第18話「平八重 美里という女の子③」
それから十分程で再度彼女とは合流し
「トイレにしては長くない?」なんて、不名誉な濡れ衣を被せられたりした。
その後もレースゲームで対戦を行い、アイテムを執拗にぶち当てた事による怒りを買ったり、シューティングゲームでは僕のまさかまさかの才能が開花してみたり、ホッケーの勝敗でジュースを奢る…なんて事をしたりしているとあっという間に時刻は二十時を回っていた。
「はぁ〜…楽しかったぁ!!」
「あぁ、ゲームセンターって奴は日本の誇れる文化の一つだな…」
両手いっぱいに広げ二人並んで伸びをする。
それなりに重たいサメのぬいぐるみと自分の荷物の荷重で少しばかり疲れを感じ始める。
けれど胸はどうにもいっぱいで、多幸感に包まれている為、本格的に疲れを認識するのはきっとずっとあとの事だろう。
ほんのりと空き始めた腹の虫が二人同時に鳴ったのはその直後の事。
ゲームセンター隣に位置するクレープ屋の生地の焼ける香ばしい匂いが空腹を助長してくる。
一も二もなく二人顔を付き合わせて意志の疎通をし、この遅い時間でも列のたえないクレープ屋の後方へ二人して並ぶ。
よく出来た食品サンプルを見ている間に列は砕け僕はシーチキンサラダ、彼女はマシュマロティーいちごアイススペシャルという値段が倍は違うのでは?という豪勢な物を選び、あっという間に出来上がったクレープを受け取る。
店前の円形の十人ほど座れそうなベンチは既にアベック達でうまっていた為、階段の端邪魔にならない位置に並んで腰掛ける。
夢中になって食らいつく僕の隣、盛りに盛られたクレープの先、ふわふわのホイップクリームを僅かに口にした後黙りこくってしまう彼女。
「好みの味じゃなかったか?僕のと交換…は口つけちゃったしな…」
「ううん、そういう訳じゃない」
溶け始めたアイスが彼女の指先を伝って行くのを見ていると、ふいに彼女がこちらを見る。
「ちょっとはさ…息抜きになった?」
「ん?あぁ、もちろん!ちょっとどころか大いに息抜きになったよ」
と口いっぱいに残りのクレープを含んだタイミングで話しかけられた為、少しモゴモゴとしながら即答する。
「そっか…なら良かった」
何か言い淀んだ様子があったが深追いはしないでおいた。
一口、また一口と小さな口を頻りに動かしながら食べ進めてはいるがやはりクレープは段々と溶け始めている。
「あの…さ?なんでまた高校最後の文化祭でその…風俗紛いな事しようとしてるのよ」
「平八重は、風俗は嫌いか?」
「あっ…当ったり前じゃん!この!令和の時代にお金払って女の人を買おうだなんて…鬼や悪魔じゃないとそんな事出来ないっての」
突然な問いに適当な返しをしてしまったが故に彼女の怒りに触れてしまった。
だが、そんな会話を通して彼女が言わんとしている事がなんなのか、今日この時間の目的がなんなのか、ふと合致がいった。
「僕が疲れから正常な思考が出来ていないと…心配してくれてるのか?」
日頃の疲れから、ノーパンしゃぶしゃぶなどという突拍子も無い事を言い始めたのでは…と彼女は思っている。
「べっべっつに!…そういう訳じゃ、なくもない…けど──────むぐぅ!?」
慌てた様子でクレープを口いっぱいに入れた彼女はごぼごほとむせかえる。
慌てて先程買った水を差し出すと残り三割程だったソレを飲み干し苦悶の表情から回復した。
「はぁ〜…良かった!」
「何が良かったのよっ!」
「いやさ?僕はずっと、平八重に嫌われてると思っていたから」
「そんな事…」
事実、生徒会役員だけでなく関係者、顧問である長万部先生よりも、彼女からは確かな距離を感じていた。
「平八重が生徒会に入った時も、白石とは良く話すけれど僕とは一線引いている感じだったし、ことある事に僕たちは衝突してるだろ?」
何をするにもとにかく僕たちは否定から始まり、互いの納得のいく肯定まで持っていくのに必ず白石や長万部先生を仲介に挟んでいた。
「それはあんたが珍妙な事ばっかり言うからでしょ」
「まぁ正直それは否めないな…」
思い返せば、生徒会メンバーには無理難題、無茶を押し付けて来たと、今更ながら内省する。
三年、最後の年となった今改めて見返せば彼女達無くして、生徒会は成り立ってはいなかっただろうと強く思う。
「前任の生徒会役員達が卒業してからずっと不安だったんだ、僕に会長が務まるのかどうか」
「みかねた白石が生徒会に参画してくれて、どうにかこうにか二人でやってた時に平八重が来てくれた時にはホッとしたもんだ」
