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第20話「終業式目前!!」

起き抜けのやけに大きな心拍音を逃がさない様に慎重に瞼を上げる。


木枠のベッドから慣れた動きで身を転がし、起き上がろうとすると体長約百三十cm程のサメのぬいぐるみにそれを阻まれる。


ファー生地にこれでもかと綿を詰め込んだ低反発かつ重量級のサメのぬいぐるみ、名前を『しらす』。


昨夜人生で初めて──────というわけでは勿論ないのだが、ここ数年年相応の遊びという奴とは縁遠く、小学生以来、実に約六年ぶりに訪れたゲームセンターで生徒会役員の会計兼書記を務める平八重 美里からその寵愛久しく取っていただいた物だ。


帰りしな彼女の風変わりなネーミングセンスによって決まったその名前に、本人、いや本魚も瞳をバッテンに縫い付けられたイマイチな顔を浮かべている。


なんだか感慨深いそれの鼻腔からエラ孔、それから背ビレ尾ビレと撫でると、思考を切り替える様に冷房によく冷やされたフローリングに降り立つ。


トントントンと小気味の良い鉄と木のぶつかる階下の鼓音で次第に冴えてくる頭と脳。


母親に促されるまま着席しその背中をぼんやりと眺めていれば、やがて運ばれてくる粒のたった純白の白米と、葉物を中心に組み立てられた味噌汁とそれから昨夜の余り物。


あぁ日本に生まれて良かった…なんて漆塗りの器に並々と入った味噌汁を啜りながら、世界なんてものの一%程も知らない癖に思ってみたりしている。


見れば既に時刻は七時三十分を回っており、慌てて食事を終え、同じく慌てて身支度に務める。


紺色のブレザー制服には一切のシワが無い、母がアイロンがけをしてくれた様だ。

ネクタイだって、簡素なデザインではあるがまるで僕の為にその存在があるのかと言うほどにおあつらえ向き、心身ともに凛とさせてくれる。


磨かれた真っ白な並びの良い歯。

キリッと整った眉毛。

寝癖一つと無い頭髪。


一頻りのルーティンとチェックを終え外へ出て見れば雲ひとつと無い青々とした空は快晴と呼ぶに相応しく、気温は高いが吹く風は乾いた物であり、心地良く全身を撫でる。


今日は、今日という日はまるで『その』為にある様な物だ。


華々しい──────晴れ晴れしい。


お天道様や見知らぬ名前も知らぬ神や宇宙の民までもが僕を、僕の野望を祝福し今か今かと待ち望んでいる様だ。


あぁ…今、きっと世界は僕を中心軸に回っている。

そんな気さえする。


履きなれた靴の踵から足先、一層の力を加えて足早に向かった最寄り駅、駅前ロータリーのバーガーショップ前、待ち合わせた白石 穂乃美の姿を見つけると不随意に胸の内から込み上げて来た言葉をそのまま、目の前の笑顔を浮かべる彼女へと共有も兼ねて投げる。


「お待たせ、白石!今日は、今日と言う日は」




『──────ノーパンしゃぶしゃぶ記念日だっ!!』




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




「さあっ二人共!待ちに待ったノーパンしゃぶしゃぶ記念日だ!」


「…誰も待ち望んでなんていないんだけど」


「わっわぁ〜っ!!」


生徒会室の扉を開け放って声高に放った第一声。


ぱちぱちばちっと白石の鳴らす拍手の音が静かな生徒会室に響く。

ロングデスクに並んで座りお弁当を広げている彼女たち平八重と白石。


その中央、奥側に位置する自席のホワイトボードの前まで進み、彼女たちの、同好の士のその勇敢な尊顔を眺める。


傍らで雄々しく揺れる最初期には二枚ばかりだったサンセベリアの葉も、今ではその数を八枚にまで増やし、費やした年月と月日、時間の流れを表すと共に僕たちの門出を祝ってくれている様な気がする。


午前中の授業を終えた昼休み、示し合わせて集まった生徒会メンバー。

直前の体育の授業の余波もあり、ややもあって遅れて到着した生徒会室には既に二人の姿があった。


先程まで歓談に勤しんでいた表情は朗らかな笑顔から神妙に変わり、頻りに口元へと運ばれていたお弁当を食べる箸も置かれ、二人のその眼差しは一身に僕、生徒会長である吹寄弓月へと注がれる。


「あ〜…えぇ…こほんこほん、静粛に」


「してるでしょうが」


「なんだか弓月くん珍しく緊張してるね」


そんなズッコケ某三人組の様な役割分担ボケツッコミの様なやり取りをオープニングアクト代わりに、早速の本題を切り出す。


「間もなく迎える一学期終業式、夏休み前のこの日全校生徒の前で三年四クラス合同の文化祭の出し物……」


『ノーパンしゃぶしゃぶを大々的に発表する!』


ぱちぱちぱちとまた空虚を助長する様な白石の拍手が響く室内、やっぱりか…と項垂れた様子の平八重が気だるげな表情でその重い口を開く。


「ねぇ、今更なんだけどさ、私達は…兎も角として他の子たちは賛成すると思う?」


「平八重、僕の積み上げた人望と類稀な人心掌握術を舐めてもらっては困るな」


チッチッチと人差し指を慣れない動作で振ってみたりしながら、彼女の疑問提起とその不安を払拭するために乾いた口内を白石からふいに差し出された水筒のむぎ茶で潤し再度口を開く。


