第21話「終業式は大波乱?!」
「なぁ、今日の僕はどうだ?」
「うん!『今日も』バッチリだよ!」
「憎たらしいけど、まぁいつもどうり、気品のある出で立ちじゃない?」
「それを聞いて安心したよ、じゃあ二人共、行こうか!」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
七月二十日、夏休み直前、最後の登校日となる今日、テニスコート六面分もある広い体育館には一年生から三年生までもが所狭しビッシリと揃い、けれども一切の乱れなく、簡素なパイプ椅子に整然と着席している。
いよいよと迎えた一学期の終業式、今日この場で僕たち生徒会は来たる文化祭の三年四クラス合同出し物『ノーパンしゃぶしゃぶ』を大々的に発表する。
不安は無い──────といえば嘘になる。
けれども、決して言葉や態度には出しはしない。
自分自身、やれる事はやって来たつもりだ。
それに僕には生徒会メンバーや長万部先生、それから理事長先生までもが味方についている。
ならば後は、やってやるだけ!
実に──────簡単な仕事だ。
「弓月くん、台本は?」
「大丈夫、必要ない」
白石から差し出されたルーズリーフを受け取ることなく歩き出す。
壇上では既に校長先生と教頭先生が式を取り仕切り、形式的な挨拶と夏休み期間の注意事項等をスピーチしている。
そんな長く堅苦しいスピーチの終わり
──────続いては生徒会長よりのお言葉。
なんて仰々しいお呼び出しを受けて壇上の中央、講壇まで姿勢を正して歩を進める。
「あんた、本当に大丈夫なんでしょうね?」
同じく左右に付き従う様に平八重と白石も続く。
平八重 美里、彼女の怪訝そうな表情とその言葉を受け、一つゆっくりと確かに頷いてみせる。
「あぁ、任せてくれ」
「まったく、なに格好つけてるんだか...」
普段厄介な彼女の憎まれ口もことここに至っては身が引き締まる良い物に受け取れた。
緊張と緩和とでも言うのか、いくらかリラックス出来た気がする。
一層と背筋をただし、少しばかり低めのマイクの位置を整えると、一身に注がれた生徒のみならず教師陣の視線を受け、いよいよだ、と再度身を引き締める。
「白石せんぱい?吹寄なら...きっと大丈夫だよね?」
「美里ちゃん心配しなくても大丈夫だよ」
「絶対に上手くいく。だって...弓月くんは」
「バカで変態で妙ちくりんだけど、私達の生徒会長は」
『全校生徒の憧れな、生徒会長だもんね』
『全校生徒の憧れの、生徒会長なんだから』
ボンッっというマイクに手の触れた音を皮切りに、僕は人生で一番の意味を込めて、大きく口を開いてみせる。
『え──────全校生徒の皆さん。こんにちは本学園生徒会長を務めます、吹寄 弓月と申します』
声のチューニングも兼ねて、簡単で型式的な自己紹介から入ったスピーチ。
けれど先程までの校長先生並びに教頭先生のスピーチ時には静かに傾聴に徹していた生徒たちの間から、少しづつのざわめきと、黄色い声が漏れ出す。
「よっ!生徒会長様!」だとか「キャー!!」だなんて男女問わず飛び交う歓声の中には、まるで人をジャンプスケアか何かと勘違いした叫び声までもが混ざっている。
「やっぱり弓月くんって人気凄いよね...」
「まるで新興宗教の教祖様ね...」
すっかりと整った声。
そんなガヤなど意に介さず、用意してきた既に暗記済みのスピーチを続ける。
「陽光の眩しい初夏の訪れを感じる季節となりました。本日、こうして皆さんと共に、無事に一学期の終業式を迎えられたことを、心から嬉しく思います。」
「この一学期、皆さんは新しいクラスや環境の中で、勉強に、行事に、そして部活動や委員会活動に、本当に一生懸命取り組んできました。それぞれの場所で流した汗や、仲間と協力し合った経験は、皆さん一人ひとりを大きく成長させたはずです。」
もうこんな感情の一切の無いスピーチなど、誰も求めては居ないだろうに...とは思いつつも一応の式の体裁を保つためにも行っている訳だが
『キャー──────生徒かいちょーーーー!!!』
一人二人、十人、二十人とそれ以上に湧き上がる歓声と悲鳴にも満ちた雄叫びがマイクを通しての僕の声をかき消す声量で鳴り響く。
雄叫びとは言ったものの、これは殆どが女生徒の叫びである為、雄叫びと言うよりは雌叫びと言った方が正しいか。
