第30話 告白
翌日の放課後、ヒューゴのクラスの教室へ足を運んだ。ほとんどの生徒が帰ってしまっていたが、幸運にもヒューゴはまだ帰り支度をしていた。彼に声を掛けると、途端に俺へ食ってかかった。
「また俺をけしかけにでも来たんですか!?」
こちらを見下ろす彼の表情は怒りも嘆きもごちゃまぜになっている。この様子だとヒューゴがテラスでの一部始終を見ていたのは間違いなさそうだ。
「ルカは殿下を選んだんだ! 俺じゃなくて! もう俺に構わないでくれ!!」
周りの目も気にせずヒューゴが叫ぶ。教室に残っていた者は巻き込まれたくないのか、皆そそくさと出て行った。二人きりになった部屋で俺は改めて彼を見据えた。
「……ルカは本当に殿下を選んだのか? じゃあなんでお前にハンカチを渡したんだ? なんでパーティのパートナーはお前だったんだ?」
「うるさい! 何も知らないくせにこれ以上知ったような口を利くな! 俺はあなたの操り人形なんかじゃない!!」
彼は机に思い切り拳を振り下ろした。大きな打撃音が響き渡る。残響が消えると痛々しいくらいの静寂が訪れた。ヒューゴは震える拳を開いて顔を覆った。
「……俺はルカの幸せを願ってるんです。もうこれ以上唆すのはやめてください」
悲痛な様子の彼を見て、俺は自分が悪魔にでもなったような気分になる。いや、これから話すことはヒューゴにとっては悪魔の囁きに他ならないのかもしれない。
「じゃあヒューゴの幸せは誰が考えるんだ」
ヒューゴの肩が揺れた。俺の言葉を無視しようとしたがそれは叶わなかったようだ。
「ルカはお前に願ってもらわないと幸せになれないような奴なのか?」
堪え切れなかったのかヒューゴは顔から手を下ろし、こちらを睨みつけた。その表情からは未練を完全には消しきれていなかった。
「どうしてそんなに俺たちに介入してくるんですか?」
「……必要だからだ」
何のために? それはもちろん、断罪回避のために。だけど、それだけじゃない。思い上がりも甚だしいがルカとヒューゴのために、とも思っている。清か濁かの差はあれど諦めきれないのは俺もヒューゴも同じはずだ。
「そんなに俺がルカに拒絶されるところを見たいんですか」
「私は拒絶されるとは思っていない」
俺もヒューゴを睨み返した。しばらく無言で向き合っていたが、最終的にヒューゴが折れた。
「じゃあその目で確かめるといいですよ。あなたの思うようにはならない」
彼は吐き捨てるように言った。
「これが終わったらもう俺たちには関わらないでください」
数十分後、俺とベアトリクスは寮の裏手へ向かっていた。夕暮れが間近に迫っている。この時間帯から気温はぐっと下がる。吐く息が白く視界を過った。
俺の説得と言う名の悪魔の囁きを受けて、ヒューゴはルカを呼び出す場所と時間を俺に伝えた。ほとんど売り言葉に買い言葉という様相だったが、ここまで来て変に遠慮するのもどうかと思ったので、見届けさせてもらうことにした。
「私も見ていいんでしょうか? こんな野次馬みたいな……」
「俺だけを悪者にするな、共犯者だろ」
「それは……そうですが……」
建物の影から裏手を覗くルカとヒューゴは既に揃っていた。裏手にはちょっとした空き地があり、そこにぽつんとベンチが置いてある。彼らはそこに座っていた。二人の話し声は俺たちのところまでギリギリ届いた。
しばらくしてヒューゴは腹をくくったのか、ルカの方に向き直った。
「今日はルカに言いたいことが……」
「待って、僕から言わせて」
思いがけぬ制止にヒューゴは言葉を詰まらせる。ルカはヒューゴをまっすぐ見つめた。
「君が好きだ。君はいつも僕を見守ってくれていた。君がいたから僕は僕でいられたんだ。それが当たり前のことじゃないって僕はずっと気付かなかった……」
ルカはそこまで言うと一息つき、僅かに震える声で付け足した。
「今からでも遅くないかな」
「え……?」
ヒューゴは固まっている。告白しようと思った相手から告白されたのだから、混乱するのは当然だろう。
やはりルカは殿下を選んだのではなかったのだ。投げやりにならなくてよかった。いつの間にか体中に入っていた力が抜けそうになったが、気を取り直す。まだ疑問がひとつ残っている。王子のことだ。
「殿下は? 殿下はどうしたんだ?」
