第5話 誘導
「第二回!作戦会議~!!!」
「……」
「ちょっと! 元気出してください!!」
アルベルトとのお茶会から1ヵ月も経たないうちに、俺はまたヴァイスシュタイン邸の庭園にやって来ていた。アルベルトと顔を合わせる可能性が高いところに足を運ぶのは気が進まなかったが、助けると約束した以上仕方がない。
「それで、あれ以降お兄さんの様子はどうなの?」
「気になりますかぁ?兄上が」
「帰りますね」
「ごめんなさいごめんなさい!私をお見捨てにならないでください!!」
立ち上がった俺にベアトリクスは必死に縋りついた。かなりハードな立場に置かれているはずなのに、わずかでも餌を嗅ぎ付けると飛びついてしまうようだ。腐女子とはなんと業が深いのか生き物なのか。それとも彼女が特別個体なんだろうか。
「兄上は……その、最近は挨拶を返してくださるようになりました……」
「……」
彼女は頬を染め俯きながら、尻すぼみ気味に答えた。こうしていると花も恥じらう乙女にしか見えない。中身は腐っているんだけど。
それにしても、彼の態度が軟化したということは俺の無礼も多少は見逃してくれたのだろうか。そうであれば懸念事項が減って嬉しい限りだが。
俺の無言をどう解釈したのかベアトリクスは慌てて付け加える。
「そんなどうでもいいこと、興味ありませんよね!?」
「いや、偉大な一歩だと思う。ふたりにとっては」
アルベルトが挨拶を返したんだったら、先に、挨拶をするという一歩目を踏み出したのは彼女のほうなんだろう。兄にビビり散らかしていた彼女も関係改善に向けて自分なりに努力しているようだ。どうでもいいことなんかじゃなく立派な成長だと思う。
俺の返答にベアトリクスは安心したように微笑んだ。
「それで、ですね。当初の予定だと、兄上には作戦の話せる部分はお話しして、協力関係を結ぶ手筈だったと思うのですが……」
「どこまで話すか、だなぁ……」
空を仰ぎ見る。いっそ無駄だと思うくらいに晴れ渡っていた。降り注ぐ日差しが俺を苦々しい気持ちにさせる。動かなくても少し汗ばむくらいの季節になってきた。
俺たちはあらぬ疑いを掛けられないように、個室ではなく外で、声は届かないほどの距離だが人目のある庭園で打ち合わせをしていた。流石に夏になるまでには、アルベルトを味方に付けて個室で会議しても問題ない状況に持っていきたい。
「幼馴染ルートの件はお話しても意味不明だろうし、そこは隠して、王子と和解して穏便に婚約破棄したいと思っていることだけ伝える感じですかね?」
彼女は机に広げた攻略ノートを見ながら言う。
「納得してもらうのが最優先だしな。側近候補という立場を利用して、王子とルカの関係に関与してもらえると助かるけど、そこまでは望めないだろう」
俺がここに来る口実と王子やルカの様子を探るための情報源くらいになってもらえたらそれで充分だ。
「改めて考えると、作戦がうまくいって仮に婚約破棄できたとしても、その後の人生もハードモードなんだよな……」
「それはもう、そういうものと受け止めます……」
この世界の婚約制度は少し特殊だ。
貴族や王族は、幼いうちに親によって婚約者が定められることが少なくなかった。婚約に法的な拘束力はないが、社会的には正式な結婚の契約と同等のものと見なされている。婚約破棄は離婚と大差ないので家にとっても本人にとってもダメージが大きい。
そのため最近は、貴族間ではある程度の年齢に達するまでは婚約者”候補”とすることで口約束はしつつ、リスクは回避しようとするのが一般的になってきた。
ただ、王族は婚約者候補という曖昧で正式でない制度を取り入れていないので、ベアトリクスは第二王子の婚約者候補ではなく正式な婚約者なのである。
つまり、作戦を成功させると命は助かるが、王族と離婚した人間と同等の扱いを受けながら生きていかなければならないのだ。
「死ぬことよりハードなことってないですし、大丈夫ですよ」
「……」
ベアトリクスの所業を、厳密にいえば他人である”彼女”が背負って生きていかなければならないことを俺は受容しかねていた。生死の話を前にして、甘いと言われればそうかもしれないが、自分だったら他人の悪行について謝罪することですら苦行だと感じる。
応えに窮して再び空を見上げる。輝く太陽も、未来までは照らせそうになかった。
「ところで、幼馴染ルートのほうはいかがです?」
ベアトリクスはわざとらしいくらい明るい声で話を切り替えた。年下の女の子に気を遣われるなんて情けない。俺は気を取り直して、進捗を伝える。
「ヒューゴとは授業がひとつ被っていたから、とりあえず声を掛けて顔見知りくらいにはなってるよ」
まだ接触を始めたばかりなので、流石にルカとの関係まではまだ聞き出せていないが。
「この時期に幼馴染ルートのために重要なイベントとかってある?」
「あったかな……、なかったような……」
彼女は唸りながら必死に記憶を手繰り寄せているようだ。不安だ。
「大丈夫か?」
「スチル目当てでプレイしてたので、ストーリーの詳細が若干あやふやで……」
……ストーリーは微妙でも作画はよかったんだろうか。
「少なくとも、」
ベアトリクスは眉間を抑えていた指をノートの一か所に落とした。そこには『夏休み帰省イベント』と記されている。
「これを逃したら結構大変です」
