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第7話 偽りの婚約者候補

「だ、第三回作戦会議を始めます……」

「「……」」


 ヴァイスシュタイン邸の応接間で俺はかの兄妹と沈黙を共有していた。アルベルトは涼しい顔をしているが向かいに座っている俺とベアトリクスは冷や汗を垂らしている。無言の間に耐えきれなかったのか、ベアトリクスが俺に耳打ちしてきた。


「ちょっと!なんで兄上も呼ばなきゃいけなかったんですか!?やりにくいんですけど!」

「仕方ないだろ!成り行きなんだ!」


 こっちだって不本意だ。アルベルトがいると攻略ノートが広げられないし、幼馴染ルートの話もできない。彼女の言う通り非常にやりにくい。だが、隠れて二人で会おうとしてもどうせすぐバレるだろうから仕方がない。

 小声でやり合っていると向かいから咳払いが聞こえた。


「妹とは随分()()()してもらっているようだ」

「は、はあ」


 はい、ともいいえ、とも言えず曖昧な相槌を返す。もしかして、俺がベアトリクスに気があるとでも思っているのか?王子との婚約破棄に協力するのは彼女と結ばれるためだという理屈は、客観的に見れば確かに筋が通っているように思える。高熱の話よりもよっぽどリアリティがある。

 誤解は解かなければならないが、兄として不器用ながらも妹を心配している様子に関係改善の兆しが感じられて安心した。


「兄上!セシル様は全く、これっぽちも、微塵もわたくしの好みにひとっっっかすりもしておりませんわ!」

「……そうか?」


 こちらが釈明する前にベアトリクスは珍しく毅然と言い放った。

 いや、まあそうなんだけど。好きになられても困るけど。そこまで徹底的に否定されると俺とて少しはプライドに傷がつく。


「アルベルト様、私は王子殿下に取って代わろうなどとは思っておりませんよ」

「まあ、そうだろうな」


 アルベルトは俺の言い分を思いの外あっさりと受け入れた。なんだったんだよ今のやり取りは。ただ一方的に傷つけられるだけの虚しい時間だった。肩を落とした俺の横で、ベアトリクスは兄に心配されたからか、なんだか嬉しそうにしていた。




 疑いも晴れたところで、ベアトリクスはメタ発言に気をつけながら今月末にある自身の誕生会の立ち回りについてを議題に挙げた。誕生会イベントの概要は事前に聞いている。俺は内ポケットに入っているノートの表紙をそっと撫でて内容を思い出す。


 悪役令嬢は恥をかかせるために主人公を誕生会に招待し、マナー違反などをネチネチ指摘するが王子がそれを庇う。二人の仲を見せつけられた令嬢はさらに嫉妬を募らせる。王子ルートにおいてこの誕生会は二人の仲を深めるためのイベントという位置づけらしい。


「殿下とは今は一旦距離を置こうと考えているので可能であれば中止したいのですが……。兄上も毎年はやっておられませんよね?」


 誕生会は夜会やパーティほどの規模ではなく、交流の深い者とランチを囲む程度の形式ばらないものらしい。王都に住まう貴族は学生の身でも誕生会を開催する者は多い。寮生であり友人が多いわけでもない俺には無縁の話だった。


 ベアトリクスが誕生会を開催するならば、世間体を考えると婚約者である王子は呼ばざるをえない。王子との和解方法については全く策を見つけられていないので、今の状態で接触するのは避けたかった。


「毎年必ずやっていたものを急に取りやめたら悪目立ちしそうだが。それにやめるなどと言ったらあの見栄張りなお前の母親が黙っていないだろう」


 彼女は兄の指摘に俯いた。主役が開きたがってない誕生会に一体なんの意味があるんだろうか。どこの世界でも人間社会と言うのは面倒くさい。


 作戦遂行のためには悪目立ちするのもなるべく避けたい。王子との接触は最小限にしつつ、ルカは招待しない方向で、開催するしかなさそうだ。


「でも、いつもの規模でやるのはちょっと……」

「例年何人ほどお呼びしていたんですか?」

「30から50人ほどですかね……」

「え!?そんなに知り合いいたんですか?」

「失礼ね!」


 思っていたよりも人数が多いことに驚いてつい本音が出てしまった。彼女には悪いが悪役令嬢にお友達がたくさんいたとは到底思えなかったし、その規模だともはやパーティなのではないだろうか。