会長と副会長、それから二人で会計に書記も兼用、とにかく忙しかった。
猫の手も借りたいとはこの事かと当時は本気で思っていた。
「内申点、欲しかっただけだし…」
「内申点か…いつだったか学年主任と髪色の事で揉めた事があっただろ?今じゃもうかき消すくらいには立派に活躍してるんじゃないか?」
確かあの日は、二度寝による寝坊を決め込んで、慌てて校門に滑り込んだ先、学年主任と平八重が言い争ってたんだ。
「なんで、そんな事覚えてんのよ…」
「忘れる訳…ないだろ?」
「え…?」
「学年主任のあのゴリラと豚を混ぜた様な醜悪な化け物に!小さなハムスターみたいな女の子が襲われてるっ!って…助けるのに必死だったからな」
「こういう時僕は、とにかく弱い者の味方をする!そう決めてるんだ」
理由なんて後で聞けばいいだろ?の精神でとにかく弱者救済に従事する、これは生徒会の役割、というより僕の気質故だろう。
実はその際足はがたがたと震えてたんだ、なんて付け加えてみれば、なんともみっともない話ではあるが。
「…ぷ」
「なにそれ、あんた馬鹿じゃん?」
薄く笑ってみせた彼女に、ふと安心感の様な物を覚えると色濃く残っている記憶の中、一際鮮烈な物を思い出す。
「それに」
「やっぱり僕は平八重のその赤髪が好きだよ」
陽の光を受けると秋の紅葉したカエデの葉の様に朱色に色づき、月の光を受ければ躑躅色の花の様に見える。
その彼女の髪色に、あの日確かに心惹かれた。
「だから平八重が生徒会に来てくれた時にはまた近くで見れるって嬉しかったなぁ〜…っておーい平八重?」
俯いたまま返答のない彼女、さっきみたいにクレープを喉に詰まらせたか!?と思い執拗に肩を揺さぶってみる。
「おい平八重!大丈夫かっ!?」
「……さぃ」
「うっさいばか…ちょっとほっとけ…ばか、ほんっとばか」
心配しただけなのに…、と自分でも眉が八の字形になったのを自覚する。
そして今日一日だけで「ばか」の二文字を何度浴びせられるんだろうとやや辟易としていると「ねぇ…?」
と蚊の鳴くような声、枯れて掠れて、くぐもった声が聞こえる。
これが先程までいたゲームセンターの中であったならまったく聞こえないどころか気づきもしないような小さく萎れた声。
「私が手伝ったら、吹寄は嬉しい?」
今度はハッキリとした声が聞こえた。
顔は背けられたままなので、声向きは真逆に行っているが、それが確かに僕に対して言っているのだと「吹寄」という僕の苗字が強く認識させる。
「吹寄って…また随分と珍しい呼び方だな。いつもはお前とかあんたとかそんな…
「嬉しいか嬉しくないかっ!二択で答えてっ!」
「そりゃ平八重が手伝ってくれるのは嬉しい…それにお前が居なくちゃダメだって、初めからそう思ってる」
「…そっか」
沈黙、とても耐えかねる沈黙。
時間にしたら恐らく二分も経ってはいないだろう。
だっていうのに謎のこのプレッシャー…ともすると見立て通り長万部先生なんかよりもずっと協力を取り付けるのは大変なのではないかと改めて彼女の難攻不落具合を認識する。
「そっかそっか…ふぅ〜ん」
「なんだよ…言いたい事があるなら…
「いいよ」
「…へ?」
「いいよ──────って言ってんの!」
突然振り向いたかと思えば耳元で叫ばれ、酩酊状態の様に思考と視界がグラつく。
彼女の発した言葉は、きっとずっとシンプルな言葉のはずなのに、その三文字ばかりの言葉を上手く理解出来ない。
「えっと、それはどういう?」
信じられない程柔らかいナニカが耳に触れた感触と、鼓膜の揺れる不快感に耳を抑えながら再度、改めて、正式に彼女に問う。
「私も、手伝ってあげるってそう言ってんじゃん」
「…ほっほんとか!?」
「なに…?やっぱり嬉しくないって言うつもり…?」
「いやっいやいやいや!超嬉しい、最高、平八重様、美里様…ありがとうございます!」
「喜び過ぎじゃん…ばっかみたいっ」
喜びと感謝に平伏する姿勢の僕にいつもどうり、平常運転で悪態をつく彼女。
残った半分ほどの既にほとんどが溶けてしまったクレープを口に放り込み、長い咀嚼、喉を通るこきゅっという音が聞こえると再度、今日一日で既に十回以上、出会ってから数えればもう何十回では足りないであろう言葉…
「ほんっとに吹寄 弓月は…」
「──────大ばかやろうなんだから」
そう、月明かりにも街灯にも、ゲームセンターのネオン光にだって負けない笑顔でそう言った。




