!えぇっと、私クッキー焼いて来たんだった!皆で食べよっ!」
今日も今日とて朝から欲剥き出し、絶好調な様子の白石。
白いノースリーブシャツにシックなロングカジュアルサロペットを纏ったその姿はモデルさながら、気品とカジュアルさを併せ持った上品な佇まいは流石といったところか。
「朝ごはん食べてきてないからお腹すいてたんです!白石せんぱいの手作りクッキーはやく食べましょっ!」
一方、赤髪の良く似合う小柄な彼女はその快活な気質からパンク系のファッション...と思いきや黒を基調としたふわっふわのフリルの着いたワンピーススタイル、髪はクロアゲハの髪留めで結止めてある。
どこか異国のお姫様を彷彿とさせる出で立ちとその着こなしには、思わずほぉ〜...っと感嘆の声が漏れ出てしまう。
「うっわぁ...変態にガン見されちゃったよ」
「誰が変態だ誰が...いや、もしかして...俺か?」
軽蔑の色濃い視線を受け、朝から少しばかり辟易とするが、夏休みという開放感から来る心の軽さからかなんだかそれすらも心地よく感じる。
この妙に軽い身体も心も、ワクワクと弾む心拍音も、それもこれも全て、昨日無事に成功を納めた終業式のおかげだろう。
滞りなく終業式を終えられたのも、憂いなどを引っ下げる事なく夏休みを迎えられたのも、他でもない二人の協力あっての事なのだから、感謝こそすれ、対極に位置する感情など湧くハズもなく、至極当然の結果と言えよう。
「白石せんぱい助けてください!変態に襲われちゃう!」
「二人は結構体格差もあるもんねっ!...そういう企画ものも、踏襲済みだよ!」
「...へ?えっと...なんのはなしですか?」
「今日はいつも以上に絶好調だな白石!」
そんな他愛もない話は程々に、机に教科書と文房具それから白石の持参したクッキー、飲み物なんかを用意してさっそく宿題に取り掛かる。
事など出来るはずもなく、教科書に向けるべき視線は机に盛られたクッキーへと不随意に吸い込まれていく。
「ん〜っ!?っにこれ!超おいしい!」
「良かったぁ!...朝急いで作って、味見するの忘れちゃったから少し不安だったんだぁ〜」
石畳型の小ぶりな一口サイズのクッキー。
小麦色単色の物や茶色のチョコレート風味の物、市松模様の手の込んだモノまで、バターの香ばしい匂いが実に食欲を唆る。
朝食を腹八分目で抑え、物足りなかった僕にはどうにも抗えない誘惑として、目の前のそれに不随意に手が向いてしまう。
「あっ...ちょっと待った!弓月くんは先にこれ!」
「えっ?俺だけ...いいのか?」
「うん...食べて、感想聞かせて...?」
「えぇ〜吹寄だけ特別?ずるいっ!」
平八重からのやっかみを受けながらも、手渡された個包装のクッキーを開けてみれば、目の前のキューブ型の物とは違ってまん丸とした一口サイズの物が現れる。
本体はほんのりと薄赤色で、粉砂糖が周りにまぶされた雪玉の様な形のそれはブールドネージュという奴だろうか。
丁寧に包装されたそれを一つ手に取り口に含んで見れば粉砂糖の舌触りの良いヒンヤリとした感触とほんのりとした甘み。
次いでバターの香りが鼻をスっと抜けたかと思えばなんだか...鉄臭いというか...なんだろうこれは。
けれど一口二口と食欲のまま食べ進めて行くうちに段々と癖になる出会ったことのないその味わいにあっという間に全て食べ終えてしまった。
「これ...食べた事ない味だったけど、凄い美味かった!」
「ほっほんと!?よっ...よかったぁ〜...」
「えぇ〜私も一つ食べたかった!気の利かない奴!」
「みっ美里ちゃんにはまた今度、ちゃんとしたヤツ作ってくるから!」
──────これは弓月くんにしか食べさせれないから...
