第37話 エピローグ ラストシーンはまだ遠い
挨拶を終えたベアトリクスは俺とアルベルトの元へ笑顔で駆け寄ってきた。
「どうでした? びっくりしたでしょう?」
「びっくりしたでしょう、ではない! 何を考えているんだお前たちは」
俺よりも早くアルベルトが彼女に詰め寄った。王子の側近候補であり、ベアトリクスの兄でもある彼は、今後、彼らの改革に巻き込まれることが確定したようなものだ。
自分があずかり知らぬところで茨の道を伴走しなければならないことが決められていただけでなく、そのことを公衆の面前で発表されたのだ。この場での一番の被害者は彼なのかもしれない。かわいそうに。怒るのも当然と言えよう。
「事前に相談したら止められると思って」
「止めるに決まっているだろう!」
彼の剣幕に押されて、ベアトリクスに文句を言うタイミングを完全に失った俺は、珍しく焦っているアルベルトを眺めた。本気で怒ってはいるが、どこか嬉しそうでもある。身近な二人が前を向いて歩き始めたこと自体は喜ばしいのだろう。
悪役令嬢一人を救うために始めたことが、最終的になんだか随分とスケールの大きな話に繋がってしまったらしい。それでもここまで辿り着けたことが何より感慨深い。
これにて、『心に芽吹く光―執着の行き着く先―』はエンドロールを迎えたのだった。
―――
「まあ、そうはならないのが人生なんだよなあ」
流れていく景色を馬車の窓から眺めて呟く。卒業式から数週間経っても世界は当然のように続いていた。
今、俺はアルベルトの卒業旅行に付き添って、旅路の途中にある。
予想通り王子とベアトリクスの改革めいた動きに巻き込まれることとなったアルベルトは多忙な日々を送っている。慣習に口を出したことにより、第二王子の支持層に多かった保守派を相手取ることになったため、王子の周辺はここのところずっと紛糾している。
婚約者候補への移行を宣言したことにより、ヴァイスシュタイン家も、主に母親のイザベラが荒れているそうだ。
そんな中で呑気に旅行している場合かと思うが、革新派寄りの地方貴族を後ろ盾にするための交渉というのが一応の表向きの名目らしい。ベアトリクスが手配したこの旅行は俺も同行することが勝手に決められていた。曰く、俺が行かないとアルベルトは動こうとしない、だとか。どうせ後で俺たちの土産話を聞きたいだけに違いない。
隣に視線を向けるとアルベルトと目が合った。
「何の話だ?」
先程のひとりごとは彼に届いていたらしい。聞かれているとは思っていなかった俺はゲームのことは濁して答える。
「いや、もしこれが物語の世界だったら卒業パーティのシーンで終わっていただろうなと思って」
あれだけ人を不安にさせておいて、特に何もなく世界が続くなんて肩透かしもいいところである。悩んでいた時間を返して欲しい。俺が勝手に考えすぎていただけではあるけど。
「何故?」
「区切りがいいでしょ? 殿下とベアトリクスが和解して大団円で」
「そうか? 私だったらまだ筆は置かない」
俺の答えにアルベルトはまるで納得がいっていない様子だ。
「どうして?」
「君と結婚すらしていないじゃないか。やりたいこともまだたくさんある。そんな状態で終われるはずがない。主人公とそのパートナーが結ばれずに終わる作品など消化不良だろう」
「アルから見た世界だと私は物語の中心人物なんですね」
「当然だ。君は私のパートナーだという自覚が足りない」
アルベルトは表情をひとつも変えず言い切った。
俺がこの世界で目覚めて、自分の立場を悟ったときのことを思い出す。チート能力もない、知識無双もできない、ただのモブ。ずっとそう思っていた。だけど。視点を変えればそうではないらしい。
アルベルトは俺の手を取り、まっすぐにこちらを見つめて恥ずかし気もなく告げる。
「私の世界の中心にはいつも君がいる」
「……」
「君の世界の私もそうあってほしい」
彼の飾り気のない言葉に、俺は怯んでしまった。誰だよ、この人のことを冷たい人間なんて評した奴は。俺か。
「こんなこと言う人じゃなかったと思うんだけど」
天邪鬼な態度を取る俺を意に介すことなく、彼は目を細めて言った。
「君が変えてくれたんだ」
俺は返事をする代わりに彼の手を握り返す。伝わってくる彼の体温に安心する。この温度があるから、俺は明日も明後日も必ずやって来るのだと信じられる。
アルベルトは揶揄うように続けた。
「君こそ、私にこんな風に触れてくれるようになるとは思わなかった」
「……あなたに変えられたんですよ」
「それは光栄だな」
アルベルトはそう言うと、俺の熱くなった頬の温度を確かめるようにそっと唇を寄せた。
――プレイヤーがいなくても世界は続く。
最後までお読みいただきありがとうございました。気が向いたらアルベルト視点の番外編など書くかもしれません。そのときはまたよろしくお願いいたします。




