13話「長万部 雪苺という女②」
『だっでぇ〜……既成事実欲しかったんだものぉ〜──────!!!』
そんな、教職に就く人間とはとても思えない発言はほんの数分前、重厚な、けれども古びた木製の扉を抜けた先、教師と生徒の密会、もとい逢い引きを目にした所にまで遡る。
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『これ──────使いますか?』
我ながら、建設的な意見とは程遠い提案だったと思う。
横に立つ白石 穂乃美はその顔を微笑みとも哀れみとも取れる物に変え、ゆっくりと目を閉じ、引きつった頬をふるふると震わしている。
言葉はなく、表情でだけ、けれども言わんとしている事は十二分に分かる。
自分自身でもよ〜くわかっている…つもりだ。
暫しの沈黙。
この場にいる全員が固まったまま、まるでストップモーションの要領で表情そのままに張り付け、ピクリとも動かない。
差し出された桐箱の乗った手も、100gにも満たない重さを実際以上に感じ始め、不随意に震え出す。
「あ…」
沈黙を破ったのは僕。
ではなく、驚愕に見開かれた羞恥と焦燥の入り交じった様な表情を浮かべた彼女、長万部 雪苺だった。
「あぁ…すまない丁度私たちも今探していた所だったんだ」
件の男子生徒、田村くんの膝元からごく自然な所作で降りると、表情を中国の伝統芸能「変面」の様に即座に普段の冷静沈着な物に切り替え、三段ほどボタンの解かれたシャツのはだけを正す。
スクッと立ち上がりまるで何も無かったかのように悠然と歩き出すとこちらへとカツカツと音を立てて歩み寄る。
カツカツ、カッツカツ…カカッ──────ガタンッ!
段々と小気味悪くなる足音のまま錆びたパイプ椅子につまづいてみせる彼女。
見れば、その足はカタカタと震えており、関節から筋肉にかけての力が上手く伝わっていない様子で真っ直ぐどころか右往左往、千鳥足の様な覚束無い形でよたよたと距離を詰めてくる。
「いやな?田村にも手伝って貰ってたんだが、ここはどうにも足場が悪くてな…」
語り口は、いつもの長万部先生。
規律規範に厳しく、冷静沈着、言葉使いこそ固く大人のソレだが、誰にでも分け隔て無く、生徒だけでなく教師陣からも模範となる、そんな存在。
「見つけてくれて助かったぞ!探せど探せど見つからなくてな!途方に暮れていた所を私とした事がつまづいてしまったんだ」
やけに口数多く。饒舌。
あっちを見ては、こっちを見て。
こっちを見ては、あっちを見て。
落ち着きのない。
「けれど一体どこにあったんだ?私たちも大分探したんだがなぁ…」
身振り手振り、大袈裟な所作。
「やはりお前たち生徒会はよく仕事の出来るもの達だ!顧問として誇らしいぞ!」
わざとらしいゴマすり、わざとらしい感服。
「さぁ!お前たちももう下校時間なのだから早めに帰って──────」
「長万部先生、それは無茶じゃないですか?」
「?」
「あぁ、長万部先生じゃなかったですね失礼しました!」
「えぇっと──────・ゆ・き・め・ちゃん?」
「なっ///!?」
「えっと確か語尾は…──────にゃん♡?だったか」
「──────〜ッッ///!?」
大きく仰け反った彼女は衝撃に目を見開いている。
今日の彼女の表情筋は大忙しだ。
そしてその姿はいちご。
いちごだ。
頭の先からつま先までを真っ赤に染め上げ、言葉にならない嗚咽をもらす彼女は今まさに名は体を表す。
いちご、そのものだ。
「なっ!なななッ…にゃにをいっているっ!?」
冗談を言わない僕のほんのイタズラ心のようなもの。
それを受け、彼女の中に残存しているにゃんこの名残りが僅かばかりに顔を出した。
慌てふためき、瞳はぐるぐるとその視界を定めようとしない。
表情は変面よろしく次から次に切り替わり、最終的には憂いと恥を帯びた、憤怒の相へと変わった。
「お、おまえは…お前たちは…」
「一体っ!…何が言いたいッ///!?」
「あっ…」
羞恥を帯びた怒りそのまま、勢いよく振り払った彼女の腕が、僕の手のひらにビシッ!と被弾する。
衝撃に翻る手のひらには既に乗っていたハズの物は無い。
反応も既に間に合わない、音もなく空気抵抗もなく
初速度はゼロからの自由落下。
瞬時に反応してみせた長万部先生の手もほんの僅かに指先を触れさせるが、届かない。
重力のまま、加速度の増した桐箱が地面へと、落下する。
──────カッ!
──────カラッカランッ!
乾いた音を立てて、結ばれた帯は解かれ、上下なきわかれた桐の箱はその中身を露わにする。
『こ…これって?』
僕と白石、そして田村くんまでも口を揃えた。
沈黙に項垂れる雪苺ちゃん。
中には何も無かった。
なんてオチは無く、より強烈で鮮烈で、彼女の気質を、常識を疑うまさかの物。
『これって、わ…──────輪ゴムぅ!?』




