第29話 緊急作戦会議
「緊急作戦会議を始めます」
いつものヴァイスシュタイン家の応接間。しかし、いつにない緊張感が二人の間に立ち込めていた。手を付けられていない紅茶のカップと閉じられたままの攻略ノートがテーブルの上で所在なさげに並んでいる。
「まずは状況整理をしよう」
全く想定外だった出来事が起こり、思考がぐちゃぐちゃのチェーンみたいに絡み合っている。混乱を極めている頭の中を整理するためにも一旦当初の目的を再確認する。
ベアトリクスが暗殺されるのを防ぐために、俺たちは三月の卒業パーティで起こる断罪イベントを回避しなければならない。そこで、イベントのフラグを折るために三つの方策を考えた。
一つ目は、主人公であるルカが王子ルートを選ばないように仕向けることだ。原作で明確に断罪イベントが描写されるのは王子ルートのみである。主人公が別ルートを選べば断罪する理由がなくなるため、暗殺を防げる可能性は非常に高い。
作戦開始時点でルカは王子ルートに傾きつつあった。それを比較的攻略難易度の低い幼馴染ルートに誘導することで対処しようとしていた。
二つ目は、王子との和解である。王子と不仲でさえなければ断罪など起こりようがない。
シンプルな解だが、そこにたどり着くまでがあまりに遠い。二人の間にはもう何年にもわたる確執がある。すぐに歩み寄るのは不可能だったため一旦冷却期間を置き、王子の誕生パーティ後に本格的に向き合う予定だった。
三つ目は、卒業までにこちらから婚約解消を持ち掛けることだ。婚約者でなければ王子が彼女を断罪する理由の大部分がなくなるだろうという考えである。
ただ、王族との婚約解消は影響を与える範囲が広いため、なるべく一方的な破棄ではなく円満解消に持っていきたかった。そのためにも、二つ目の方策をクリアした上での着手を目標にしていた。
原作のゲームにはベアトリクスが断罪を回避したのが確認できるルートがないため、確実な成功条件はわからない。三つのうちどれが必須なのかは定かではなかった。そもそも全部クリアしても断罪回避できない可能性すらある。
誕生パーティまでにある程度決着を付ける必要がある上に、他の条件と比べて進捗が良いように見えた幼馴染ルートを優先し、他の条件については後回し気味だったのがこの十二月までの状況だ。
「ゲームだったら、主人公が途中で幼馴染ルートに切り替えても王子が割り込んでくることはないはずなんですが……」
「やっぱりイレギュラーを起こし過ぎたんだろうか」
確実性を上げるべく、同時進行で複数条件のクリアを目指したのが仇となった。本来のシナリオと違い、ルカだけでなくベアトリクスやアルベルトともほぼ同時期に距離ができて王子を止められる者が誰も近くにいない状態をつくりだしてしまった。
結果として、王子が暴走して幼馴染ルートに介入し、無理やり自分のルートのイベントを起こさせた、というのが昨日の顛末だろう。王子の孤立を招いてしまったことがシナリオに大きな歪みを与えてしまったのだ。
「幼馴染ルートも和解も絶望的ですし、もう婚約解消の交渉を始めるしかないと思います」
ベアトリクスは覚悟を決めたような顔をしている。昨晩自分なりに考えて既に答えを出していたんだろう。躊躇の感じられない言いぶりだった。彼女の言う通り、その一点に賭けるしかないのだろうか。
「なので、なるべく兄上や家にかける迷惑を最小限にする方法について考えるのにお力添えいただきたいのですが……」
彼女はまっすぐこちらを見つめて話を続ける。出会った当初からは考えられないほど、落ち着いた、意志のある目をするようになった。彼女の成長がこの作戦の一番の成果、などという言葉が一瞬浮かんだが、それはあまりに陳腐なおためごかしでしかない。
「本当に手立てはそれしかないんだろうか」
「だって、もう十中八九王子ルートに入ったでしょう。ルカは殿下を選んだんです」
ベアトリクスの言うことは変えようのない事実のように聞こえるが、どうしても何かが引っかかる。
――選んだ?
その言葉に強烈な違和感を覚える。ルカは王子を選んだのか? 本当に?
必死に記憶を辿る。王子の隣にいるルカを思い出す。その顔に浮かんでいたのは迷いや困惑だった。それでも彼の側にいたいと決心できるような強い動機があったのだろうか。
元々のゲームのシナリオ、これまで起きたイベント、俺が見たルカの表情。どの情報を重く見るべきか。客観的に考えたら、前二つを信じるべきだ。ルカの表情などあくまで俺の主観に過ぎない。
それでも、少しでも可能性が残されているのなら最後まで諦めたくなかった。今日一度も開かれていない攻略ノートが視界の端に映る。これに頼るのはもう終わりだ。俺たちがシナリオを壊してしまったのなら、ここからは自分たちで紡いでいくしかない。
「婚約解消の交渉はまだ待ってほしい。王子ルートが100%確定したわけではないと思う」
三月まではまだ時間がある。ここで終わりになんてさせない。
「でも、もうイベントが……」
ベアトリクスは困惑して言葉を零す。確かにもう、めぼしいイベントはない。ならば、こちらから起こすまでだ。
まだ終われない男が俺以外にもいるはずだ。パーティ会場を去る背中が脳裏を過った。




