15話「田村くんと雪苺ちゃん」
窓から覗かせる辺りはすっかり暗くなったと言うのに、妙に眩しく感じるのは、期待に目を煌々と輝かせる白石穂乃美と、発光してるんじゃないかと思うくらいに真っ赤に染まり、頭の先つむじの辺りからモクモクと、ぷしゅーと音を立てて煙を出している、長万部雪苺のせいだろうか?
『──────きっキス?こ、ここでするのっ!?』
「もちろん!今ここで…僕と白石がその見届け人だ!」
驚愕に目を見開いた田村くんを雪苺ちゃんの前へと誘導し座らせる。
取り囲む様にして白石と連なって立つことで万が一にも窓から覗かれる心配もない。
キスとは一体なんだろう?突然だがそんな疑問提起をしてみる。
キスとは自分の唇を相手の唇や頬、手などに接触させ、愛情や親愛、敬意などの気持ちを伝える行為。
そして事ここに至ってのキスの意味はただ一つ愛情表現。
「さぁっ!キスを!ちゅーを!接吻を!そして心からの口付けをっ!」
そうウザったらしく囃し立てる言葉など、もはや二人の耳には届いていない。
互いに正座の形で向かい合う。
どちらからともなく進み寄ると、涙で腫れぼったくなった瞼をゆっくり閉じた雪苺ちゃんの肩を田村くんがソッと握り
──────…ゆっくりと…近づき…互いの口を
「…やっぱり!やっぱりできないよっ!」
触れる寸前、慌てて顔を背けた彼を前にショック過多、もはや抜け殻となった雪苺ちゃん。
魂の抜け落ちた身体を力無く横たえてなにやらブツブツと希死念慮を匂わせる独りごちを繰り返している。
「なにやってんだ田村くん!この意気地無しっ!」
「田村くんのすかぽんたすっ!」
罵詈雑言飛び交う室内はカオスに包まれ、事態は段々とすえひろがりにややこしくなる。
「だって心の準備が…そうだ!卒業式の日に…なんて…ダメ、かな?」
この後に及んでこのおとこ女は…等と罵りたくなる気持ちを抑えつつ、どうにか雪苺ちゃんにとっての最善を…と模索するが、これに限っては当人同士以外に出来ることは無さそうだとやんわりと諦めムードが漂う。
「いいわけ…──────あるかぁ!」
と声高に発言したのは僕でも、白石でも、勿論田村くんでもない。
床をベッタリと涙で水溜まりを作っている彼女、横たえたその姿のまま、涙で枯れた声で大きく発したのは、雪苺ちゃんだった。
「わたし、こんなに人を好きなのはじめてだからっ…怖くて、若くて可愛い子なんて沢山いるのに…わたしなんてって…!」
「だからっ…」
「いまっ!してくれないなら…別れるっ!!」
そう自らの心の澱の様な物を、その一切を吐露する彼女。
自分は年上だからと、大人だからと、生徒であるからと我慢に我慢を重ねて来たこと。
けれど独り寝の夜、不安に押し潰されそうで、耐えかねて『こんな物』まで用意して強引にでも…と。
「ゆきめちゃん…そこまで…」
そこまで思い悩ませてしまっていたのだとようやっと気づいた様子の彼。
あれだけ甘ったるくチューをせがんでいたのも、彼女なりの照れ隠しだったのかもしれない。
真剣なキスを拒まれでもしたら、きっと立ち直れないから。
そんな思いも、あったのかもしれない。
「田村くん!長万部先生が待ってるよっ」
「田村くん漢だろう!ほら…彼女はもうずっと前から、心の準備、出来てるみたいだぜ!──────って…あれ?」
そうぽんっと軽く背中を押してやると、自分でもビックリするくらいに彼の体が前へと動いた。
転げる様に、赤子のハイハイの様に勢いよく、決して格好良い所作とは言えないが必死に彼女へと向かう田村くん。
『──────ッ///!!??』
「はっ///!弓月くん…弓月くんっ!?あれって!?」
「ん〜…あそこまでするとは…思わなかったなぁ…」
押し出された勢いのまま、雪苺ちゃんへと力強く抱きつく田村くん。
よく見れば華奢な身体を、ピクリと一度震わせ、やがて大人しくなる雪苺ちゃん。
カチッと鈍い音が、歯と歯が当たった物だと理解する間もなく、重なるくちびる。
頭を上下左右斜めと動かしながら、互いの頭部を両の手で掴んでするキス。
洋画の濡れ場なんかで見るアッツアツのやつ。
見れば、いや、あんまり見たくは無いんだが…なんだか舌も入れている気がする。
ちゅぷちゅぷと嫌なリップ音が響き渡る室内のあまりの居心地の悪さに、感動を差し置いて段々と胃液が込み上げてくる。
恍惚の表情を浮かべる雪苺ちゃんと田村くんは二人にしか聞こえないトーンでおでこをピッタリとくっ付けてなにやら語り合っている様子。
もはや僕達は蚊帳の外、姿すら見えていないだろう。
横を見やると、なぜだか二人と同じく恍惚の表情を浮かべている白石穂乃美の姿があり二人を舐めまわすように観察している。
意識してか無意識か、彼女の手は自らの内転筋辺りに段々と…と一線を超えそうな彼女を慌てて制止し、僕も、僕のための目的を果たす為にポケットに忍ばせていたソレを手にうごく。
──────パシャッ!