「すっすごい歓声だね...やっぱり弓月くんって改めて求心力というか、なんだがもはや魔法の域だよね」
「ちょっとあんた!鼻の下伸ばしてないでしょうね!」
両サイドからもなにやら小言の様なヤジを受け、少々辟易とするが、型式的な挨拶はここまで。
ここからはいよいよと、本題とも呼べるスピーチに入る。
ここが正念場。
両サイドの二人からの熱い視線と期待に満ちた表情を受け取り乾いた喉から振り絞る様に、切り出す。
『僕から皆に少々大事な報告、というか発表があるんだ、聞いて欲しい』
すっかりお祭り騒ぎになった体育館内、再度傾聴に徹する様に呼びかけ、騒ぎも落ち着いたのを見計らって続ける。
『話というのは来たる文化祭、三年四クラス合同の出し物についてなんだが...』
自ら切り出して、なんだが違和感を覚える。
僕の、人生を賭した集大成だと言うのに、こんな形式ばった言葉ではきっと皆に想いは伝わらない。
そう思った僕は、思考を一新切り替える。
ここは生徒会室、白石と平八重、それから長万部先生のいる場所。
いつもの、本当の自分で──────。
『いや...──────茶番は終わりにしようっ!』
『民草の諸君、傾聴に徹して心して聞け!!』
「「な!?」」
「ちょっ!?ちょっと吹寄あんた!」
「弓月くん...?」
驚きの声を上げたのは生徒会の二人だけではない。
先程静寂を取り戻したばっかりだと言うのに、再度ざわめきのひしめき合う混沌と化した体育館、今度は静寂など待たず、一層と声を大きく振り絞って続ける。
『今年度、僕たち生徒会が三年合同で行う出し物は──────……』
『──────ノーパンしゃぶしゃぶだっ!!!』
瞬間、静まり返る全校生徒。
ある者はあんぐりとその口を丸く広げ、またある者は隣のものと自らの聴き間違いかと耳を疑う。
けれど一貫しているのは驚愕に見開いた目と、事態を飲み込めない呆けた表情。
そんな静寂も一瞬の事、コンマ二秒次の瞬間...
『え"え"え"え"え"え"え"──────ッ!!??』
全校生徒による一斉の大合唱が耳をつん裂く声量で鳴り響いた。
その反応に確かな手応えを感じ、グッと拳を握ると、更にその詳細を...とマイクを握ったその時。
『ちょっといいかな』
と、白髪オールバックに白く整った髭、仕立ての良いスーツ姿にペイズリー柄の上品なネクタイを結んだ初老の男性がカツカツと音を立てて壇上にあがってくる。
「あっおじい様...!」
「ここで理事長先生のお言葉とは、これはもう一湧きするかもな」
少々想定外ではあるものの、このタイミングでの理事長先生の言葉は決め手になる。
と思った矢先、なにやら慌てた様子の平八重が静かに耳打ちしてくる。
「ねぇ、あれって…」
「...風紀委員長の蕪木さん?」
バッ!と視線を体格もよく上背のある理事長のその後ろへと移すと、小さな人影が見えた。
ブレザー制服をキッチリカッチリと纏い、前髪をピシッと切り揃え、膝下まであるスカートの先から濃紺のタイツを覗かせる小柄な女生徒。
特に注視したのはその肩付近に巻かれた腕章。
風紀委員の四文字の記載のある金縁のソレだった。
それは、それを纏うはこの学園の風紀委員長...
──────蕪木 甜歌。
「おい...白石!?どういう事だ、理事長は賛成派なんじゃ...どうして甜歌ちゃんと」
「わっ私にも分からない...おじい様、どうして...」
「生徒の皆さん、どうもこんにちは」
そんな我々の狼狽など露知らぬ様子で後ずさった僕たちの前へと二人並んで立つと、間髪入れずおもむろにマイクを握る理事長。
「終業式、既に皆さんお疲れかと思うので手短に、少々私からの見解をお話させて下さい」
「生徒会長の発言にあった催し物について、私から、この学園の最高責任者として発言をさせていただきます」
もはや第一声から雲行きの怪しい滑り出し、これにはさしもの僕も平常心では居られない。
そんな僕の不安が伝染したのか、白石と平八重、両隣の二人も今にも泣き出しそうな不安げな表情を浮かべている。
良く通る芯のある声で続けられる理事長の演説に、先程までの宴状態は既にお通夜の様に様変わりしている。
「先ず、第一に生徒会長である彼の発言にあった催し物について...公序良俗に反する。という事を皆に理解してもらいたい」
「──────なッ!?」
まずいまずいまずいっ!!この流れは...想定外だ!