ヒューゴも俺と同じことを思ったらしい。混乱の中でもどうにか言葉を捻り出したようだ。
「殿下には……きちんとお断りした」
「でも、あのときキスして……」
「見てたの!?」
ルカが驚いて立ち上がる。耳が僅かに赤い。
「いや、ちゃんとは……」
そうこぼして、ヒューゴは目を逸らす。遠くからとは言え、隠れて見ていたことについては流石にきまり悪いらしい。俺たちはたった今もきまり悪い状態だが。
「してないよ。信じてもらえないかもしれないけど」
ルカは凛とした声で否定した。
「本当のことを言うとあのとき拒絶しきれないと思った。殿下が……殿下があまりにもひとりぼっちで、あれ以上は見ていられなくて……。でもその時物音がしたんだ」
「物音?」
「うん」
……たぶん、俺がノートを落とした音だ。
「それで、我に返った。あの……」
ルカは一瞬言い淀んだが意を決したように続ける。
「ヒューゴの顔が頭に浮かんだんだ。それで、やっぱり殿下には応えられないって思った。だから、殿下にはそうお伝えした。僕の気持ちはたぶん恋じゃなくて同情だったんだ……」
「……そうか」
懺悔するように語るルカに向かって、ヒューゴは無理やり絞り出したような返事をした。その一言には幾重にも感情が乗っていたようで、重く地面に落ちていった。
「それで、その、ヒューゴは?」
「え?」
「できれば返事を聞かせてほしいんだけど……」
ルカがヒューゴを覗き込んだ。
俺の足元では、しゃがんでいるベアトリクスが極限まで絞り込んだ小声で「行けーーー!! 差せーーーーー!!!」と叫んでいた。先程までの殊勝さはどこへやったんだ。馬券でも握り込んでそうな勢いだ。
ヒューゴはルカの方をまっすぐ見て告げた。
「俺も。ずっと……、ずっと好きでした」
その瞬間、ルカがヒューゴの胸へ飛び込んだ。そこまで見届けて壁に張り付くベアトリクスを回収して俺はその場を去った。
「いやあ、いいもの見れましたね~」
ベアトリクスは満足そうに言う。ルカが幼馴染ルートに行って安心したのもあるかもしれないが、完全に悪癖が漏れ出ていた。
「野次馬はちょっと……みたいなこと言ってたくせに」
「それとこれとは話が別ですよ」
急に調子の良いことを言う。呆れながらも、俺も重荷をひとつを下せた気分になった。今日は一旦、お互いに気を緩めるのは許そう。
「それにしても攻略ノートが役に立つ日が来るとは……。感無量ですね」
「いや、なんか思ってたんと違うんだけど」
ベアトリクスは感慨深げに呟いたが、俺は若干不服だった。あのノートに期待していたのは情報戦におけるスマートな活躍だったのだが、どうも格好がつかないオチがついてしまった。
「ひとまず、幼馴染ルート完遂ですね。あとは……」
「王子との和解、婚約解消の交渉、だな」
ルカの関係が決裂した今、王子はどのように過ごしているのだろうか。俺からは直接様子を知ることができないのでアルベルトにでも聞くしかないだろう。そこで俺ははたと思い出した。
「まずいな……」
「何がです?」
「いや、こっちの話だ」
ベアトリクスは首を傾げてこちらを見ていたが、それに構う余裕はなかった。
パーティでの一件以来、ルカのルート分岐のことで頭がいっぱいでアルベルトのことをすっかり忘れていた。一応キス事件(未遂)の後すぐには帰らず、ご令嬢・ご令息方のお相手を終えた彼とパーティの最後までいたことは覚えているのだが、先のことを考えるのに必死でどういうやりとりをしたか記憶が定かでない。
彼目線では、不本意な相手とダンスさせられた挙句、その後に何のフォローもなかったという状態だ。おそらく、いや、確実に怒っているに違いない。彼から特に呼び出しがないのも、嵐の前の静けさのように思われて怖ろしい。
「……仮に、アルベルトを怒らせたとして、どうやったら許されると思う?」
「え? セシル様、兄上に何かしたんですか?」
「何もしてないけど……」
何もしてないのが問題なのだが。
彼女は、うーん、と唸った後こともなげに呟いた。
「おとなしくその身を捧げるしかないんじゃないですかね」
夕暮れの薄闇の中で彼女の声がうすら寒く響いた気がした。残酷な宣告を受けて俺は背筋を凍らせる。
悪役令嬢よりも先に断罪されるなんて聞いてない。




