12話「長万部 雪苺という女」
「だめだよそんなくっついちゃ…長万部先生、ここ……学校だよ?」
「いいでしょ〜別に。誰に見られてる訳でも無いんだし。それに長万部先生じゃなくて…ゆ・き・め・ちゃん!でしょ?」
「…雪苺ちゃん?」
「んふふ!はぁ〜田村くん田村くん田村くん!ちょ〜好き好き愛してるっ!」
「……ねぇっ!田村くんも愛してるって言って!」
「あ…愛してるよ、えっとその…雪苺ちゃん」
「ふふっ宜しいっ!」
「でもさぁ〜なんで届けちゃったのよぉ…よりによって生徒会に…」
「まさか、雪苺ちゃんの物だなんて思わなくて」
「それに無くなった〜だなんて、…はぁどうしよう」
「ぼ、僕たちにはまだ早いんじゃないかな…そういう事は…」
「だってだって…雪苺ね?田村くんの事…いっぱいいっぱーいだいちゅきなんだもんっ!」
「だからっ…──────」
──────ギギィ「「!?」」
「お…お届け物です、えっと、その…雪苺ちゃん?」
「──────なッ///!??」
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僕たちはいま、自らの選択を非常に後悔している。
それと言うのはこの、両開きの重厚な木製扉、何故か鍵の掛かっていないその扉に、耳を当てた事から始まった。
「なんか今…長万部先生の声でにゃん♡て聞こえなかったか?」
猫を撫でた時の様なゴロゴロにゃんにゃんキュートアグレッションをくすぐる様な甘〜い声音。
「そ…そそそそんなことまっまさかだよ!あの厳しい長万部先生に限って…」
まさか、まさかであって欲しい、とそう強く願う。
規律規範に厳しく、己を律し、他の者を正しく導く…そんな存在である長万部 雪苺先生が…そんなまさか、校内で生徒とよろしくやっているだなんて…決して有り得る訳が…。
「鍵は…──────開いてる!?」
年季の入った傷んだ木製の扉の鍵は名ばかりで、彼女の事だ、恐らくかけ忘れたという事は無いのだろうが、キィッとドアノブを捻り押すと僅かばかり中の様子を覗かせる。
陽の光の強く射し込んだ室内には、小さな影と大きな影が一つに重なっている。
パタンッ──────なるべく音を立てないようにソッと閉める。
もう、限界だと思った。
これは、紛れもなく…。
「ええっ!?開いちゃってたの…そうしたら、行かなきゃ…だよね?」
「あぁ…でもその前に中の様子を探ろう」
早鐘を打つ心臓は直ぐには事実を受け入れられそうにない、そう即座に判断すると形ばかりの重厚な扉に耳を当て聞き耳を立てる。
接続の悪いラジオの様ではあるが柔らかな男性の声、そして女の子!を全面に押し出した様な、そんなピンク色の声が聞こえてくる。
この声の種類には聞き覚えがある。
猫なで声と言えば伝わりやすいが、もっとこう決定的にコレだ!というもの…。
そうだ!これは──────家に掛かってきた電話に出る母親の一段二段と高さを調律した外行きの声!
「あっあの弓月くん、あんまり盗み聞きとかは良くないよ〜…」
と言いつつ自らもしっかりと耳を扉に側だてる彼女、僕も同様に耳をピッタリと再度扉にくっつけると、先程の猫の様な、恐らく正体を猫なで声の様な、もとい母親のチューニングボイスの様な物が、聞きたくもないそれがしっかりと聞こえてくる。
『──────田村くんしゅきぃっ!』
『ねぇっ!愛してるって言って!』
『はぁ〜私いま世界でいっちばーんしあわせぇ〜』
『雪苺はね〜?田村くんの事を愛してるにゃん♡』
──────僕は、限界だと思った。
それは隣りの白石も同様な様で、ふるふると身を震わせ、必死に苦虫を噛み殺し、奥歯をぎっちりと噛み締めている。
甘い。
とにかく甘すぎるその致死量の甘さを帯びた聖バレンタインも真っ青なもはや毒の様なソレを僕たちはどうにか解毒しようと繰り返しの深い深い深呼吸でもってなんとか平静を取り戻す。
信じられない。あのルール規範の権化、頑固一徹な長万部先生が、その正体があまあまにゃんこだったなんて。
言いたい事なんてのは山ほど有る。
キリなどないだろう。
けれど、一つ決定的な長万部先生と田村くんのやり取りが聞こえた事で、僕の中で何かパズルのピースの様な物がすべて綺麗にハマった気がした。
『まさか雪苺ちゃんの物だとは思わなくて』
そう発言したのは、恐らく田村くんだろう。いや確実に田村くんがそう言ったのだ。
そしてそのやり取り、それは紛れもなくこの桐箱の事だ。
「…い、行こうか」
「……うん」
そう一言、アイコンタクトを交えて意志の疎通をし、重苦しい扉に手をかける。
少しずつ光の溢れ出す扉からはよりクリアで鮮明な、彼女、長万部 雪苺の声が溢れ出した。
「──────ねぇ…ちゅーして?ちゅーっ」
そんな甘ったるい声をなるべく頭に入れない様、脳内の機能の一部そして聴覚の機能をOFFにする。
事が出来たなら、どれだけ良かったか…。
「がっ学校でそんな…てっ!?ゆっゆきめちゃん!?」
「なんだぁ田村ぁ〜私たちもうそんな仲じゃ…!?」
溶け合うふたつの影を注視し、意を決して歩を進めるとパッチリと机に腰掛けた田村くんと目が合う。
次いでその視線の先を追うようにして振り返る長万部先生とも視線が交差する。
「おっ!お取り込み中失礼します。長万部先生…」
おずおずと後ろから白石がそう一応の挨拶を済ますと、すかさず僕も本題に着手する。
「お…お届け物です!その…えっと──────雪苺…ちゃん?」
ほんのちょっぴりのイタズラ心も添えて。
『~~~~~~~///!?』
大きすぎる丸々とした目を勢いよく逸らす田村くんと、そんな彼に抱き着き膝に乗り上げ、まるで溶け合う様な形を取っている彼女、長万部 雪苺は名は体を表す、まるで雪の中、一粒の苺の様に耳先までを真紅に染め上げ、声にもならない虫の羽音の様な物が不随意に口元から溢れ出す。
そんな重苦しい室内。
呼吸さえ危うい状況下で自ら発したこの言葉には、自分でさえ少々辟易するものがあった。
『これ…──────使いますかっ?』
差し出した手には、上品で仕立ての良い白桐の箱。
紫の帯で一周、毛筆で達筆に記された0.00mmの文字。
手元のソレから桐の良い香りが鼻をツンとつくと同時に、目の前の彼女、長万部 雪苺が腰掛けた彼の膝元から勢いよく──────崩れ落ちた。




