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第28話 転落

 誕生パーティ前日、ダンスの最終レッスンが行われた。ダンスの相手はアルベルトである。練習期間中もたまに相手をしてもらっていたが、講師と遜色ないくらいリードに安定感がある。トチりそうになる俺を自然にサポートしていた。

 以前は腰を抱かれるだけでぞっとしていたのに、今はそうでもないのだから慣れとは恐ろしいものだ。何気なくアルベルトの方を見やると目が合った。こいつ、ずっとこっちを見ていたな。


「面白いですか? 私の必死の形相は」

「かわいいよ」


 低く囁かれて思わずアルベルトの足を踏んづけそうになる。


 恐ろしい! いったい世界がどのように見えているんだろう。もし色眼鏡を掛けているのなら即刻外してくれ。それとも美意識が狂ってしまったんだろうか。

 俺は現実逃避に勤しんだが、鼓動が早くなったのがダンスの所為だけでないのは誤魔化しきれなかった。


 アルベルトの視線をなんとか受け流しながら二曲踊りきる。礼をして離れようとしたが、手を放してもらえずそのまま講師の前まで連れていかれた。ただでさえ疲れるのに、精神攻撃まで食らったので疲労困憊である。手を離してほしい。座りたい。ていうか帰りたい。


「まあ、最低限、ギリギリ、赤点回避ですかね……」


 講師は色々言いたげだったが、それ以上のことは無理やり飲み込んだらしい。前日にごちゃごちゃ言っても仕方がないと思ったのだろう。お気遣い痛み入る。


「今後も練習は必要そうだな」

「そうですね」


 ダンスパーティまでの辛抱だと思っていた俺は、二人の言葉に絶望した。




 当日、パーティ会場に入ると中は人で溢れていた。ヒューゴとルカの姿を探すが参加者は百を優に超えるので見つけるのには苦労しそうだ。会場内を見渡していると、突然、横にいたアルベルトに体を引き寄せられた。


「前を見ろ」

「すみません」


 人にぶつかりかけたらしい。謝っていたら楽器隊の演奏が止まった。曲が切り替わる。どうやら主役のお出ましらしい。

 大階段の方へ目を向けるとヴィクトルとベアトリクスの姿があった。会場中の視線が集中する中、二人は堂々と階段を下りてくる。一見するといつも通りだが、王子からは心ここにあらずといった雰囲気が少し感じ取れた。それでもああして振る舞えるのだからたいしたものだとは思う。


 ふと王子の目付きが鋭くなった。視線の先を追うとルカとヒューゴの姿があった。その敵対心がむき出しになった眼差しに何か不穏なものを感じずにはいられない。おかしなことにならなければいいが。展開が読みにくくなっている今、せめてこのイベントまでは原作通りに進んでほしい。


 俺が先を案じているうちに挨拶などが終わり、ダンスが始まった。まずは、王子とベアトリクスの二人が踊る。華やかな二人は照明の必要がないほど輝いている。色彩豊かな会場の中でもそこだけスポットライトが当たっているかのように一際鮮やかだった。その様子と対照的に二人の表情は硬く冷え切っている。和解には程遠い雰囲気だが踊ることができただけマシと思うしかない。


 曲が終わり、全員がダンスに参加する。おそらくゲームシステム上はここからが一曲目として扱われる。俺は踊りながらルカの方を盗み見る。彼は当然ながらパートナーであるヒューゴと踊っている。ステップは少しぎこちないが、二人とも穏やかな表情を浮かべている。一旦、安堵し、彼を見失わないようにだけしつつ、ダンスに集中する。何事もなく一曲目が終わった。


 二曲目が始まる前に王子がベアトリクスから離れ、ルカをダンスに誘った。ルカは戸惑いながらも断る理由が見つけられないようだ。王子の手を取ろうとしたルカが一瞬、ヒューゴに手を引かれて僅かにたたらを踏んだ。ヒューゴはハッとしてすぐに手を離す。ルカを見送った彼はダンスの輪から離れていった。


 二番目のダンスの相手はパートナーに選んだ攻略対象以外で最も好感度の高い者なのだから、王子がルカを誘うのはシナリオ通りと言えるが、なんだか胸がざわつく。


 ルカたちの様子を観察していると不意に腰を強く引かれてつんのめりそうになる。なんだ急に、と思いアルベルトの方を少し睨みあげると、アルベルトは俺の何倍もの強さでこちらを射すくめた。


「他を気にする余裕があるなんて、随分と練習の効果が出たようだ」


 かなりご立腹らしい。あなたの妹の命がかかっているので多少の余所見くらい許してくださいとは流石に言えない。どうしたものかと思案していると、顔が近付いてきて耳元で過剰なほど優しく囁かれる。


「次の相手でも探しているのか?」


 声の響きが柔らかい反面、隠しきれていない怒りがあまりにも恐ろしい。気もそぞろだったのは確かに申し訳ないが、変に嫉妬されるのは心外だ。


「私は二曲しか踊れないんですよ」


 俺の技術も体力もわかりきっているくせに。俺は添えているだけだった手に力を込めて自ら体を近づける。


「それとも三曲目を他の方と踊れるように優しくエスコートしてくださるんですか?」


 挑発するように彼の瞳を覗き込むと、痛みを感じるくらい強く手を握り返された。



 若者を煽るものじゃないといつになったら学習するのだろう。

 俺は会場の隅のソファに腰掛け、踊る人の群れを眺めながら、ひとり反省していた。あの後、アルベルトは強引なリードでいつも以上に俺を疲弊させた挙句「君には休息が必要らしい」としれっと言い放ち、ダンスの輪から連れ出した。