『なっ吹寄くん!?』
『ふっ吹寄おまえっ…!?』
一瞬にして現実へと引き戻された二人を尻目に、近頃の携帯のカメラは随分と綺麗に写るなぁと思いながら、液晶画面の中で熱いディープなキスをする二人を見る。
「吹寄おまえ…!一体どういうつもりだっ!」
「どうしたもこうしたも、長万部先生、これは社会的地位を利用した立派な不同意わいせつ罪ですよ?」
携帯に写る二人をまざまざと見せつけ、半ば脅迫の様な事を言ってのける。
「きっ…きさまぁ!謀ったなっ!!」
勢いよく立ち上がりそのまま今にも噛みつきそうな様子の彼女。
「待って、待ってください先生!これは…念の為!念の為なんです!」
鬼気迫る勢いとはこれの事か!と鬼の形相で掴みかかろうとする彼女を既で躱す。
「だまれっ!きさまっ!消してやる写真も…お前も!」
物騒にも程がある言葉を吐きながらパイプ椅子を手に取ろうとする彼女に臆した…わけではない、いや確かにほんの少し命の危機は感じているのだが
──────慌てて弁解に務める。
「はぁっ…文化祭…の、催しの全面的な協力…お願いできませんか…?」
ここに来た目的という訳では無い。
が揃った盤面、渡りに船、暗中模索真っ只中だった鉄壁な生徒会顧問である彼女に協力を取り付けられる唯一のチャンス到来。
これを利用しないという手は僕にはない。
「…なんだと?」
「もし協力してくれるなら、田村くんと長万部先生の秘密の関係を守る所か、卒業まで生徒会が二人をバックアップすると…約束します!」
「具体的には…?」
「──────〜…なんて如何ですか?」
「…ッ!?」
「…わ」
「わ?」
「………わかった………協力、してやってもいい」
やった!やったぞ!あの長万部先生がディープキス写真を人質に懐柔されたぞ!
などと、決して口には出さないのだが、内心は跳ね回りたい気分であり、心も高揚し浮き足立つ物を感じる。
「なっなんだかすごい怒涛の展開だったね…ねっ!」
「ふっ!全て生徒会長である僕の思い通り手のひらの上!…だったならどれだけ楽だったか…まったく骨が折れたし肝が冷えたよ…」
こうして、最大の壁であった生徒会顧問を無事懐柔する事に成功した僕は文化祭での『ノーパンしゃぶしゃぶ』実現に王手をかけたのである。
そして、白石穂乃美。
彼女もまた、どういう訳か突然協力をすると自ら志願してきたのだが、彼女の協力は即ち彼女のおじい様である理事長の許可、協力に他ならない。
いよいよと本格的に長年の夢が動き出したと、この時ばかりは年相応とはとても言い難い、多足類の虫の様に手を、足を、頭をバタバタとさせ、喜ばずには居られなかった。
時刻はなんやかんやとあり既に十九時。
四人連なって埃臭い空き部屋を出てみれば、すっかり喧騒の砕けた学校の明かりは所々に消えていた。
長万部先生は田村くんと、僕は白石と共に二手に別れ足早に帰路に着く。
外へ出てみればすっかりと生徒と教師の距離感になった二人はしっかりと距離を取って、けれども付かず離れずの位置関係を保っている。
その背中を少しの間だけ見送ると、僕らもまた足早に歩を進めた。
教師用出口とは真逆、昇降口へと向かう僕ら二人に、慌てて駆け寄ってくる長万部先生。
「あ〜…吹寄。その、なんだ…」
「どうしました?」
「あとで、その…」
「──────写真、送ってくれるか…?」
「焼き増しも、しときましょう!」
「!?あぁ!頼むぞっ!」