「知人というよりは侯爵家と縁をつないでおきたいという魂胆の者ばかりだ。曲がりなりにも王族の婚約者でもあるしな」


 そういうことか。大勢呼んでいたのは彼女や、彼女の母の見栄もあるだろうが。


「今回は特に関係が深い方のみをお呼びした特別な会、ということにして親しい人だけお呼びしたらよいのでは?」


 俺は妥協案を出す。貴族の誕生会の最少催行人数がどれくらいなのかわからないが、少なくできるに越したことはない。王子とのギクシャクした関係も既に知れ渡っているとはいえ、これ以上衆目に晒すのは避けたい。今の彼女が大人数の前でうまく立ち回れるとも思えない。


「そうですね……。でもどなたをお呼びしたらよいのか……」


 ベアトリクスは元々親しい人間などいないので、誰を呼べばいいか決めきれないでいるようだ。


 それを見かねたのか、アルベルトが机に置いてあったペンとメモをとって十名ほどリストアップしていく。その中には嫌がらせに加担していた元取り巻きの名前があった。


「こんなものだろう」

「え?」


 妹の交友関係を本人より把握している様子に恐れ入る。やっぱり彼に内緒でベアトリクスと二人で会おうものなら即座にバレるだろう。


「まず、前提としてだが、お前たちは今は目立つようなことはしたくない。そして、殿下との悪い噂も増やしたくない、ということで合っているか?」

「そうですね」


 ベアトリクスと俺は頷いた。


「ならば、ベアトリクスが目立たないようにするのではなく、より目立つものを仕立て上げてそちらに注目を集めればいい」

「……どういうことですか?」

「殿下との関係よりも面白おかしく語れるものがあれば、噂はそちらに集中する」


 なるほど一理ある気がする。ただ、誰がその役を買って出るかが問題だ。誕生会の主役よりも目立つなどという顰蹙を買いそうなことを進んでやろうとする者はいないだろう。


「今回は私も参加する」

「え?兄上が!?」


 ベアトリクスは大口を開けた。令嬢としてどうなんだ、その顔は。

 妹の誕生会くらい出てもなんらおかしくないだろうと思いかけたが、これまでこの世の険悪を煮詰めたような関係だったのだから、驚くのも無理ないか。


「今まで参加しなかった私が現れて、ベアトリクスと会話していたら周囲の目を引くだろう」


 監視するためだと言っていた割には、意外にも積極的に関与してくれるようだ。ベアトリクスの問題は家の評判に関わるものなので、本当はなるべく早く対処したかったのかもしれない。これまでは家族への複雑な感情もあって二の足を踏んでいたのだろう。

 ベアトリクスが婚約解消するとヴァイスシュタイン家にも打撃はあるが、それよりも政治的バランスをとることを優先したようだ。潔癖の彼らしい判断だと思う。


「さらに内密という態で婚約者候補を発表する」

「え!?兄上にそんな関係の方がいらっしゃったんですか!?」


 確かに浮ついた噂が立ったことのない冷徹エリートに婚約者候補がいたとなれば注目の的になるに違いない。そんな設定はベアトリクスから聞いていなかったが、主人公がアルベルトルートに入っていないのなら、そういう相手がいてもおかしくないか。


「いない。今つくる」


 アルベルトは意味不明なことを平然と言ってのけた。何を言っているんだこの人は、と彼の方を見ると目が合った。なんだろう、嫌な予感しかしない。


「君だよ。セシル・テオドール。君が私の婚約者候補になるんだ」

「な、何をおっしゃっているんですか!?アルベルト様も高熱を召されたのですか!?」


 思わず立ち上がって叫んだ。ベアトリクスは何故かゴールを決めたサッカー選手のように両手を上げている。


「……残念ながら平熱だ」


 アルベルトは真顔だ。


「まさか君は王族との婚約解消などと言う大それたことに協力しておきながら自分は“表面上”部外者でいられるとでも思っていたのか?」


 急に正論を言われてまともな反論ができない。俺はモブなんだから仕方ないだろう!?とは言えなかった。


「私を表舞台に立たせて利用したいのなら君もそれなりのリスクを払うべきだ」

「い、いや今回のお話はアルベルト様から持ち掛けられたではありませんか」


 理不尽だ。ベアトリクスに助け船を求めたかったが、彼女は顔を覆って小声でブツブツと「美形×地味最高、美形×地味最高、」つぶやいている。今の俺には呪詛にしか聞こえない。


「どうする?」


 アルベルトはまっすぐこちらを射貫くように見ている。もうちょっと妹のことも気にかけろよ。お前の妹、おかしいよ。


「他に妙案があるのなら話は別だが」


 彼は挑むように告げる。背中に一筋冷たい汗が流れた。

 

 年下だと思って完全に舐めてた。ひょっとして俺は協力を請う相手を間違えてしまったのだろうか。この部屋には俺に味方する者は誰一人としていなかった。

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