 散々な目にあった。どちらが悪いのか。まあ過失割合は俺の方が高いのは認めよう。本当に事故に遭った気分だ。


 頬杖をついて会場の中心を見る。アルベルトは今、どこぞのご令嬢のお相手をしている。目敏くも俺がもう踊れないことに気付いたのか、向こうから誘ってきたのだ。アルベルトは渋々という様子を隠さずに俺から離れた。彼には、もし誰か他の人に誘われても断らないように、と事前に言い含めておいたのだ。


 ここのところ、アルベルトに対してアプローチを掛けるご令息・ご令嬢が少なからず出てきていた。普通、相手が決まるとそういう手合いは減ると思うのだが、そうもいかないらしい。婚約者候補として現れたのが、有力な家の出身でもなく、特に優れた点もない地味な男だった所為で、自分にも可能性があるのではないかと考える者が増えたのだ。

 高嶺の花は手が届かないが、それを凡庸な人間が握っているのなら交渉の余地ありと見たのだろう。


 表立って嫌がらせされたり、何らかの取引を持ち掛けられたりはしていないが、可能な限りトラブルは避けたい。アルベルトにもそう話して、不承不承ながら頷かせたのであった。

 それにアルベルトには申し訳ないが、今ひとり行動できるのは作戦にとってはかなり都合がいい。何かあったときに彼がいると動きにくい。


 王子のほうを見るとまだルカと踊っていた。……正式な婚約者がいるのに他の人と何曲も踊るのは流石にどうなんだ?


 しばらく目で追っていると、曲の切れ目で二人は集団を離れた。やっと終わったかと思ったらそのまま人気のないテラスの方へ向かう様子だ。嫌な予感がして二人のあとをつける。途中で慌てた様子のベアトリクスが視界に入ったので彼女と合流する。ベアトリクスも別の場所から二人の様子を伺っていたらしい。酷い顔色だ。


「セシル様! まずいかもしれません」

「何が?」

「ダンス後のテラスのシーンって王子ルートじゃないと起きないはずなんです!」

「え!?」


 小声でやり取りしながらテラスに一番近いガラスの扉の影に張り付く。パーティ会場の中心から離れたここは楽器隊の音も遠く比較的静かだ。扉は開いているが、テラスにいる二人が話す内容は聞こえそうで聞こえない。流石に気付かれそうなのでこれ以上は近付けない。


「ていうか、なんでパーティの主役が簡単に輪から抜け出せるんだよ!」

「そういう仕様なんです!」


 ゲームのシナリオに今更な文句をつけていると、二人の影が重なろうとしているところが目に飛び込んできた。

 ルカは幼馴染ルートに入ったんじゃないのか? パートナーにはヒューゴを選んでいたのに、何故。疑問と焦燥が一斉に湧き上がって脳内を駆け巡る。震える手がほとんど無意識に懐のノートに縋ろうとした。その瞬間。


――バサリ。ノートが落ちる音が一帯に響き渡った。


 場違いな音の発生に頭が真っ白になったが、残響が消える前に体は勝手に動いた。すぐにノートを拾い上げ、その勢いのままベアトリクスを部屋に引き込んで、気付いたときにはその場を離れていた。


 鼓動の音がガンガンと耳の奥で痛いくらいに鳴り響いている。


「なんで! パーティにまでノートを持ち込んでるんですか!!」

「二度とこの身から離さないぞとあの日誓って……」

「落としてるじゃないですか!!!」


 ベアトリクスのあまりに真っ当な指摘に返す言葉も無い。


 テラスから充分距離のある場所にあるソファに座る。ようやくまともに息ができた。心臓は相変わらず乱れていて、視界も若干ぐらついている。


「どうしましょう!? キスシーン見逃しちゃいました! じゃなかった! これ王子ルート確定ですか!?」


 彼女も錯乱しているようだ。ある意味、通常運転の彼女を見て僅かに平静を取り戻す。顔を上げて周囲を見渡すと、会場を後にするヒューゴの背中が視界に映り込んできた。彼も先程のアレを見てしまったのだろうか。とりあえず非常にマズイことが起きていることだけは把握できた。


 やはり、俺たちじゃ運命を変えることはできないのか?

 冷たい汗が手に滲み、握っていたノートの表紙を湿らせた。


 何も言葉を発することができずにいると、ベアトリクスが顔を強張らせながらも口を開いた。


「明日、緊急会議を開かせてください」


 彼女は未だ青白い顔をしていたが、こちらをまっすぐ見ている。


「わがまま言ってごめんなさい。でも最後まで足掻きたいんです」


 そうだ、まだあと三カ月ある。呆然としている場合ではない。


「……わかった。作戦を練り直そう」


 俺の返事を聞くと、彼女は深々と頭を下げた。

 今回で第三章終了です。次回から最終章に入ります。引き続きよろしくお願いいたします。明日以降もこれまで通り毎日20:00更新です。


 評価・ブックマーク・リアクションしてくださった方、本当にありがとうございます。最後まで楽しんでいただけるよう頑張ります。

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