いや、考えなかった訳ではない、けれど根回しは済んでいたと、慢心していた!
このまま傍観していれば、まず間違いなく棄却される...そう思い慌てて理事長へと向かった僕の前へ、風紀委員長、蕪木甜歌が滑り込む様に立ち塞がる。
「国の未来を担う若者の健全な育成を目指す高等教育において、言語道断、社会通念上とても看過できない物であると、言わざるを得ない」
「頼む!甜歌ちゃん...どいてくれっ!」
「吹寄!だから私は言っただろうっ!絶対に許さないとな!」
「ぐっぬぅ...!」
してやったり満足気な表情を浮かべる甜歌ちゃんは尚も僕の進行を阻む様に立ち塞がり、刻一刻と悪化の一途を辿る事態を、演説を歯がゆい思いで見詰める事しか出来ない。
「生徒会長...いや吹寄弓月!ここで今一度頭を冷やせっ!お前は少しおかしくなっているだけだ、そうだろう?」
「ちがうっ!これは...これは僕の...夢──────」
諭す様な彼女の態度に、こうなれば多少手荒にでも...と彼女の肩に手を掛けたタイミング
「──────だが、しかし」
「私はどうにも足並みを揃えて皆が皆盲目的に同じ終着点を目指すという物が好きではない」
「そして、個人の思想を縛り付けるという事は、可能性を奪うという事に他ならない」
「それが例え『ノーパンしゃぶしゃぶ』などという一般的に品性下劣と呼ばれる様なものであったとしても、少なからず得られる物があると、皆ならそれを糧に成長してくれると、私は信じている」
「!?理事長...」
もうダメかと諦めかけたその瞬間。
一転攻勢、息を吹き返したノーパンしゃぶしゃぶに、理事長の発言に、間一髪の所で救われた。
勿論、理事長の発言による事態ではあるのだが、ともするとこの流れ無くしては成立しなかったのではないか?と理解させられる。
ほっと一息着いたのも束の間、したり顔を浮かべていた甜歌ちゃんは驚愕に目を見開くと眼光を鋭く尖らせ、理事長先生に食い下がる。
「──────なッ!?」
「理事長先生どういうつもりですかッ!!」
がなり声を上げて追い縋る甜歌ちゃんへと振り返った理事長、その顔はまるで子供をあやす様な悟りめいた物を感じる物で、ただ悠然と片手で彼女を制止しては、マイクを離し、演説から彼女個人への発言に切り替える。
「何も人命に関わる様な事ではないんだ、皆が選んで決めた事であるなら、私はそれを尊重しよう...それで構わないな?風紀委員長」
「まっ待ってください理事長先生!!そんな...そんなのめちゃくちゃです!」
僕は尚も諦めない甜歌ちゃんへと歩み寄ると、すっかり乱れた事態の収拾を目的に語りかける。
「甜歌ちゃん、理事長先生がこう仰ってるんだ」
「これ以上の場を乱す発言は、野暮って奴じゃないか?」
そんな僕の発言に溜飲の下がらないどころか上がる一方の彼女は耳先までを怒りで赤く染め上げ、もはや式など意に介さず叫ぶ。
「みっ...皆──────トチ狂ってるッ!!」
子供の駄々のように暴れる彼女。
今度はその鋭く尖った眼光を僕へと向けると、勢いよくネクタイを引っ張りあげられる。
「吹寄っ!!!私は...私は皆を先導し正しく導くお前の姿が...ずっと...ずっと...」
「...お前は一体何がしたいんだっ!!」
「ノーパンしゃぶしゃぶだっ!」
「ぐッ!?まだ言うかっこのっ──────!?」
「言ってるだろ?ずっと、これは僕の夢、野望なんだ、そしてそれは今、この学校の皆の夢に変わった」
ネクタイを、胸ぐらをがっしりと掴む彼女へとなるべく琴線に触れぬよう、細心の注意をはからいながら、ぽんっと優しく肩口に手を置いて耳打ちするように顔を近づけて話す。
「ゔっ...ぐうぅ...」
もはや怒りとも悲しみともよく分からないぐちゃぐちゃになった表情を浮かべる彼女。
その肩が不随意にふるふると揺れ動くのを感じ取ると、瞬間...ぽたぽたと顎先から滴るほどの大号泣。
「あっ!...あの甜歌ちゃん?その、大丈夫か?」
「──────大丈夫なものかっ!!」
「ふっふぅ...ぐぅ...わっわだじはっ!!」
「それでも絶対に...──────絶対に認めないからなっ!」