と、なにやらぼそぼそと聞こえたが、次に食べた市松模様のクッキーもまた非常に満足のいく味でどっちかと言えば最初に食べたブールドネージュの方が個人的には好みだなぁと白石に再度感想を述べ、宿題はまだ序盤も序盤、寧ろ着手前だというのにあっという間に山盛りのクッキーは無くなってしまった。
「はぁ〜甘いもの欲が満たされたぁ〜...って」
「あんたそれ...もしかして一緒に寝てるの?」
「ん?あぁ、これがまた抱いて寝ると夢見がいいんだよ」
平八重の指さした先、ベッド上に横たわる一匹のサメ名前を『しらす』。
その全長百三十センチという大きな体躯とは裏腹に、非常に不名誉な名前を与えられた哀れなサメのぬいぐるみは彼女からゲームセンターでとって貰ったものであり、頂いたその日から毎日欠かさずに抱いて寝ている、一人寝の夜のパートナー的存在だ。
「ふっ...ふぅ〜ん。大事にしてるんだ、殊勝な事ね」
「ちょっぴり女々しいけどねっ!」
「いっ良いだろ別に!お前から貰った物なんだから大事にしたって...」
「///!?」
「うん...まぁ別に良いけど...」
「なんだよそれ...」
「さっさと宿題進めるぞ!」
「うん...わっわかった」
なんだかいつもと様子の違う平八重の態度に歯がゆい、というより面映ゆい気持ちに包まれ、居てもたってもいられないそんな空間、思考を切り替えて再度教科書とにらめっこを再開するも、対面に座る平八重とふいに目が合うとぷいっと逸らされてしまい、なんとも空気の悪いこと悪いこと。
それでもさすがは生徒会メンバー。
午前中のうちに宿題は約半分が終わり、互いに答え合わせをして残りは各自で夜にでも、という事になった。
「明日はノーパンしゃぶしゃぶについて事細かに話し合いたいんだが、二人共都合は大丈夫か?」
彼女達からは夏休みを没収!と予め言ってはあるが、勿論各々やんごとなき予定があるなら話は別だ。
どうしても外せない用事があるならそちらを尊重しない事には実生活がままならないだろう、という所で一応の確認をとってみる。
「私は基本大丈夫かなぁ、夜遅くならなければいつでも」
「良かった、じゃあ明日も──────」
「あっ私、明日はバイトあるから無理」
「あれ?美里ちゃんバイトしてたっけ?」
「はい、二年生になってから始めたんです」
「そっか仕方ないな、じゃあ明日はグループメッセージ上でのやり取りにするかぁ」
と即座に打開策を提案し、可決する。
僕たちももう十七という歳であり、一般的にはバイトをしている高校生の方が大多数だろう。
生徒会という学生生活にプラスアルファした活動と十月前後からは受験に頭を切り替えねばいけない、と言う事もあり、僕と白石は今現在バイトをしていないが、卒業したならその時には本屋か、或いはコーヒーショップででも社会見学も兼ねて働いて見ようと思っている。
平八重美里、彼女は僕と白石よりも一つ下の高校二年生の十六歳。
小柄で細身な一見すると中学生の様にも見える彼女は、その精神性や行動によって実際の歳よりもいくらか大人びて...こそ見えないが実年齢相応に体躯と精神が綺麗につり合いが取られている。
けれど、少々荒い気質の持ち主でもあり、生徒会会議においては度々と生徒会長である僕と衝突をしている。
そんな少々扱いの難しい彼女は一体どんなバイトを選んだのだろうと、ふいに気になって聞いてみる。
「そういや平八重って何のバイトしてるんだ?」
「わぁ!気になる気になる〜!」
白石も気になっていた様子で僕の言葉に便乗する様に続く。
コンビニかな、レストランかな、本屋さんなんかも似合いそうだね!なんて二人で話をしながら平八重へと視線を移すとビクッ!とその小さな肩を跳ねさせる。
「いっ言わない!特にあんた、吹寄だけには絶対!」
またもぷいっと拒絶反応の様に目を背けられ、さしもの僕もこれには少々物悲しい気持ちになる。
けれど、何も彼女のバイト先が気になったのは単なる興味本位だけではない。
それは明日話し合う予定だった議題でもあり、彼女から受けた言葉あっての物で、もしかしたらソレに関連するのではないかと思考を回した結果であった。
「いやさ?バイトの件は別に秘密でも構わないんだけど、明日は衣装の件について平八重に聞きたい事があったんだよ」
「バイトは何時から何時迄で、いつだったら話せそうなんだ?」
「確か、衣装に心当たりがあるって...そう言ってたろ?」
「くっ...!?こいつ覚えてやがったか...」
「当たり前だろ?衣装はノーパンしゃぶしゃぶにおいて最も重要と言っても過言ではない!」
「それに現状手配も下調べだって未だ済んでないんだ、平八重の心当たりって奴の有無によっては、直ぐにでも他を当たらなければならない訳だし...」
「ぐっ!わっわかった!...じゃあ...うん。その、わかった!」
「二人共あした──────うちのバイト先に来てっ!」