このイベントは主人公が攻略者の帰省先に同行するもので、その間は他攻略者との交流がなくなるため、ひとりの好感度を稼ぐには効率が良いらしい。『攻略対象と出会っていない』『余りにも好感度が低い』などの特殊なケースを除き、誰と帰省するかはプレイヤー側が選択できるそうだ。
イベントの詳細を聞いてふと疑問が湧く。
「王子やアルベルトは王都に実家があるから帰省とかないのでは?」
「二人はそれぞれ避暑地に別荘があるので」
金持ちかよ。金持ちだったわ。聞かなきゃよかった。一瞬、鼻白んだが妬んでいる場合ではないので気を取り直す。
「なんとか誘導してヒューゴからルカを誘うようにできたらいいんだけど……」
ベアトリクスが言うには、ルカは既に王子ルートに足を突っ込んでいるようなので、放っておくと王子の別荘に行ってしまいかねない。できればそれは避けたい。本来は選択するのはプレイヤー側なので攻略対象から主人公を誘うことが可能なのかは不明だが。
「一応話してみるけど、期待はしないでほしい」
「すみません……。私は兄上との二回目のお茶会をセッティングいたしますね」
そっちもそっちで別の意味で問題なんだよなぁ……。俺は机に突っ伏した。
主人公の幼馴染、ヒューゴ・オークリーは王都から離れた田舎の子爵家の長男だ。1年生で、俺と同学年だが選択科目の『国史』の授業で同じクラスであること以外に接点はなかった。
国史が必修じゃないのはいかがなものかと思うが、入学前に一般教養くらいの知識は身につけておくのが前提となっている。しかも、この分野は社会的に重要視されていないようで、専門で学ぶ者は少ない。
転生してきた当初、歴史に関する記述が薄すぎて、国民に知らせたくない隠された暗い歴史があるのではと考えたが、特にそんなこともなく、単純に比較的平和な世界観だからか特筆すべき重大事件が少ないみたいだ。
そんな国史の授業を選択する者は少なかったため、他に接点がない割に、ヒューゴと顔見知り程度になるのは難しくなかった。
退屈な授業が終わり、俺はヒューゴに話しかける。
「ルカ・ベネット子爵子息とは知り合いなのか?」
「どうして?」
彼の纏う雰囲気が少しヒリついた。体格は大きいが威圧感がなく親しみやすい普段の様子とはかけ離れた空気に少し気圧される。
「いや、二人が一緒にいるのを見かけたから」
「……」
俺の答えに、彼は無言で返した。今日は少しルカの様子を聞くことができればいいか、くらいに思っていたが想定していたよりも口が重そうである。これ以上聞き出すにはそれなりの理由が必要そうだ。
完全にアドリブではあるが、アルベルトの名前を勝手に使わせてもらうことにした。
「他言無用でお願いしたいんだが、兄経由でアルベルト様から依頼があって、ルカ・ベネットのことを探ってほしいと言われているんだ」
俺は声を潜めて言った。もちろん大嘘である。こうも連日嘘を重ねると、最終的に詐欺師にでもなってしまうのではないか。自分の将来が心配になる。
「……セシル様はアルベルト様からルカと殿下を引き離すように命じられたのですか?」
ヒューゴの表情は硬い。原作通りならば、ヒューゴはルカに対して今の時点でもかなり好感度が高いはずだ。王子とルカが別れるのは彼にとって都合のいい話だと思ったのだが、どうも警戒心を強めてしまったようだ。
「そこまでは言われていないが……。正直に言うと私も困っているんだ。ルカについては何の伝手もないし、上のひとたちが何を考えているのかもよくわからない。私たちみたいなのからすると、本人の意思が丸っきり無視されて周囲が勝手に話を進めるのは違和感があるだろう? ”王族”はそうもいかないのかもしれないが」
教室にいるのはいつの間にか俺とヒューゴの二人だけになっていた。ただでさえ少なかった学生たちはもう皆次の授業へ移動してしまったらしい。
「話したくないことは話さなくていい。向こうに伝えたくないことは伝えないと約束する。君から見たルカについて教えてくれないか」
俺の言葉を受けて、ヒューゴは未だ迷いはあるようだが口を開いてくれた。
「ルカは領地が近いので、幼馴染ではあるんですが……。セシル様がお聞きになりたいことは俺にはわからないと思います。最近はちゃんと話す時間も取れていないので直近のことは存じ上げません」
話していくうちにヒューゴの視線は下がっていく。嘘をついているようには思えない。どちらかというと何か引け目を感じているかのようだった。理由はわからないが、先程まで見せていたヒリついた様子は影を潜めつつある。案外押したらどうにかなるのか?
「ヒューゴからルカに聞いてみてくれないか?」
「え?私がですか?」
ヒューゴは顔を上げた。困惑した様子だが、彼に作戦の詳細を語るわけにはいかない。それに、もうすぐ次の授業が始まってしまう。もうそろそろ話を切り上げなければならない。成り行きだが、帰省イベントへの誘導まで済ませてしまおう。
「話す時間が取れないのなら、少し先の話にはなるが休暇中に一緒に帰省でもしたらどうだ?そのときにちょっとでもいいから殿下との関係についても聞いてもらえると助かる。急ぎはしないが、こちらとしては立場的に何の成果もないのは困るんだ」
「……」
返事はない。これ以上の介入は時間的にも立場的にも難しいように思われた。言い捨てるようなかたちになったのは不本意だが、そのまま教室から立ち去る。自業自得とはいえアルベルトの名前を勝手に拝借したことで、彼の協力を得ることが以前に増して急務になってしまった。重くなる気分を抱えつつ、俺は次の教室へと急いだ。