「生徒会である僕らは勿論、顧問である長万部先生に、それから理事長先生」


「そんな有力者が肩を並べて登壇し、発表した物に対して一般の無力な雑輩…ごほんっ民草は疑問など抱かないのさ!」


生徒会長である僕自身の積み上げに積み上げた人望。

磨きに磨いた自己。

そして学園の最高責任者である理事長と、その孫娘である白石穂乃美の存在。


それから一部の男子生徒から大人気、もとい劣情由来のファンクラブまで出来ている平八重に、規律規範の象徴、大人の模範である長万部先生まで加わった理想的な編成。


この編成でなら、どんな難攻不落なダンジョンやバベルの塔だって攻略出来るはずだ。


「そして既にして、この学園の意思決定者は他でもない僕である、失敗は決してありえない!」


スタンディングオベーション、壇上に立つ僕らを包む一斉のライトアップと拍手喝采が目に浮かぶ。


ある者は喜びにその身体を震わせ踊りだし、またある者はとめどない涙で瞼を腫らすかもしれない。


「お前たちは大船に乗ったつもりで僕に着いてきてくれ!……必ず、必ず最高のノーパン体験をさせてやる!」


「ぜんっぜん嬉しくない上に泥舟の匂いがぷんぷんとするんだけど!!」


すっかりキメ顔で固めていた僕に平八重の痛烈な批判がザクザクと音を立てて突き刺さる。

その間、なんだがもう一人からのレスポンスが無いなぁとその大きな双丘を揺らす女生徒を見れば……


「えっ…?にっ匂い!?さっきちゃんと後片付けして…」

頻りにスカート周りを、鼠径部から大腿筋、内転筋から大臀筋辺りを執拗に気にしてあわあわとしている彼女を見つける。


「おい……白石?」

「しっ白石せんぱい?」


「あっあぁ!船!船の話だったね!そうだなぁわたしはマグロっ!マグロ物が好き…かなぁ?」


「お前!僕の話を殆ど聞いてなかったんだろっ!」


「ごっごめんなさーいっ!」


彼女の言うマグロ物とは一体?…などと栓のない思考に横槍を入れられはしたものの、当初の議題、彼女達を集めた目的である話は着々と順調に進み、終業式に向けた運命の日、その準備が当面の生徒会の仕事になった。


「でもさぁ?」

「なんだって理事長先生はそんなに乗り気なのよ」


「うむ確かに…ガッツリ世代だってのもあるが……やっぱり血は、争えないのかもなぁ?」


チラリ横を見やればいつぞやの桐箱を取り出しては我が子のように愛でている白石。

頬を赤く染め、だらしなく口角の上がった口元からはきらり光る唾液が滴っている。


「白石お前また……」

「えっ!?ううん、聞いてる!ちゃんと聞いてるよ!」


「おじい様の事だよね、えっとうん。相談したら任せなさいっ!って一言だけ……」


「なんだそれ、最高のおじい様じゃないか」


とは言ったものの、きっと理由としては孫可愛さ、というのが勿論一番にあるのだろう。

が、それ以外にもきっと理事長の気質というのか、本能ともフェチシズムとでも言うのか、そういった物が大きく寄与している様な気がする。


きっと彼女の稀代のドスケべさは代々と白石家に継承され続けて来たもので、一家相伝、門外不出の特殊能力の様なものなのだろう。


そんな彼女達あってこそ、実現までようやっとのところまでこぎ着けれたと、良い仲間、繋がりを持ったなぁと、ふいに涙が流れそうになるのを既で堪えると、不随意に意図せず無意識に、口が肺から出た空気を音に変え、喉を震わせる。


「白石穂乃美!平八重美里!僕は──────お前達が大好きだ!」


涙を押し殺したそのまま、昂った心をそのまま剪定する事なく、目の前の彼女達へと素直に伝える。


「は…はぁなにを急にっ///!?」


「ゆっ弓月くん///!?一体どうしちゃったの?」


不意をつかれた彼女達はガタッ!!と机を揺らし弁当箱が落ちそうになり、注がれた水筒のお茶もほんの少しだけ溢れる。


「お前達なくして僕の野望はきっと叶わなかったろう、ともすれば足掛かりも見つからなかったかもしれない……」


「心から感謝する!」


それでも構わず進めると、二人は安堵と落胆の入り交じった表情、それからやぶさかでもないといった表情に変面よろしく切り替え、納得の言った表情で平静を取り戻した。


「なっなんだぁそういう事かぁ〜」

ほっと一息、その大きな胸を撫で下ろす白石。

深呼吸の後、注がれたお茶を一息に飲み干している。


「まっ…まぁ?悪い気はしないけど…」

クルクルと、所在なさげに頻りに後れ毛をいじいじとする子供っぽい平八重は、まだ何か言いたげな表情で「で・もっ!」と一拍溜めて小さなお口を丸く大きく、八重歯鋭く開く。


「まだ叶った訳じゃないんだから、喜ぶのは早いんじゃないの?」

そんな至極当然な彼女の指摘を受け、待ってましたとばかりに僕は即答する。

「あぁ、だから…」



「お前たちの夏休みを全部──────僕にくれないだろうか!!」

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